第8話 熱と信頼

 夜が訪れた荒野。

 岩場の影で、焚き火がパチパチと爆ぜていた。

 イグニスは岩にもたれかかり、荒い息を吐いている。背中の火傷は酷いものだったが、彼の異常な再生能力がゆっくりと皮膚を塞ぎ始めていた。


「……どうして」


 ルーナがおずおずと近づいてくる。


「どうして、私なんかを守ったの? 私は……世界を滅ぼす兵器なんでしょ?」

「知るかよ。俺はただ、気に入らなかっただけだ」


 イグニスはぶっきらぼうに答える。

 ルーナは少し躊躇ってから、震える手を伸ばし、イグニスの傷ついた背中にそっと触れた。

 治癒魔法ではない。ただの手当て。だが、その掌の温かさが、イグニスの過剰な熱を不思議と和らげていくように感じられた。


「……ありがとう。私、兵器じゃない。ルーナっていうの」

「……イグニスだ」


 イグニスは初めて、自分の体温が誰かを傷つけず、安心させていることに気づき、小さく息を吐いた。

 遠くの空には、帝国の追撃部隊のサーチライトが光っている。

本来ならば、処刑人と囚人として終わるはずだった二つの命。

 世界を焼く「燃料」として蔑まれた男と、世界を閉ざす「鍵」として囚われた少女。

 決して交わることのなかったはずの鉄屑と星の欠片が、今、夕闇の中で並んでいた。

 男の背中にある過剰な熱は凍えた少女を温め、少女の瞳は男の進むべき道を映している。

 運命の歯車は、軋みながらも確かに噛み合ったのだ。

 鋼鉄の帝国を敵に回す、あまりにも不釣り合いな二人の旅路。

 その足跡が、やがて世界の明日を変えることになろうとは、まだ誰も知る由もなかった。

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処刑台の少女を救ったので、俺の命を燃料に帝国を蹂躙する ~「燃えカス」と蔑まれた重装歩兵、過剰な生命力で無双する~ ユニ @uninya

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