scene21抱くのも抱かれるのも甘く

 あんなに興奮したのに俺のがフニャフニャでヨレヨレだ、軽い酸欠、KO前のボクサー並みにふらつきながら俺はベッドへ向かった。

ベッドまで来ると窓の近くはまだ、冷めた空気がヒーターの熱に抵抗していてひんやりと気持ちがよかった。


「リョウタとココナかぁ」


思わずこぼれる独り言にすぐ反応、笑ってしまう。

ベッドに転がり込んで仰向け、

「俺、なに様なわけ?」

とぽつり。

だってそうだろう。

リョウタはともかくココナのことをここで持ち出してくるなんて、俺って自己評価高めだったっけ、過剰な高評価は嫌われるぞ、と笑えちゃう。

いや……でもなぁ。

『アツミと恋人になりたいっ』

って言ったんだよココナは。

俺だけに聞こえるようにね。

そして、俺はそれを告白(仮)だと断定したかったし、その告白(仮)を受け入れてしまいたくなったんだ。こんな気持ちは初めてで、まるで中坊以下だと思うけど、とにかく気になって仕方がないんだよこの事実が。


ああ、またココナのことを考えてる!


どうしたんだろうな俺。

ココナに会って初めて二人でゆっくり過ごして、本気で惚れちまったのかな……リョウタが今ここに居なくてよかった、なぜかそう感じる。知られたくない、そう感じている。この感情はなんだろう。まるで浮気でもしているみたいじゃないか。

は、バカ、なにいつまでも中身のない思考に耽ってるんだよ、いつまでこのループ?

俺はリョウタへの気持ちについて、もっともっと煮詰めなきゃだろう。

そうだよ、そのためにリョウタが言ったことを全部おさらいして、その時の自分の気持ちをしっかりと把握して、そんできっちり俺のことを受け止めるんだ。

今度こそ俺は俺の気持ちも受け止めて見捨てない、このチャンスをモノにするんだから。

俺はリョウタとの出逢い、会話、二人きりの時間を何度も思い返す、まるで自信をつけようとしているみたいに。

本音にコーティングされた『あるまじき常識』を少しづつ剝がしていく。

俺にとっての真実と事実を本音の秤にかける、繊細で地味な作業、こういうのは俺の得意分野だ、地道に、綺麗に剝がすのは得意なはず……だ。そして逆再生、俺が……俺のことを見殺し……にしたシーンを、その時の本音を、そう……コーティング……剝がす……本音を……知り……たくな……ぃ。



ボクラハミンナイキテイル

イキテイルカラ…………



「バカ、風邪ひくだろ」

馴れた重みと湿りと熱……それから香り……?

「ん……や、めろ」

額に置かれたほのかに熱い手。

熱くて重い手、払いのけたいのにうまくいかない、ああ、これは夢か?

「アツ、起きろよ」

リョウタもどきの声がする。

いや、リョウタ、だろ?

もう帰ってきた、のか?

ベッドが激しくバウンドする、ひんやりした肌が腕に触れる、これはリョウタの腕だ、リョウタがまた裸でベッドに入ってきたんだ、と理解する俺。リョウタの腕は、なぜかいつも冷えている、それが不思議で仕方がなかったな、俺。

「リョ……た」

俺は縫い付けられたような瞼をやっとの思いで薄く開いて、リョウタの顔を確認した。

ん?

本当にリョウタなのか?

なにかいつもと違う……な、なんだこの香りは。

いつものと少し違う香りだ、肌から漏れてくる香りが爽やかすぎる。なんだろ、これ……知っているような香りだ。

「お前、熱あるぞ」

俺の脇にはいつの間にか体温計が挿入されていたみたいだ、そして乱暴に抜き取られたときの擦れた脇の内側の、軟く薄い肉が傷む、そしてまたもや激しいバウンド、リョウタがヘッドから出ていったようだ。

キッチンから騒音が聞こえる。

それらの騒音に過敏に反応する俺の躯体、肉をすり抜けて骨に伝導してくる波動。なんて不快なんだ、厭だ、俺はその音を撥ねつけようとして瞼をぎゅっと閉じた。

しばらくすると今度はベッドが揺らぐような感覚がして怖くなる。リョウタが近づいてくる、その風圧が波動を起こして俺のベッドまで揺らしているみたいだ。ああ、この感覚、かなりの高熱なんだな、とここで自覚した。

「いたっ」

鋭い痛み、を感じたのは氷嚢。

「あ、すまん。タオル忘れた」

リョウタはすぐにタオルを足してくれた。

「お前らしくない、なにしてたんだよ」

リョウタは怒ったように言う、優しさのかけらもなく。

お前もお前らしくない、なに怒ってるんだよリョウタ。

さっきからあまりにも乱暴すぎるじゃないか、氷嚢といい体温計といい、どうしたんだよ、介抱は得意なはずだろ、ふるふると震える脳で現実を捉えつつ、

「なんか……あったの」

と俺は訊いた。

するとリョウタは黙って俺の顔を見つめている、眉を歪めて。

だがすぐ苦笑いをする。

そして、他所を向いて表情を立て直すみたいにうつむいて、また俺の顔を見た。

おかしい、なにか変だ。

それにこの香りはなに?

熱のせいで五感が鈍化しているくせに肌の表面と神経が敏感だ、朦朧としていているのに、俺の鼻先にまとわりつく香りの正体が、何故か神経を逆なでて不安にさせる。こんな香りがリョウタからするはずがないのに……と気になるんだ。

「これ、なんの……におい」

たどたどしい俺の質問に全く答える気がないのか、聞き取れていないのか、リョウタの唇は結ばれたままだ。

リョウタはすっと右手を伸ばして指先で俺の頬に触れた。俺はその指先にぞくっと悪寒を感じて軽く呻いた。熱い指先、なのに触れたところからぞくぞくしてただただ不快だ、どの部分も触れてほしくない、そう訴えるみたいに俺は顔を歪めた。

なのに……リョウタは触れたその指先を首筋へと降ろしていく。

「や……め」

リョウタの指先の経路が、腐敗していくようで気味が悪い。

「りょた……やめ」

俺は必死に訴える。

息を吐くのがやっとでうまく話せない、それでも感じたことのない強大な重力に抗いながら満身の力を込めてリョウタの手首を掴んだ、一刻も早くこの指先を俺の肌から引き離そうと。なんの冗談だ、不愉快だ、俺は苦痛と戦っている。だが、

「いや、なのか」

リョウタこそ不愉快そうに言う。


お前は誰だ?


まるでリョウタとは違う、怖れた、俺は悪寒と共に空恐ろしい感覚まで感じた。

これは夢なのか? 悪夢でも見ているのか? 悪夢? リョウタが触れているのに、悪夢なのか? いや、これは本当にリョウタなのか?


思考すると激しく天井が揺れ始める、だめだ、吐きそうだ、苦痛に歪む表情筋を感じながら、

「ヤ、ダ」

俺は答えた。


いや、もう、これは懇願だ。

だがリョウタは俺の答えを待って止めていた手を鎖骨へと進め、そして胸へと侵攻させていく。


なんだ、これは。

なにしてんだリョウタ――!


俺はリョウタのいない左側へ体を捩ろうとした。そのとき、リョウタは俺の胸へ充てたその右手の力を強めて俺の動きを阻んだ。

なんだよ、明らかに俺の自由を奪おうとしているじゃないか、なんでそんな触れ方をするんだ、なんで今こんな俺に触れるんだ。

それ以上触れるな、やめろ、リョウタ、許さない、

「コロ……ス、ぞ」

俺は息が上がったことに負けないように言った。

「そ……か、悪かったな」

リョウタはまたベッドを激しく揺らして消えた。

「ぁ……うう」

俺は、気づかなった激しい頭痛に今は気づいた。

そして唸り続けた。



裸体のゼウスとポセイドンが抱き合っている。

無表情で抱き合うリョウタとタクミさんが、同時に俺のことを見ると笑顔になった。俺はその笑顔にほっとしたが、二人が微笑んだまま抱き合うのを見ると憎悪が生まれた。二神は激しく求めあうようになり、俺は直視することが苦痛になってくる。それでも俺はリョウタの表情を追った。

悦んでいるんじゃないかと思って。


あれは?


組み敷かれているリョウタの顔が、俺の顔だ。

そして俺は今アキラさんの顔を見上げている。


見ないようにしようとするのにできない、雄の本能だから、見ていたいから、確認しておきたいんだよ、見届けたいんだ、全ての行為を。

アキラさんは微笑んでいる、みたいだ。

だけどこの微笑みはどういう意味なの。

アキラさん、どうして嗤うんだ。

そんな顔しないで、アキラさん。頼むよ、嗤わないで、抱きながら嗤わないで、無性に情けなくて恥ずかしくて気が狂いそう……だよ。

快感に気持ちが追いつかない、ああ、イキそうなのに、最悪な気分だ。

おかしくなる!

やめて、やめてよ、アキラさん!


「大丈夫かアツ」

リョウタの声。

俺は起き上がっていた。

「あ、ああ」

喉が渇いて、自分の口臭に吐きそう。

俺はゆっくりとベッドから両脚をだして腰かけ、膝に両手をついたまま立ち上がった、すると急激に激しい尿意、トイレへ急ぐ。

用を足し終わってうがい薬でぐちゅぐちゅ、今度は冷蔵庫の中を物色、

「こっちにあるぞ、ポカリ」

というリョウタの声でベッドへ戻った。

リョウタは寝袋で床に寝ていたようだ。

俺はベッドに戻って手渡されたポカリを味わった。人肌なんだろうが今の俺にはひんやりと気持ちいい喉越しだった。三口飲んで、蓋をしてサイドテーブルに置いた。

「ありがと」

やっと礼を言った、遅くなったけど覚えていただけマシだろう。

ふらふらする、頭が動くたびに頭がい骨にひびが入るみたいだ。

「もう熱は下がったみたいだけど、まだ休んどけよ」

リョウタが心配そうに言う。

「うん」

俺は短く返事をしてゆっくりと慎重にベッドへ潜り込んだ。

長い夢を見ていた、そう感じてはいるけどどんな夢だったのか、今は曖昧だ。断片的に思い出されるシーンを吟味する俺。

「うなされてた、アキラって」

リョウタの言葉に悪寒が再発。

「へぇ」

白々しい返事だが今はこれしか思い浮かばない。

それに今はリョウタへ、善意をもって回答する必要性を感じない、だって、記憶の断片と夢の断片に、リョウタが俺に触れた映像が残っていたからだ。

アキラさんのことを答えるよりも大事なこと、リョウタが俺に、異様な触れ方をしたこと、俺はこの事実の謎を解かなければならない。

あれは現実だっただろ?

自問自答、間違いないという即答。

いったいどうしてリョウタは俺にあんな触れ方をしたんだ?

どうして……ってことはないな、ああいう触れ方は『交ワルトキノ』のもの、それは間違いなくて……肝心なのは、理由だ。リョウタの様子が変だった、俺はそう感じてそれを問うたはずだった。そして、怒って、腕を掴んで、コロスぞって言ったんだ。

「リョウタ、お前どうしたんだ」

俺は、天井を向いたまま訊いた。

こんなことは有耶無耶にしていいはずがない、ましてやリョウタとの間で。

「なにが」

リョウタがどこを向いているのかはわからない。

ふざけた口調だが自覚しているだろうと思しき声音。

「なにが……って」

とぼけやがってとイラつく俺、気味の悪い間が続く。

すると、

「はぁ――? お前まだ熱あんのか?」

リョウタはばしゃっと寝袋の擦れる音をさせて俺の横、ベッドに両肘をつき、呆れた、という表情をして見せた。俺はしっかりとその顔を睨んだ。まだしらを切り通す気か、とイラつき度が増したが戦うほどのHPはまだ回復されていない。

「もういいよ、今は」

俺はリョウタの顔から視線を外してまた天井を見上げた。

「そっか、わりぃな」

リョウタは声のトーンを絶好調に下げて答えた。

この声で俺は、リョウタが俺に触れた意味をなんとなく理解してしまった。やはり、という感じで。


どうしてこんなことが起きたのか。

と考えようとしたが、そんなことは一万光年先の惑星のチリを掴むくらいに難しい、と即座にわかった。リョウタになにかが起きた、そしてそのせいでリョウタが俺に触れたくなった?

なんだよ、それ。

リョウタは立派なノンケだぞ。今までのスケコマシっぷりでそれは明らかな事実だ。だが、最近のリョウタはどうだ?

確かに……俺のことを受け入れたがっているように見えた。そうだ、これはもう事実だと受け入れるべきだ。だが、だからと言ってなんだこの急な接近戦は。なんか妙なスキルでも手に入れたのか?

は、またアホな思考回路に嵌ろうとしてしまう、どんなスキルだよ、ノンケ離脱するなんて。


ん?


リョウタ、確かタクミさんちへ行っていたんだよな。

それに気づいた途端、夢の中の、二人が微笑んだまま抱き合うのを見て憎悪したことを瞬時に思い出し、正解を掴んだ気がした俺。

なにこれ、なんの演出なの、俺ってほんと女子力高いわ。どんな妄想癖なんだよ全く、『正夢見ちゃったわ!』じゃないんだよ。


ん?


ポセイドン・タクミ……だぜ?

俺は俺に今忠告しうようとしている、そう、あの人のしでかすことは、俺の渾身の予想をB級ポルノ以下だと蔑むくらいにど派手だろう、と。

ポセイドンはゼウスの兄だ、神も人の子、いくらスケコマシの天才でも、タクミさんには操られてしまうのかも。


ん?


タクミさんがなんでそんなことを?

リョウタをモノにするため?

俺の自由のために?

なにかのフェイク?


ああ、抱くのも抱かれるのも甘くはならない、俺の元子羊ちゃんはナニモノになってしまったのだろう。

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