星葬の勇者

星町憩

プロローグ

 広大な宇宙のある一箇所に、八つの惑星が浮かんでいる。住まう人々から『連合星』とも『ほし』とも呼称されるそれらの惑星群には、驚くべきことに恒星がなく、公転も自転もしていないのだった。数多の物理法則が作用する宇宙空間で、ただ『停止』したままそこにある。

 かつて八英雄と呼ばれた、場所が場所なら『神』とも表現されただろう存在は力を合わせ、彼らの『女神恒星』を滅ぼした。そのことで何が起こったかというと、彼らは恒星間との万有引力を喪失した。これがシステマチックな話だが、それぞれの星に住まう人々は、その真実を知らなかった。星々には物理学が発達していないのだ。それは、英雄たちの作為によって。

 そして、見せかけ上は、八つの惑星は自由を得、独立した。恒星というエネルギー源を持たずして、平等に、生き物たちの土壌となった。


 さて、なぜ英雄たちは女神を殺したのか? そもそも英雄とは何者なのか。人々は信じている。彼らは悪い女神を成敗してくれたのだ。だが英雄たちも知っている。自分たちは星の人格そのもので、万有引力は偏位的な感情の源だった。彼らは、彼らの女神に惹かれ抗えないこと、その強制的な引力が、自分たちに不都合をもたらすことを恐れた。ただそれだけのことだ。

 英雄たち、あるいは星々の名は、プルート、ウラノス、ヘルメス、アフロディテ、サタン、ガイア、マルス、アポロ。また、この順に並んでいる。その名はどこかの星の神々の名であるが、人々はそのようなことを知る由もない。

 八つ星そのものが歪な法則のもとに成り立つ、歪んだ土壌であることを誰も知らなかった。知ったとして矮小な彼らに不具合など生じるはずもない。だが……


 その英雄は、広い宇宙の裏側で、待ち続けていた。

 自分には務まらなかった役割を果たせる素養のあるいのちが生まれてくるのを待っていた。彼はかつて人間だったから、同じ人間に託したかった。

 観測されない奈落の中を落ち続けながら、英雄はただ待ち続けた。

 そうして見つけた。


『あの人たちはだれ?』

「あれはウラノス。そして名前を忘れられた人」

『何をしてるの?』

「ただお話をしている。彼らはそれで幸せだったんだ。そのはずだったんだけどね、どうしてだかね、彼らは離れ離れになったんだ。好き合っていたのにさ」

『なんで?』

「それは俺も聞きたいよ。で、君だけだ。あの人の目の色に気づいたのが」

『あの、青くて綺麗な緑?』

「そう。他のどの子供たちも、誰一人見つけなかった。そうさ、あの人はね、感情が動くと目に色が宿るんだ。その色がとても美しかった。あれが恋の色だった。俺もね、それが好きだった。君は素質があるね」

『そしつ……』

 英雄に話しかけられ続ける幼少の少年は、黒い前髪を束と掴んでむずかしい顔をした。

『かあさんもとうさんも、同じことをゆった。でもそしつなんてなくていい』

「うーん、どうして?」

『そしつがあると、たたかれるよ』

 英雄は瞬きを数回繰り返した。そして、ああ、と腑に落ちた。

「ほかにどんなことをされている?」

『けられるよ。ぶたれるよ。こないだはね、あつあつのスープを顔にかけられたよ。いたかった』

「そうか、痛かったかぁ」

『あとがのこるって』

 子供は、どことなく神経質に額を撫で続けた。

「そう。いつの時代も場所がどこでも、親って生き物はそんなもんかよ。まあ俺が言えたことじゃなかったか」

 英雄は笑って、少年を慰めた。

「さあ運命の子。君はいつかきっと勇者になるだろう。その時は――」

『ゆうしゃ、なりたくないな』

「そうだろうさ。でもなるんだ。君は俺がもう選んでしまった。残念!」

『ゆうしゃ、なにするの』

「あの人を救うのさ。勇者は囚われのお姫様を救うって相場が決まってんの」

『うーん? うん……』

「ま、君ができなくてもまたほかの子を探すさ。俺は気が長いからね。でもめんどうだから君がやってね」

『きたいしないでください』

「おやおや、本当にずっと顔をしかめてんなあこいつ。まあいいか。じゃあ、今日も生き延びておいで」

『きがのりません』

 ぶつくさと呟きながら、少年は目を閉じて透明になって、消えていった。

「素質があるって言うより、単に昔の俺に似てるだけかな? まあ、それでもいいよ。俺の代わりに恋を叶えればいいさ。未練がましいけど、ウラノスよりはきっとマシ」

 乾いた笑いを響かせて、彼は落ちていく。

 世界の裏側で死にかけている、かの恒星の光を見つめて。

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