scene26欲しくてたまらなくて

 さてしっぽりいいムードもたけなわ、リョウタと俺は笑いあった途端にちょっと前までの俺らみたいにじゃれあっている。

「で、ココちゃんのことだけど。お前すっかり忘れてるな?」

「なにが?」

「だから、好きなのかって」

「は、なんで」

「いや、質問を質問で返すなって。どうなんだって」

「うむ」

「む?」

「うん、む」

「いや、ちゃんと話せよ今」

「はぁ……」

というわけで追い詰められた俺は話すしかなくなった。

だが何をどう話せばいいんだ、という困惑はガチなんだ。だからそのまんま伝えた。すると、

「へぇ、お前もしかしたらどっちもイけんじゃねぇの? あのさ、実際お前は女とヤったことあんの?」

ああこのお口ったらさ、どうにかならんかしら。

「あるよ」

はい、ありますよ実は。

自分のセクシャリティに悩んでいた頃にね。確か、ヨウコとか言う強引なお姉さんにね、まぁ、奪われたというかなんというかね。実はリョウタの初恋の毒女のことは笑えない、あの姉さんもたいがいな女だったからね。

「へぇ。けどやっぱ俺みたいなのが好きなんだ」

という相変わらず露骨すぎるお口のリョウタ。

だがこれがコイツの可愛いところでもあるかな、開けっぴろげすぎな性格が万人に受け入れられるかどうかはちょっと難しいところだろうけど、他の部分でリョウタは好かれる要素が盛りだくさんだからね、こういうお口の癖もまるで欠点だとは言い切れない。俺の贔屓じゃないよ、フン。

「で? おあずけナシで頼むぜ」

「なにが」

「ココちゃんとヤるつもり? あわよくば」

「はぁ! ヤらんよ」

「なんでぇ」

「なんでぇって」

「言い切れんだろうが。あの子ヤバそうだし」

「は? なにそれ」

「ああ、いや」

「なんだよ、リョウタこそちゃんと言えよ」

「あああ、なんとなくだよ、なんとなく。俺はヤバそうだなって感じたんだ。あれは簡単に男を堕とすタイプが持つオーラだな、可愛いんだけどさ、なんかヤバそうな男の匂いもすんだよな」

という、都市伝説くらい怪しい説明に俺は納得なんかできないでいて、

「曖昧だな。ココナはただ可愛いなって、居心地がいいなって思ってるだけだよ。だから、どうかしたいなんて思ってないから。そ、気になってるだけだ」

と、ここで俺はココナが俺のことを好きだということには触れないでいた。

『私は二人を恋人だと思って……諦めたんだもん』とココナは俺に言った。これはつまりはれっきとした告白には違いなかったけど、だけどこうしたことを、ココナの気持ちを俺が誰かに話すのは違う気がするんだ。リョウタは、

「そっか……ま、いっか。ヤるとなったら俺も黙ってられないけど。お前はそんなにやわに堕ちる野郎でもないし……ということにしとこう」

というリョウタらしくない回りくどい言い方でこの話を締めようとした。

この言い方が気になるところだが、俺も、ココナとのことはもうリョウタと話したいと思えなかったので反論はしなかった。

と、ここまできて気づいたことがある。

リョウタはココナに妬いているのかも。

いや、どうだろ。いや、だけど。『ヤるとなったら俺も黙ってられないけど』ってそういうことなのでは?

リョウタがココナに……嫉妬?

は!

「ね、お前もしかしたら妬いてんの?」

今の俺はどストレートに訊ける。

「ああ? は! なに!? 今気づいたとか、ないわ――アツ」

というリョウタ。

赤面赤面俺赤面!

リョウタが、リョウタが、俺のことでココナに嫉妬だって?

「ああああ、ちょ、恥ずかしいの俺の方だけど? なんでお前が赤くなんだよ」

俺の顔を見てリョウタも赤面している。

それを見たらなんか、なんだこの感情は、嫉妬されるってことがくすぐったくて甘くてジンジンしちゃう、こんな気持ちは生まれて初めてだよ、なんだよ、この気持ちはなんなんだ――わわわ――って嬉しすぎる!

嫉妬って面倒なことじゃないのか、うざい感情じゃないのか。よくわかんないけどすんげぇ感激的な高揚感に、猛爆追い立てられてるんですけど――っ!

って、俺は完全に感極まってしまった。そんで、

「だって……俺がリョウタのこと好きだった……んだも」

追い立てられた俺は、つい零しちゃったんだよ心の声を、そのまんま。

したら、ばふって、リョウタに抱きつかれた。

そしてリョウタが、甘ったるい声で言うんだ。

「マジ、たまんねぇわ」

って。

リョウタの頬から俺の頬へ伝わるこのセリフに、腹の底が疼く。

ああ、ダメ……だ、たまんないのは俺の方だよ。

そして予感する、この先を。

俺の肩から背中にまわされているリョウタの腕の筋肉が盛り上がったのがわかる、ただ抱きついているんじゃない、今は、しっかりと抱かれているんだ俺は。

「よけんなよ」

リョウタの唇が俺の頬伝いに耳まで届いた。

……なんて熱い息なんだ。

それがかかる俺の左耳たぶに、リョウタの唇が触れている。

『うん』の代わりに俺はリョウタの上着を両手で掴んだ。

それからリョウタの頬は少し俺から離れて、それでも俺の頬の産毛を撫でるように動く、頬を過ぎていく、俺の唇を目指しているのがわかる。

俺は見たくて、リョウタの顔を見たくて、正面へ近づいて来るリョウタの顔を瞳だけで追う。と、正面で向き合う前にリョウタの瞳を捕まえた。

俺の瞳に気づいたリョウタは、瞼を伏せて短く息を吐いた。

この仕草がたまらない、緊張しているのがわかるから、だから、たまらないよ。

さっきまでの強気なお前はどうしたんだよ、リョウタ。

よけるなって俺に言ったくせに、お前、震えてるの?

あのタラシ屋のスケコマシの天才がこんな顔するなんて……俺はリョウタの服を掴んでいた指を解いて、リョウタの背に手を伸ばした。

強く抱きしめたい、そうはっきりと実感しているから。

俺はこの男を手放したくない、そう思ってしまったから。

リョウタは俺の瞳を今やっと見つめて、俺の唇と、そしてまた俺の瞳を、って不規則に不安げに見つめなおして、俺の予想を裏切るほどの激しいキスをした。

俺は、リョウタの唇が俺のと重なった瞬間に、結んでいた唇を緩めた。

受け入れたい、絡めたい、もっとどうしようもないくらいに強く!

めまぐるしく脳内が痺れと熱でうなされて、烈しい衝動に抗えない、狂いそうだ!

好きだとか、もうそんなことはどうでもいい、他のことはもうどうでもいいんだ、ただただ欲しい、この男が。

俺はリョウタのことを壁に押し付けて、両腿を跨いだ。

いったん離れた俺らの視線はもう合わない。

互いの赤く膨らみあがった唇しか見れない。

リョウタ、好きだ、こんなに好きだったなんて知らなかったよ。

だけど俺は今は知った、本当は望んでいたんだって、お前とこうしたかったんだって。

もう隠さない、黙ってなんかいられない、もう正気ではいられないんだ。

いやそんなもんじゃない、もっと狂いたい、サカってしまいたい、リョウタの体中に触れ……たい!

リョウタのイキったソレが俺のソレに擦れる。

ゾクっとする。

蘇るあの感覚。

俺は咄嗟に身体を離してしまう。

「あつ……やめんな」

リョウタが辛そうに俺の名を呼ぶ、

「りょ……た」

俺も欲情に溺れて苦しくて、天を仰いでしまう。

だけどもう、放してしまったリョウタの身体が惜しくなって、だめだもう我慢できない、無茶苦茶にしたい、サカって壊れてしまいたいよっ! リョウタ!

俺は、俺から俺のソレをリョウタのへ押し付ける、ぐっと……イキリ勃った堅さで共鳴したくて。

「はぁ……いいんだ……よな」

リョウタが吐く息と同時に嬉しそうにそう言う、

「リョウタ、やめたくない」

俺は絶え絶えの声で返事をした、そう、もう完全に溺れ切ったんだ。

『抱き合いたい』それしかない、俺たちは互いの首筋に唇を這わせ、互いのソレに手をかける……、


ジリリリリリ


「ああっ!」

思わず声を漏らして俺たちは動きを止めた。

吐く息さえ苦しい、鼓動が驚きで狂ってしまって、この壊れかけたような音に敏感になる。

だけどこれはうちのインターフォンのデフォ音だ。なぜだ、これが鳴るなんて。ただならぬ気配を感じてしまった俺は腹の下を抑えながら、

「は、はーい」

震える声で応答、リョウタの顔を無意味に見送って立ち上がり、そのまま玄関へ向かった。

「バカ、アツ」

リョウタが怒ってる。

俺も一瞬ハッとした、なにも返事をする必要なんてなかったのに、と。

そして俺は今更居留守が使えなくなってドア窓を確認、くぐもったドア窓、戸惑う俺、はフル回転でこのドアの向こうの人物を予想する。ここには勧誘は入り込まない、オーナーの磯崎さんの管理が行き届いているから。予期せぬ呼び鈴なんてここへ来て初めてのことだ。じゃ、ほんと、誰だ?

「アツミ、なの? 大丈夫?」

ココナ、だ。

「あ! いや、うん! いや、えっと」

猛烈に慌てる俺、髪やら服やら必死に整えつつ、

「リョウタ、ちゃんとしろ! ココナだ」

って絞った喉で伝えて深呼吸を三回、

「今開けるからねぇ」

だなんて可愛い声で言いながら、実は鬼の形相でリョウタへ早くしろと合図。

「いいの! 私お邪魔だね。帰るよ」

と言うココナ、

「いや、ダメ、今開けるから!」

とオープンザドア。

「ああ、いらっしゃい」

というさっきまでのエッロい空気に不釣り合いな、あの某ネズミの王国風なウエルカムグリーティングする俺。

「電話したんだけど……心配になっちゃって」

とココナ、言いながら視線が俺を通り越している。

「よう! ココちゃん。まだ可愛いね」

なんだよ、まだって、リョウタもさすがに動揺している。

俺はキッっとリョウタを睨んで、

「うるさいよリョウタ。あ、ごめんねココナ」

とココナにはとびっきりの優しい声で対応。

「んふ。アツミったら」

ただでさえフワッフワッしている俺の全身が、ココナの笑顔で更に不安定になる。

だがアツミ、落ち着け、ココナは俺らの仲を疑っていたんだからな、ほんの数日前に俺はココナからそう聞いたんだからな、このエッロいムードがバレたら、あのとき惚けた俺は大嘘つきになっちゃうぞ。

「リョウタ、あれ、ほら、なんだなお茶とか飲もうか」

そうだよ、とりまお茶でもしようじゃないか落ち着こうよ。

そう、それがいい、これは賢明な判断だと思った瞬間にはもう口に出してしまっていたが、少々言い方がぎこちなさ過ぎた。そして、そういうことはそれはそれは見事にリョウタに伝わってしまったようで、

「ああ、そうだなお邪魔だな」

そう言うとリョウタは、

「アツ温泉でな」

と言い残し振り向きもせずに部屋を出て言った。

お茶を入れてもらおうと思っただけなのに。


あ……やだな。

邪魔だなんて思ってないし。

そんなつもりで言ったんじゃないのに。


リョウタの奴、また勘違いしてんじゃん。俺はリョウタのことが気がかりで、既に通り過ぎてしまった、リョウタがいるはずのない玄関前の階段へ視線を奪われたままになった。

「アツミ、行かなくていいの?」

ココナが心配そうに言う。

そりゃそうだ、心配するだろうね。俺はココナの目の前でココナのことを追い越した視線で黙り込んでしまっているのだから。

「あ? いや大丈夫! それよりごめん、どうぞ入って!」

俺は慌ててココナを誘った。

「え、でもあと一時間切ってるからアツミが大丈夫なら集合場所へ行くね」

「ああ! あ? もう? じゃ待って俺も一緒に!」

というわけでココナには一旦入室していただいて、俺は激しいキスの名残を流すための歯磨きを急いで、そしてトラベルバックを閉じた。

「ごめん、待たせちゃって、行こうか……って、あれココナ荷物は?」

動揺は禁物すぎるな、ココナが荷物を持っていないことになんと今気がつくという。

「ポエムのマダムが預かってくれたの。んふ。道を尋ねただけなのに親切にして下って」

と言う。

さすがの磯崎さん。

俺の部屋を探していることに気づいて、それで降りて来たときに取りにくればいいと預かってくれたそうだ。温泉へ行ったらお土産を奮発しよう。世話になりっぱなしだな本当に。

「アツミって人気者だね」

部屋を出て階段を下りながらココナが言う、いつものあの愛らしい声と表情で。

瞬時に嬉しくなる、ココナはどうしてこうも褒め上手なんだろうか。爆乳メロンでさえ悪口から褒め言葉に昇格したもんな。ほんと尊敬するわ。

なのにさ、こんないい子に妙な勘繰りするなんてリョウタは阿呆だな。

ああ、それは妬いてるからか?

そうだよなありえるよ、妬いてるって認めたもんな。

ヤバいわぁ、萌える、かわええ、リョウタかわええ!

「アツミ!」

ココナの緊張感のある声、

「随分ご機嫌様だねぇ」

といつのまにか目の前に磯崎さん。

デレっと浮かれている内にもう一階だった、しかも磯崎さんは出発時刻を予想して待機してくれていた。

「こんにちは! ありがとうございました、助かりました!」

俺は礼儀正しく清く正しい声でお礼を伝えるが、

「風邪をひくんじゃないわよ。また熱なんかだしたら承知しないわ」

と言う磯崎さん。

ああ、そういえばリョウタが話したせいで栄養食を部屋まで何度も運んでくれてたっけ。年齢不詳とはいえ、この階段はきついぞ。

「はい、気をつけていってきます」

俺は少々しょげながら挨拶した。

「はいはい、いってらっしゃいね」

それでもちゃんと返事をしてくれる磯崎さん。

待っててね、磯崎さんが喜びそうなお土産買ってくるからね、なんて俺は心の中で声をかけている。

「お世話になりました」

「またいらっしゃいな」

ココナも綺麗なお辞儀をして、俺らは集合場所へ向かった。

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