第6話 鋼鉄の蜘蛛
鼻を突く腐敗臭と汚泥にまみれながら、長い下水道を這いずり回り、二人はようやく研究所の外へと抜け出した。
視界が開ける。そこは帝都の外れに広がる荒涼とした荒野だった。
地平線に沈みゆく夕日が、赤い大地を血の色に染め上げている。
吹き抜ける乾いた風が、冷や汗と汚水に濡れた体を撫でた。イグニスは荒い呼吸を整え、腕の中のルーナを確認する。意識は朦朧としているが、命に別状はない。
脱出できた。一瞬、そんな安堵が胸を過る。
だが、それはあまりに甘い希望だった。
「……信じられん男だ。まさか、あの飽和弾幕を正面突破するとはな」
拡声器を通した、ざらついた声が頭上から降り注ぐ。
イグニスが弾かれたように顔を上げる。
逆光の中、崖の上に一つの影が立っていた。ガルドだ。だが、彼はいつもの余裕に満ちた態度ではなく、どこか忌々しげに、そして畏怖を孕んだ視線でイグニスを見下ろしていた。
「監視カメラの映像を見たぞ、イグニス。お前、何をした? あの時、お前の魂気数値(アニマ・レート)は計測限界を振り切っていた。……ただの『燃えカス』だと思っていたが、貴様、化け物か?」
ガルドの声には、明らかな焦燥が滲んでいた。
実験室の防弾ガラスを素手で砕き、魔導ライフルの斉射を生身で弾き返すなど、人間の領域ではない。彼は悟ったのだ。この男は、歩兵ごときが手に負える相手ではない、と。
だからこそ、ガルドは「それ」を持ち出した。
「規格外の怪物には、規格外の墓標が必要だな!」
ズゥゥゥン……!
腹の底を揺さぶる地響きと共に、ガルドの背後から巨大な影がせり上がってきた。
夕日を遮り、二人の上に絶望的な影を落とす鉄の巨塔。
殲滅将軍アンタレスより貸与された、帝国の最終兵器の一つ。
重魔導アーマー『スコーピオン』だ。
通常のアーマーとは次元が違う。多脚戦車のような六本の鋼鉄肢が岩盤をバターのように抉り、重厚な装甲板に覆われた胴体には、城壁をも粉砕する『魔導収束キャノン』が搭載されている。
ガルドがコクピットへ滑り込み、ハッチを閉ざすと、カメラアイが不気味な赤光を放った。
「逃げ場などないぞ、欠陥品共が! その異常な耐久力、この質量で潰しても残るか試してやる!」
ギュイィィィン……!
魔導タービンが暴風のような駆動音を上げ、排気ダクトから灼熱の蒸気が噴き出す。
単なる追跡ではない。ガルドは本気で、この場でイグニスという不確定要素を消滅させるつもりだ。
圧倒的な鋼鉄の壁が、二人の逃走ルートを完全に遮断していた。
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