scene14チートはうんざりだ
「ブォナ セーラ」
ミユは半目のギラっとした視線でここにいるメンバーの顔を次から次へと舐めたあと、
「私春イベ出たくないんですけど」
と悪態をつきだした。
今挨拶したばかりでこの切り出し、場が否が応でも緊張感でヒリつく。
「ミユ! ああ……あの、僕がちゃんと話し合いますから、あのごめんなさい」
谷くんが誰よりも早く反応した。
谷くんはここにいるプラチナメンバー二人の機嫌を心配したに違いない、当然だろうな俺らはシルバーだから。どうやらミユはさっきの発言で、前代未聞の事件をひき起こそうとしていることが予想できる。
俺は少しむかっ腹が立っている。なにも谷くんが悪いわけじゃないのに彼が謝っているし、いくらミユのバディだからってこういうのはよくない気がするから。そう、谷くんはミユのことを正すべきだから。
そして、ここで一番気をつけなきゃならん相手は島田さんだ。
ほら、もうメガネの奥の目じりが吊り上がっている。そりゃそうだ、カフェ「ダバンティ」で決定事項にケチをつけるなんてご法度中のご法度だも。
本当ならリョウタだってプラチナなんだから一喝してもいい、だけど先日の一件があるのでリョウタは知らんぷりを決め込むのだろう。ミユもそれくらいは察知できているのだろうから、こうして悪態をつくんだろうな。
「ミユ、わかってんのね、それどういうことか」
島田さんは、遠回しにミユを黙らせようとした、だが、
「ふぅ――ん。リョウタくんと組めるなら考えてもいいけど」
とクソ発言。
あららのら。
ミユはエロというスキル以外に本当は何も持ちあわせてはいなかったのか?
それとも、規律を守るというチュートリアルを経験したことがないのかな?
仁科くん、ここに初めてのあなたの汚点が誕生しそうだけど、どうします?
と、なぜか俺は仁科くんの顔を思い浮かべた。彼は面接の責任者、例えマスターの三村さんが特別視をしたにしても、仁科くんが認めない限り入店は不可能だ。認めたからにはミユのなにかが合格ラインだったのだから、そう判断して決定を下した仁科くんの責は免れない。
まさか、そのライン判定の基準がエロだったりして?
うん、あり得るな、エロ以外は手ぶらという能力な。
「ミユ、まさかカヲルンにそれ話してないわよね」
島田さんが静まり返った場を更に沈めた。
仁科くんは常にどんな場でもリーダーだ。そして彼こそが最高責任者なのだから、その指示に従わないのならそれはここから立ち去ることを意味する。つまり、俺らには何か別の選択するという行為は認められない、決定事項に従わないということは、ミユは現時点で去らなければならない、と島田さんは言い含めているの。
「ま、待ってください! ちょっとあれこれ変更が重なって気がたってるだけですから! ミユはまだ入店して間もないんです」
と、入店して間もない同期が必死の形相で庇う。
なにこれ。
俺は、今はそれ相当に腹が立ってきた。谷くんにここまで言わせるとはなんて女だ、気に入らないんなら今すぐここを立ち去れ!
と俺の無意識がそう叫ぼうとしたとき、
「どうしてリョウタくんならいいの?」
ココナが不思議がって訊いた。
え、ココナ?
今その質問要らないと思うよ……これはね、ただの反逆だよ、この時点で重罪なのよ。だからいいの、捨て置けばいいんだよ、コイツはギロチン刑が確定しているのだから……と、俺はココナには関わってほしくないと感じた。
だが会話は必然的に継続していく。
「だってリョウタくんが一緒に最高のバディになろうって言ったんだもん。初の男女ペアでダバンティのベストペアになろうって約束したのよ。だから私も研修頑張ったんだもん。なのに私の初の春イベ、不公平なんだもん」
「……クソ」
リョウタが小さく舌打ちし、島田さんがギロリと睨んだ。
なんてこった……リョウタのスケコマシ度は一線を超えて悪の権化を爆誕させちまったも同然、あとでみっちりお仕置きしてやりたい。とはいえ無関係だがな、実際は。そしてこれはただの言いがかりにしかならないじゃないか。
「そうね……ミユちゃんは頑張ったんだよね。目指したことが違って残念で仕方ないのね。ミユちゃんの言うとおりね、誰だって残念になっちゃうよね」
と、なんと、ココナまでもがさも残念がって言う。
ココナ、ダメだよ、そんな奴の味方なんかしなくていいよ、俺はココナのことが心配になってきた。
「そうなのよ、私頑張ったの。なのに……不公平なのよ! アツミくんはココちゃんでしょ? ココちゃんゴールドじゃん! パルカさんとリョウタくんはプラチナだしね? うちらに勝ち目なんかないじゃん」
ああ、それはごもっとも、だ。
だがな、確かにそれはそうだが……な、世の中に常に公平な競争なんて存在しないんだよ。不公平の中で伸し上る経験だって必要なんだ、というかそれが当たり前なんだよ。平等のチャンスを不公平の中でモノにする、それが人生だよ。
ありがたいことに、ここで行われることは公正な判断に基づいている。マスターの三村さんだけだよ、贔屓という不正を行うのは。
それに、谷くんへの気遣いはないのかこの女に。
谷くんは自惚れたりしないからミユの言い分をごもっともだと同調するだろうが、力量不足を名指しされているも同然、しかも同期にだ、失礼極まりないだろ。
「そうね、ミユちゃんとタニモンの不安もわかる」
ココナはミユのことを見つめてそう言い、まるで今は、完全なミユサイドであるかのように見える。だがここで谷くんの名を入れたのはさすがだぜ、と思うけど。
だが俺はこう思う、この優しさは間違っていると。なぜだ、ココナはどうしてミユの肩を持つのだろう、こんなにも同調するなんておかしい、そう思ったとき、
「ミユちゃんって凄いね。誰も言わないものそんなこと。不公平だと感じてもおかしくないかもしれない、そういうことをちゃんと発信して公平にするべきだって言えるなんて素敵だわ、尊敬しちゃう! パルカさん、ミユちゃんの言う不公平なことが公平になるようにできると思いますか?」
提案する気かココナ?
どうしたの、そんなにミユのこと庇ってしまってどうする気だよ。俺は気が気じゃない。腕を組みなおしながら島田さんが答える。
「ハンデね、できるとしたら」
まあな、それはそうかもしれん。
俺もそれは思いついた、だが、ワインの販売総数足すファンのランキング投票、ワンダーの評価もあるのだから公平性なんて求めることに自体に無理があるじゃないか、俺にはそう思えた。するとすかさず、
「ミユちゃん、ハンデってどう思う?」
ココナはミユへ問う。
「ハンデ……かぁ。プラチナだったら百杯くらいは欲しいかな。ココちゃんとこならその半分……くらい?」
「あら! 凄い! さすがミユちゃん! パルカさん、提案なら問題ないですよね? 一度だけでいいんです! ね? ミユちゃん!」
ココナは勢いづいてそう言い、右手で島田さんの手を左手でミユの手を握った。
ああ、ここにも三神?
ココナを挟んで手を結ぶ女神たち。
「そうね、提案なら問題はないわ。わかった、今回に限り、よ。これはカヲルンへ私からリポしてみるわ。プラチナ百杯、ココナとあっくんとこは五十杯マイナススタートね、それでいいのね」
島田さんはミユの顔を確認しながら念を押そうとした、その瞬間にココナがミユにハグして、
「ミユちゃん凄い! こんなに短時間で解決するなんて! 凄いよ――ぅ」
ココナは遠慮なしにミユのことをハグハグ。
「……う、うん……うん! 頑張ろうね、ココちゃん!」
ミユはなに様のままココナのことを激励している。
「はぁ、ココったら強引ね」
と島田さん、この言葉に俺はハッとした。
そうだ、これはココナの策略だ、ってね。
俺はてっきりミユはリョウタと組みたいのかと思った。だってそう言ったし、そうすることが勝利への早道だということは確実だから。ミユはランチの男性客動員数の記録を作ったカメリエーラだ、リョウタと組めば間違いない。だからそれを訴えたかったんじゃないのか?
だって、いくらハンデがあったって谷くんとペアなんだぞ?
……ああ、いや、谷くんだとて無能じゃないよ、成長株だ。
ただ経験が足りていない、これは俺だってそうだけど、この経験値だけはどうしようもないじゃないんだ。それにこの杯数、ハンデになり得るのか?
だが今のミユは大満足の表情だ。
春イベは二カ月程度だろう、この期間で百杯なんてプラチナにとってはなんてことない数字だ、きっと。納得したミユのおバカさには呆れるが、うまく誘導したのはココナだ。ミユに具体的な数字を言わせて即決させ、しかも島田さんが念を押そうと確認したときはすかさずミユの気を逸らして褒めちぎった。あれはミユが心変わりをしないように抑制するためのものだったのでは?
考え直す時間を与えないために。
『あら! 凄い! さすがミユちゃん! パルカさん、提案なら問題ないですよね? 一度だけでいいんです! ね? ミユちゃん!』
そう言ってココナは、島田さんとミユの手を握った。もう、あそこで決定したよな、なにもかもが、一度だけ……という条件つきで。
凄いな、ココナ。
俺はなんだかココナがバディなら無条件で勝てる気がしてきた。というか、俺もココナにうまく誘導されているような気までしてきた。
な、なに言ってるんだよ俺。
……でも、このたった数分間に起こった変化は、ペルセポネ・ココナの仕業に違いないんだ。ココナはペルセポネ、冥府の女神、だ。さらわれた人の子がいつしか女神としての務めを果たすようになるには、いったいどんなスキルが必要だったのだろう。
いや、アビリティ……なのか?
今や異世界で活躍する主人公らはまるでチート設定がデフォルトだ。
意外でしかない驚異的なアビリティが氾濫しすぎて『スキルを磨く必要があんのか?』と思わせる。『いったいなにがモチベになるの』こんな設定で……と俺には欲が湧かないものばかり。
推理モノだって、そうだ。
まるで整合性が感じとれない。誰が容疑者になり得るのかという推理など不要、誰もが容疑者といういかにも安っぽく怪しげな演出たっぷりで登場してきて、都合のいい過去の関係性やらタイムループやらが押し付けられてくるんだ、毎週毎週ね、ほんと吐き気がするほど満腹だ。
なんだ俺、なんで愚痴ってんの。
いずれにしても、俺にはないものをココナが持っていることだけは確かで、リアルにそれを体感した。
誰からも噂されない存在のココナ、でもこんなにも人を動かせるココナ。俺が癒される唯一人の異性、想うだけで心地よいと思わせてくれたココナ。
「アツミ、よかったね」
ココナが俺の顔を覗き込んで笑う。
「うん……よかったね」
なにがよかったのかはさっぱりわからないが、俺はココナの笑顔を真似て笑っている。
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