第2話
宣戦布告から二日後の放課後。
特訓のために屋上へ向かおうとする僕とトモの前に、三人の男たちが立ちふさがった。
「おい、499位。大剛さんに挑む前に、まずは俺たちの相手をしろよ」
中心にいるのは、ランキング350位の河村。大剛の取り巻きの一人で、自分より下の奴を叩いてランクを稼ぐ「ハイエナ」として有名な男だ。
「おい河村、よせよ。こいつは大剛さんの獲物だ
ろ?」
トモが震えながら前に出るが、河村は鼻で笑った。
「あぁ? 130位様に挑むなんて大層なこと抜かしたんだ。ここで俺たちに潰されるなら、その程度のタマだってことだろ。……行けよ、お前ら」
河村の合図で、左右から二人の男が襲いかかってきた。
心臓が激しく波打つ。でも、あの時と同じだ。視界が研ぎ澄まされ、スローモーションのように敵の動きが流れ込んでくる。
(左、ストレート。右、回し蹴り――!)
僕は最小限の動きでそれをかわす。しかし、中学時代の「逃げ癖」が仇となった。避けることはできても、そこから「反撃」する術を知らない。
「避けてばっかりじゃ終わらねえぞ、ケンジ!」
トモの叫びが響く。
その瞬間、河村が背後から僕の肩を掴み、地面に叩きつけた。
「ガッ……!」
コンクリートの冷たさと痛みが全身を走る。
「ハッ、避けるだけなら猿でもできるんだよ! 喧嘩ってのは、相手をブッ壊すことだ!」
河村の容赦ない蹴りが腹に食い込む。肺から空気が漏れ、視界がチカチカと火花を散らす。
ボロボロになりながらも、僕は河村の足首を必死に掴んだ。
「……まだ、だ……」
「しつけえな!」
河村がトドメを刺そうと拳を振り上げたその時、遠くから野太い声が響いた。
「おい、そこで何してやがる」
大剛だった。彼はつまらなそうにこちらを睨んでいる。
「俺の獲物を勝手にいじるな。そいつは一週間後、全校生徒の前で俺が公式にブッ殺す。……失せろ」
「……チッ。運がいいな、499位」
河村たちは吐き捨てるように去っていった。
鼻血を拭いながら立ち上がる僕に、トモが肩を貸した。
「……分かったか、ケンジ。お前の『眼』は最強の盾になるが、盾だけじゃ相手を倒せない」
僕たちは屋上の隅へ移動した。トモはスマホを取り出し、録画していた「今の乱闘」の映像を僕に見せる。
「いいか、よく見ろ。大剛の右フック、そしてさっきの河村の攻撃。お前は全部避けてるが、重心が後ろに残ったままだ。これじゃ攻撃に移れない」
トモは画面を切り替え、大剛が過去に1年生のトップ5の一人に一瞬だけ膝をついた時の映像を映し出した。
「大剛の唯一の弱点はこれだ。『右フックを打つ瞬間の、左足の重心移動』。柔道の癖で、強く踏み込みすぎるせいで、一瞬だけ左の脇腹がガラ空きになる。……ここだ」
トモは僕の前に立ち、構えを取った。
「一週間、お前に教えるのはたった一つ。『回避と同時に一歩踏み込み、大剛の左脇腹に全体重を乗せたアッパーを叩き込む』。これだけだ」
「アッパー……?」
「そうだ。まともに殴り合ったら、リーチとパワーの差で負ける。相手の懐に潜り込み、下から突き上げる。お前の『眼』があれば、大剛のフックの下を潜り抜けるのは可能だ。あとは、その恐怖に打ち勝って一歩踏み出せるかどうかだ」
それから、僕たちの地獄の特訓が始まった。
トモが振るう竹ぼうきを、数センチの差でかわしながら一歩前へ踏み込む。
何百回、何千回。
足の裏の皮が剥け、膝が笑い、意識が遠のきそうになっても、僕は「499位」という数字を脳裏に焼き付け、拳を突き出し続けた。
「……見えた。今、完璧に潜り込めた……!」
六日目の夜。月明かりの下で、僕の拳がトモの構えたミットを鋭く突き上げた。
「……ああ、今のは130位のガードを突き破る一撃だったぜ」
トモが満足げに笑う。
その時。
屋上の給水塔の上から、パチパチとゆっくりとした拍手が聞こえてきた。
「……へぇ。面白いことやってるね、1年生」
僕とトモは凍りついたように見上げた。
そこには、制服を崩し、退屈そうに夜空を見上げる影。
全校ランキング1位。
この学校の生態系の頂点に君臨する怪物、御門 蓮がそこにいた。
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