scene19ホワイトクリスマス

 ポセイドン・タクミを見送って、ディオニソス・俺は集合場所へ向かった。

「アツ、おせ――わ」

ゼウス・リョウタに言われて、まじまじと顔を見てしまう神格化間もない新人の神、俺。

リョウタの表情があどけなさ過ぎて、つい見とれてしまう。

「は、なに、俺まちがってないけど?」

勘違いする全知全能の神、呆れる新人神の俺、本当にリョウタって早とちりが多すぎるな。

見とれていただけ、そう言えたらリョウタの勘違いを正してやれるのに。

「明日はディナー営業のみだから、担当者のみ帰宅。他はホールとキッチンで片づけて島田と朴はカポ、解散まで任せるよ」

ハーデス・カヲルの号令と共に一斉に動き出すカフェ「ダバンティ」メンバー。


さぁ、さっさと片して帰ろう。

このイヴの夜、あ、いやもうクリスマスの朝だな、この一日波乱万丈すぎて疲労困憊だ、今日はバスタブに潜り込みたい。


そもそも、こんなに人と長い時間話したことがない気がする、それも複数人。

珍しい相手ばかりだし、初対面もいるし、もうそらメンタルがふにゃふにゃにもなりますよ。

「皿以外はホールで処理するから、シルバーはミユとタニモン以外でひいてきて」

島田さんの指示にささっと反応、

「ポクとカズヤひくよ、スグルとタダユキ、中よろしく」

ファフィくんの『ポク』が相変わらずかわいくて俺は笑ってしまう。

「わらうなぉ――あっくん!」

目ざといファフィくん。

「ごめん!」

俺はもっと笑ってしまう。

ファフィくんは日本で生まれた韓国人三世なのに日本語が下手だ。とても複雑な環境だったようで、いわゆる苦労人だ。これはあまり接触しない俺らの仲で、偶然が重なって知り得た内容。


 俺がまだ入店準備中に店へ来たとき、ファフィくんも客として来ていた。

そのときに声をかけあって相席、話すきっかけができたんだ。彼はホール担当を目指したみたいだけど、やはりこの発音が問題になったと説明してくれた。

韓流カフェならこの子絶対に売れるだろうな、それが第一印象だった。

すっきりとした一重、だけど形と大きさがいいバランスで、ファフィくんは黒目の色が薄く、いかにも日本人じゃない顔、アキラさんによく似ていた。色白なのもそっくり、きっと色素が薄い体質なのだろう。

韓流アイドルを見るといつもファフィくんのことを思い出してしまう。あの独特の発音が楽しいからだ。マスターの友人のイタリア人と話したときに、俺のイタリア語は三歳児が話しているようで好感が持てると言われたが、きっとこんなイメージだったのだろう。

そして、いつも俺が笑ってしまうのをファフィくんが突っ込むようになったのも、俺的なツボ。

「お前ら仲ええよな」

リョウタが言う。

「うん。ファフィくんはかわいいんだ」

俺は笑顔のまま答えた。

「俺は可愛いとか言われたらぞっとする」

「だから言わねぇよ」

俺が言い返すと、

「アツはかわええけどな」

とケツをひと蹴りされ、戦闘態勢とったら、

「オリョウ!」

ハーデス・カヲルの喝が飛んできた。

と思ったら、

「パルカと来て」

とのこと。

「ちびりそうだった」

リョウタは舌を出し、去り際に俺に膝がっくんをしてから事務所へ向った。

リョウタのいない分俺が頑張らなきゃ、俺はリョウタの姿を最後まで見送らずカップとグラス、カトラリーを分けてトレーに乗せていた。

するとペルセポネ・ココナが俺の横を通り過ぎようとして、

「それ預かるよ」

そう言ってトレーに手をかけた、触れた指先、に目を遣ってしまう俺に、

「帰って衣装を決めたらラインで写メおくるね」

そう言ってカウンターへ去っていくココナ。

俺ってほんと幼稚だな。ちょっと触れただけなのに、ココナだと意識してしまう。パルカさんとかミユとか、ぼいんぼいん当たってもこんな風な意識の仕方しないんだけどな。

きっと少女漫画だとこういうシーンは、ぷわっぷわーっと光っているシャボン玉みたいなのが飛ぶんだろ?

感動、とまではいかないけれど、あれって綺麗な表現だと感じていた。

野郎としては元気玉のほうがしっくりするけどね、けれどああいう女性らしい表現は好きだ。なぜ女子たちはその女性らしい表現に満足せずに、より強烈な刺激を求めて毒々しくなるのだろうね。というか……俺の女運のせいで世の女子たちをくくるのはよくないか、ここはしばし反省。第一、俺ごときが女子をひとくくりで表現しようってのがおこがましいしね。

と、一時間も過ぎるとおおよその片づけが済むというメンバーたちの有能さ。

カウンターではもうマシーンの電源を落としている。今夜はディナー営業からだから、残り物は全廃棄、製氷機も洗浄と消毒が始まる。

谷くんとミユもシルバーといえどもさすがだ。

いいコンビネーションで仕上げたなって思う。ミユはクソ生意気でエロしか持ち合わせていないと言ったけど、実は手際はいいんだ。よく気が付くし視野が異常に広い、と思わせる。カウンターの上にどれくらいの下げ物があるのか、どの客席にバッシングが必要なのかを気づくタイミングがピカイチだ。

谷くんはフォローが上手い。欲しいときに欲しいフォローだけをくれる。リョウタの得意技でもある見極めが抜群なんだ。俺のパンケーキ好きを知った日には、大きめの薄目で焼いて、溶かしバター少量にシロップを混ぜて持ってきてくれた。通常ペア営業の休憩は交代だから、それぞれがカウンター内で相手のまかないを準備する。俺が自分で作っていたのを見ていたみたい。そのとき俺は自分の分だから普通サイズにしたけれど、谷くんは遠慮したのを察してサイズアップまでしてくれたんだ。ほんと、こういうところ、タニモン最高!


と、もうみんながエプロンやタイを外しながら事務所へ消えてゆく。

リョウタはまだ戻ってこない、島田さんはココナと話している。キッチンが先に着替えるみたいだ、残っているのはホールだけ。

ファフィくんが、

「あっくん、休んでいいぉ」

と声をかけてくれた。

俺らはいつものハンドシェイク、最後はハグして別れた。

「ヴォナ ジョルナータ」

次々にメンバーたちが去っていく。

今は女子の着替え中、谷くんと雑談をしていると、リョウタがミーティングルームから出てきた。随分長かったな、俺はそんなことを思いながら浮かない表情のリョウタが来るのを待った。

「俺、タクミんちへ行かなきゃなんない」

と言う。

「ん、そ、そう?」

家、に?

「事務所に。プロフ作るのに撮影しなきゃで、今日なんだって。なんか衣装の買い付けがあるから、これから先に採寸して衣装の準備まで睡眠とって……と、まあとにかくいろいろ準備がかかるんだって。だからアツんちには泊まらんことになった」

「お前、練習は?」

「今から連絡する」

「そっか」

俺は人ごとのように聞いていたが、

「お前も呼ばれるよ」

と言われた。

「俺のが順調なら二日ほどだって言ってた。そのスケ調整シフトとうまくやんなきゃだから、覚悟しとけよ」

とも言われた。

そうだった、俺もモデルデビューさせられるのだったな。シフトも強制修正、やたらと変動の多い年末だ。俺は立派な大学生なのに。単位は十分だろうけどサークルどころじゃないなこりゃ。どのみち苦学生にはサークルなんて縁はないけどね、在籍だけでもいいからとよく誘われるんだ。維持費の予算ふんだくるのに利用されるの、人助けだと思えば別に苦ではないが。こういうことでもなけりゃ、俺は大学という大枠のコミュニティにしか属せないという情けなさ。

「リョウタくん、アツミ、またね」

とペルセポネ・ココナ、

「ちゃんと休むのよ」

とペルセポネ・パルカ、

「どーも、またね」

とペルセポネ・ミユ、と、

「お疲れさまです!」

と谷くん、

「あの、リョウタくん、研修ありがとうございました! リクのミトンです!」

と、リョウタへ可愛いリボン付きの袋を手渡す谷くん。

「あんた厚かましくリクエストしたの?」

と島田さん。

すると谷くんが慌てて、

「あの、リョウタくんは俺が金ないから買える範囲のものを言ってくれたんだと思います!」

とフォローしたのに、

「いや、マジ鍋掴みが欲しかった」

と言うリョウタに、一同爆笑する。

が、俺はとあることに気づいて、谷くんへ伝えた。

「俺が渡すまで待てってくれたんだな。ありがとう、ごめんね、気を遣わせちゃって」

そうだ、この谷くんがリクエストのあったものを渡すのに、こんなタイミングにするはずがないんだ。

「あ……はい! 事務所のゴミ箱にあっくんが店に戻って来たときの袋が捨ててあったから」

と言う。

谷くん、素晴らしいよ、本当にできすぎた後輩くんだ。きっと気を揉んでいたに違いない、研修はとうに済んでいるし、リクエストまで受けていたのだから。一日でも早くリョウタへお礼を渡したかったはずだ。

「はぁ! なんて美しい仲間愛かしら! じゃ、ヴォナ ジョルナータ」

と、ミユ。

いうほど皮肉には聞こえない程度の言い回し、会話を締めて去ろうとするそんなミユの後姿も、ちゃんと谷くんのことを店前で待っている様子も、ほんわかして楽しくなる。


外は粉雪、降ったり止んだり、ホワイトイヴはホワイトクリスマスにバトンを渡したみたいだ。空にはもう消えているはずのみるくむーんが、俺だけのフィルターでしっとりと濡れている。頬で溶ける粉雪が月の雫みたいだから。

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