scene11これぞ勇者の誓いだ

 女神ココナは、俺にこんな話をしてくれたよ。

実はこの企画は仁科くんとココナの研修時代の雑談から生まれたと。

早くに両親を失ったココナは親類の家をたらい回し、よくある家なき子の幼児期の苦難から逃れる術は一人遊びと妄想だったという。おこづかいも貰えず、ココナは学校や公共の図書館をよく利用したそうだ。

そこで知り合った美しい少年がとある神話の本を勧めてくれたらしいが、ココナには難しすぎたらしく、次に知り合ったこれまた美少年からはギリシャ神話を勧められた、それを機に神話好きになったのだそう。

特に気に入ったのがペルセポネ、元は美しい人の子とされる彼女は強引にさらわれ冥府の神の妻に。様々な神たちの思惑にその運命は揺さぶられるものの、後にはすべてを受け入れ、冥府の女神として務めを果たしたと言う。

「潔い、というのもあるけれど。お母さんが一生懸命想ってくれて、さらったハーデスだってとても優しくもてなしたそうなの」

窓の外に視線を向けて、今は向かい合って座っているソファに背もつけず話すココナ。

膝をしっかりと閉じているせいで左右の脚が窮屈そうだ。

「不幸って避けられないでしょ? ペルセポネはきっと不幸を嘆いてばかりで堕ちていくような女性ではなかった。愛される素質のある娘だったんだわ」

ココナは、ココナの真実を話しているらしい。

「だからお母さんも諦めない、お蔭で少しの間でも地上へ戻ることができた。ハーデスにだって愛された。ペルセポネの魅力って、きっとひとめでわかるようなもの、ほんのひととき過ごしただけで感じられる、そんなものだったんじゃないかな」

そうかもな、素質とはそんなものだろうな。

そして俺は、そんな素質をもう知っている。

「そうなの、あっという間に好きになっちゃうみたいに」

俺のことを見た、まっすぐなその瞳から視線を外せない。

ココナは自分のことを話したんだな、俺はそんな風に受け入れた。ココナのことだね、とそう言ってあげたくなった。


ココナはペルセポネ、だ。


ジメジメと不幸を並べることもなく、事実と真実をきちんとわけて話したココナ。

自分にとっての真実はペルセポネを語るときにのみ発せられて、ココナは、苦労話であるはずの経歴をただ起こったこととして話した。事実、苦労したに違いないわけで、多少は同情心が湧くかと思ったがそんなことはなかった。ペルセポネを語るときの幸福そうな表情も好印象のままで、さも事実のように話さないことが聴きやすくすんなりと響いた。

俺の中で、ココナが語ったココナだけの真実は、事実になろうとする。ペルセポネは、ココナの話した通りの魅力ある女神に違いないと。

「ペルセポネの話をしたら、カヲルが新鮮だ、いい話だねって言ってくれて。いつかの春のイベントのヒントになりそうだって言ったの。その時に自分の描いているイベントのイメージも話してくれて」

なるほど、こんな風に聴かされる女神の話なら誰だって気に入るだろう。

「そんなに前からあったんだね、この話」

だが一方で心底驚いた俺。

あの仁科くんがイベントの内容を誰かに明かすなんて、って。でもまぁ、これで一つの謎が解けたね。このイベントの件は、なんならココナがきっかけなのだから、ココナが誰よりも早く知っていて当然だし、決定したと知らされていたって全然おかしくない。仁科くんだって、既におおかたの内容を描いて話していたみたいだから、ココナには指示詞だけで伝えやすかっただろう、

「アレ決まったよ」

って感じで。

俺はぼんやりとそのやり取りを想像した。

リョウタと俺が店へ戻りリョウタは説教、俺は撮影された。それ以前にきっと年末の温泉撮影は決まっていた、だってポセイドン・タクミは知っていたのだから。この温泉に絡んでペアも決定していた、春イベはとうに仕組まれていたのだから。

あの発表の時に春イベの件に触れなかったのは、リョウタと俺とタニモンとそのバディだけに関することだから、だな。いつか集合ミーティングがあるだろうけど、仁科くんなら必ずその前に直に伝えるはずだ、個々の反応を確かめるために。

温泉撮影の件と春イベを繋げたのはおそらく仁科くんだろう。

だがきっかけを考慮して、まずココナへ春イベの件を知らせ、そのバディである俺へ伝えに来た。そう、これがきっと正しい時系列だろう。

ほんと、ぬかりのない神だなハーデスは。


 集合体を動かすのに、まず個を引き寄せておく、という策士。

自分の判断以外なにも必要としない雄だからこそ成せる行動。イベントは店全体のエネルギーを消費するわけで、サービスの良し悪しに直結する。始まってしまえばもう消費されるだけのエネルギー、それを補給することは難しい。現場でどの部分の消耗が激しいのかを見極めるには多少なりとも時間を要するし、その間にも消費は続く。

だから仁科くんは、イベントのメインキャストのパワーを事前に測り、その消耗具合、つまり対応能力を知ろうとする。サービスの質をできるだけ持続させようと。

夏イベのとき、俺はそう知った。

だから集合ミーティングには特に意味などない、ただの伝達だということもわかった。その中で個人的に仁科くんが接触したメンバーへの、その内容が肝心なんだということ。

仁科くんがなにをやりたいのか、なにをやらせたいのか、そう、ハーデスがどこまで操縦できるのかを、あの神は常にテストしているんだ……ってね、これは体感。

そっか、そうだったのか、だんだん霞が晴れてくるような感じ。

あとは、ペルセポネがなぜハーデスを呼び捨てにしているのかという件だな……と思いかけたら、俺の中の俺が待ったをかけた。

危うく重大な謎を拾い損ねるところだった。


以前、仁科くんは、客にハーデスが一番好きだと話していた。

ハーデスに関する神話も詳しそうだったし、その中でペルセポネの話があったはずなんだ。だからこそ俺は、この女神の名前をうる覚えていることができたのだから。なのに、なぜ、ココナにはそれを知らせなかったのだろう。いい話だね、という表現は不自然じゃないかな。しかもココナも神話好き、ならもっと、仁科くんは自身も好きな神話を、ココナと語り合えたはずじゃないか。即座に春イベのイメージをその時点で決めることもできたのでは?

これじゃあまるで、ココナには知られないようにしていたみたい……じゃない?

ああね、いつもこうだ、よくわからなくなってしまう、仁科くんのことは。

俺は番犬にはなれない、愛犬でもないさ、ただの飼い犬だな。

ハーデスという冥府の神の認知度が低いことと、その権力や能力は無関係だろう。それと同じように、仁科くんにはわかりづらい気づきづらいなにか大きなエネルギーがある。仁科くんのパワーの威力は明白、だけどその源のエネルギーの正体が全く見えない、それだけは伝わっている、はっきりと。


それに引き換え、ペルセポネ・ココナのこの透明感!

キラララララ――ン!


清々しいくらいに明瞭に話してくれる心地よさ。

欲しい答えを即座に分かりやすく話してくれる優しさよ……おお、俺はペルセポネの番犬になりたい!


は。


アホか!

俺はディオなんたらにならなきゃだった。ああ、もう忘れちゃった、なんだっけ俺がならなきゃいかんのは誰だっけ?

「アツミのディオニュソスって想像しただけでドキドキする」

女神が微笑んだ。

ウンウン、ドキドキシテル、オレモ!

愚民ども、平伏せよ!

俺はもう、ココナを、女神ペルセポネたらしめるディオニソスになる!

イベントはカフェ「ダバンティ」の恒例コンペ方式、俺は勝ってやる!

このココナこそがペルセポネだ!

競い合いに慣れることがどんなに人生を豊かにするのか、且つ必要な習慣であるのかを夏のイベントで学んだんだ俺は。

一位以外はクソだ、そう知ったよ。

あんなに悔しさを感じたことはなかったかもしれない、そんな体験だったけれど、悔しさを原動力に変換することも学んだんだ。恥ずかしさと、情けなさにもまみれたよ。だがそういった経験がない人間には、勝負に挑むときの必須アイテムである大きな鎧を身に着ける資格はない、そう知ったんだ。

資格がない……そう、それは、勇者にはなれないことを指す。

そうさ、いつまでも愛犬に甘んじるわけにはいかないんだよ!

俺は、俺のペルセポネを守り抜き、愛と夢と希望に満ちた楽園を守護する『勇者ディオニソス』になるんだ!

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