選定の儀

エピソード1

 

 前回の『巡礼』から、七十一年が経とうとしている。

 十代の子を持つ親たちは色めき立つ。もしかしたら我が子が、巡礼者に選ばれるかもしれないからだ。それはとても名誉なことで、そして何より大金が入る。『勇者』になりたい――叶えられなかった夢というロマンを息子に押し付ける、父親。絶対に『魔導士』になってうちを楽にしてと娘を諭し続ける、母親。

 我が子に英才教育を施すのは当然だ。勇者も魔導士も、質は異なるが魔法を使えなければ話にならない。彼らを選定する英雄の神器は、魔力で子供に優劣をつけるのだから。

 星によって教育方針も文化も異なるが、どこも似たり寄ったりだ。勇者の卵は肉体的な試練、魔導士の卵は精神的な試練を課されて成長するのが常である。だから傷痕は勲章だし、芯の強さはこの上ない魅力。男は強くあるべきだし女はしなやかであるべきだ。そうやって人は恋に落ち、子供を育み、栄光を目指す……。

 惑星ガイアに生まれた、年明け早々一六歳を迎えるセイル少年の額にも大きな瘢痕がある。

 彼は静かに人を惹きつける、雰囲気のある少年だ。よく整った顔立ちに浮かぶのはかざらない笑顔。彩度を落とした銀の髪にはチラチラと淡い金髪がまだらに混ざっていて、まるで糸を織り込んでいるようだ。

 本人は褒められるたびに「銀というより灰」と言い直すが、その謙遜もまた相手には好意的に受け取られてしまう。

 薄い色の瞳は、光を浴びると青色を帯びる。その宝石のような変化を見つけたなら、しばらく目を離すことはできないだろう。また彼は物腰が柔らかく、穏やかで、控えめで、賢く優しかった。

 彼の珍しい髪色も瞳の色も、教育の賜物であるのだが、どうしたらそうなったのかを説明するのは難しい。彼の両親も、これが決め手だとはっきり答えることはできない。何せいろいろな薬草を試したし色んな魔術も施した。元は息子の体力や魔力増強のためだったのだ。髪や虹彩が脱色したのは偶然でしかないのだ。

 そんなセイルはつい先日、星界一可愛いと噂の美少女ジャクリーヌに告白された。大通りのど真ん中だったので、セイルは断れなかった。

 ジャクリーヌは優秀な魔導士の卵だ。確かにとてつもなく可愛くて愛らしい。気立てもいい子だ。告白が大通りになってしまったのは本当にたまたまで、彼女が一番慌てて混乱していた。

 セイルは数多の男子に嫉妬されることになったし、たくさんの女子がさすがにあの子には敵わないよと静かに泣いた。交際はもちろん続いていて、特に問題は起きていない。付き合ってみると、ジャクリーヌは気の利く心優しい女の子であって、申し訳ないくらい気配りを施してくれる。居心地は悪くなかった。

 でも、もし普段のように静かな場所で告白を受けていたなら、いつものように静かに断れただろうなとセイルは思っている。

 ジャクリーヌのことは、思っていたより気に入っていて、今は惑星アポロに修行に出ている彼女との遠恋も申し分なくうまくいっていた。

「セイル。ジャクリーヌからチャットが入っておる。そろそろ通話ができるらしいぞ」

「ああ、もうそんな時間か」

 魔力器官、シクル――片手で包めるくらいの小さな五角形、ほのかに青みがかった透明の板は、常時浮いている。この世界では常識だが、このシクル、知性のある無機物系生命体なのだ!――の密やかな声に、セイルは顔を上げた。時計塔の時計は一六時を指している。

「じゃあつないで。こんにちは、ジャッキー。……汗だくだね、今日もしごかれた?」

『こんにちは、セイ! ええ、アポロ様、容赦ないの……』

「急がなくても俺は逃げないから、ゆっくりしてからかけてきてくれてもよかったのに」

『もう、意地悪。私が早く話したかっただけ!』

 いーっと拗ねるジャクリーヌの表情は愛らしい。その後も今日はこんなことがあった、あんなことがあったと楽し気に話しながらころころと変わる表情や声色に癒されながら、セイルは静かに相槌を打った。

 通話の間、シクルは黙っている。そもそもジャクリーヌはシクルが話すことを知らない。シクルという生き物が話すということを知らないので、今後も知る必要がないのだ。だからセイルのシクルは黙っている。

『それで……シセルがね、またその、魔法を失敗しちゃって』

 最近よく出てくるその名前に、セイルは頷いて話を促した。

「アポロ様の養女、だっけ」

『そう。身寄りが他にないみたい。アポロさまったら酷いの。シセルの魔法陣が爆発して、虹色の煙を噴き上げたんだけど……大笑いするのよ』

 それはちょっと、かなり面白いかもしれないな、とセイルは心の中でだけ思って、表情には出さなかった。

『あんなに笑わなくてもいいのに……シセル、しょんぼりしてた。あの子だってがんばってるのよ』

「まあ……養い親と養い子の、独特なコミュニケーションかもしれないよ」

 苦笑して答えれば、ジャクリーヌは『でも……』と納得できないながらも言葉を飲み込んだようだった。

「そのシセルって子は、よく魔法を失敗してるんだな」

『うーん……正直成功したところはまだ見たことがないの。それですっかり自信もなくしてて自分のこと落ちこぼれだからって言って笑うの。それが見てて何だかつらくて』

「うん」

『でもね、知識がないわけじゃないの。ちゃんと頭に入ってる、たまに計算が変になってるけど……多分算数が苦手なのだわ。それでいつも失敗してしまうと思うのよ。私、それでそろばんをプレゼントしたんだけど、持ってるからって困ったように笑われちゃって……穴があったら入りたかった!』

「はは。きっと悪くは受け取ってないよ」

『そ、そうよね。きっとそういう子だわ。私シセルのこと好きよ。とても優しくていい子なの。穏やかで、動物たちが彼女の傍でくつろいでいるのをよく見かける。きっと彼女の心根がわかってるんだわ。でもね、やっぱり距離を感じて……なかなか縮まらないのよね、心の距離が。今日もお昼ご飯一緒に食べたんだけど……』

 うんうんと悩みながらああすればいいか、こうすればいいだろうかとシセルと仲良くなる方法について悩むジャクリーヌを見ながら、セイルは笑って、そしてまたシセルという女の子の話を聞き流していた。ジャクリーヌの話だから聞いているだけで、特に留めておくべき人物だとは何度聞いても思わなかった。

『そういえば』

 ふと、ジャクリーヌが言葉を切り、どこか窺うように画面上のセイルの顔を見つめる……

『あの子、セイルに少し似てるわ』

 そう、言われるまで。

 セイルは少し静止した。何が似ていると言われているのか、わからなかったからだ。

『そうね、雰囲気とか……ああ、だからこんなに友達になりたいのね、きっと私が好きなタイプなんだ!』

 ああ、なんだ、そういうこと。そっとセイルは息を吐いた。

 何が似ているって? 距離を感じること?

 もしそう言われていたら、どうしていただろう。

 きっと、どうもしなかっただろうけれど。見抜かれた、と思うだけで。

『ああ! 夕飯の支度しなくちゃ! 早く行かないとアポロ様がまた独創的な創作料理を作ってしまうわ!』

「いってらっしゃい。転ばないでよ」

『転ばないわ! また明日ね!』

「この間も転んでただろ。うん、じゃあね」

「相変わらずそそっかしく明るい娘じゃの~」

 通話を切るなり、シクルが笑った。

「そうだね」

 シクルの表面を指で撫で、小さな画面をスライドさせて、セイルはこの後の予定を確認する。

「真人間のふり、いつまで続けるんじゃ? ん?」

 シクルがからかうようにそう問うてくる。セイルは初めて眉尻を少し下げ、苦笑した。

「俺は一応は真人間」

「そうじゃの。だが変わり者ではあろう」

「うん、それは否定しない。歩くと少し遅れるから……飛行して帰ろう。シクル、今日も頼んだ」

「わかっておる」

 シクルは、細い五つの断面から、薄い羽を展開する。そのままセイルの肩甲骨の中点に接触した。セイルの身体は浮き上がって、空を素早く飛んだ。

 シクルを使う勇者の卵たちは、そうやって空を飛ぶのだ。長杖に乗って空を飛ぶ魔導士との違い。

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星葬の勇者 星町憩 @orgelblue

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