第7話 肉の盾、鋼の剣

「消え失せろ! これがお前たちの墓標だ!」


 ガルドの狂喜に満ちた絶叫と共に、重魔導アーマー『スコーピオン』の主砲塔が大きく展開した。

 砲身の周囲で大気が震え、青白い光の粒子が渦を巻いて吸い込まれていく。


 『魔導収束キャノン』。


 帝国の最新鋭戦艦に搭載される艦砲クラスの兵器だ。その破壊力は城壁をも消し飛ばし、着弾点にある全ての物質を原子レベルで分解・蒸発させる。

 回避する場所など、この荒野には存在しない。

 ロックオンのアラート音が、死へのカウントダウンのようにけたたましく鳴り響いた。


「……チッ」


 イグニスは短く舌打ちをした。

 彼の「戦士の勘」が告げている。この距離、この範囲。避けることは不可能だ。自分がどれだけ頑強でも、この直撃を受ければただでは済まない。

 ――だが。

 彼は腕の中の少女を見下ろした。

 恐怖に凍りつき、震えているルーナ。彼女は耐えられない。掠めただけで灰になるだろう。

 思考する時間はなかった。身体が勝手に動いていた。


「えっ……?」


 ルーナが声を上げる間もなかった。

 イグニスは抱えていた彼女を、背後にあった岩場の窪みへと乱暴に放り投げたのだ。

 ドサッ、と土煙を上げて転がる少女。


「隠れてろッ!!」


 それが、最後の言葉になるかもしれないと知りながら、彼は叫んだ。

 そして、踵を返すと、まるで死神を歓迎するかのように両手を広げ、射線上のど真ん中へ仁王立ちになった。

 直後、世界が白に塗りつぶされた。

 

 カッッッ――――!!

 

 閃光が迸り、極太のビームがイグニスを直撃した。

 音さえも置き去りにするエネルギーの奔流。

 ジュウウウウウッ!!

 瞬時に数千度へ達した熱量が、イグニスの分厚いプレートアーマーを飴細工のように融解させる。鋼鉄がドロドロに溶け落ち、その下の皮膚が焼け焦げ、肉が炭化する臭気が立ち込める。


「イグニス……ッ!?」


 岩陰から顔を出したルーナの瞳に、その光景が焼き付いた。

 自分の身代わりとなって、灼熱の濁流に呑み込まれる男の背中。

 それはあまりにも無謀で、そして痛ましい「盾」だった。

 ズドォォォォォンッ!!

 遅れて届いた爆音と共に、巨大な爆発が巻き起こる。土煙が高く舞い上がり、周囲の岩盤が砕け散った。


「ハハハハハハハ! 見たか! 跡形もなく消し飛んだわ!」


 ガルドの高笑いが荒野に響く。

 スコーピオンのセンサーは、着弾点における生体反応の消滅(ロスト)を示してはいなかったが、これだけの攻撃を受けて生きている生物などいるはずがない。

 ガルドは勝利を確信し、排熱のためにハッチを開こうとした。

 だが。

 風が吹き、濛々と立ち込める土煙が晴れた時。

 そこに立っていたのは、「無」ではなかった。


「……な、に……?」


 ガルドの喉が凍りついた。

 黒い塊が、立っていた。

 全身の鎧は砕け散り、皮膚は焼け爛れ、体中から白い蒸気と煙を上げている。

 だが、その男――イグニスは、一歩も退いていなかった。

 両足は地面にめり込み、両腕は焼けた大剣を支えにしているが、その首はしっかりと前を向き、アーマーを見据えていた。


「バ、バカな……!? 直撃だぞ!? 魔導キャノンの直撃を受けて、なぜ原形を留めている!?」

「……ぬるいな」


 炭化した喉を震わせて、イグニスが低い声を絞り出した。

 バリ、と音を立てて顔を上げる。兜は半壊し、素顔が露わになっていた。

 血と煤にまみれたその形相は、悪鬼羅刹の如く凄惨だったが、瞳だけはギラギラと、そう、まるで炉の火のように燃え盛っていた。


「外からの熱なんざ……この程度かよ」


 イグニスが笑った。裂けた唇から、白い歯が覗く。

 彼自身の体内で暴走する『魂気』の熱量。生まれてからずっと、内側から体を焼き続けてきたその業火に比べれば、帝国の兵器など温風に過ぎない。


「俺の体の方が……よっぽど熱いんだよォッ!!」


 ドンッ!!


 イグニスが地面を爆発させるように蹴った。

 瀕死の重傷を負っているとは信じがたい速度。赤い残像を引き連れ、黒い弾丸となって突進する。


「ひ、ひぃぃぃッ!? 来るな、化け物ッ!!」


 ガルドが悲鳴を上げ、迎撃システムを起動しようとするが、遅い。

 イグニスは驚愕で硬直したスコーピオンの懐へ潜り込むと、鋼鉄の脚部を足場にして一気に駆け上がった。

 狙うは一点。コクピットハッチ。


「オオオオオオオオッ!!」


 残された全魂気を大剣に注ぎ込む。刀身が赤熱し、大気が歪む。

 渾身の一撃が、振り下ろされた。


 ガァァァァァァンッ!!


 轟音。

 分厚い装甲板が紙のように引き裂かれ、衝撃が内部の制御系へと浸透する。

 回路が焼き切れ、タービンが悲鳴を上げた。

 スコーピオンは全身から激しい火花を散らし、断末魔のような機械音を上げながら、その巨体を大地へと沈めた。

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