scene9ペルセポネはハーデスの嫁
実はあれ以来ココナとは話せていない。
面白いくらいにシフトが合わずすれ違っていた。どうしても組んでみたいとか、どうしても会いたいというわけじゃなかったけれど、ココナのことを思い出すと心地いいから、だからつい、店のPCでココナのシフトをチラ見したりしたことがある。なぜかココナは懐かしさを感じさせて、もっと話してみたいと思わせるから。
それは俺が田舎育ちだからだろうか。そういえばココナとは同郷だ、だからなのかな?
こう言っちゃなんだが、ココナだけは、俺の知っている厚かましい女子には含まれない。でも惚れているとか、そういうのもない。ただただ不思議なほど好印象な存在なんだ。ひとことで言うと『感じがいい人』かな。
それから、ココナの情報不足が知りたがらせる、というのもあるかも。
不思議なことに、メンバー間でもココナの噂を全く聞かないんだ。『ココナって~だね』といったココナに興味を示す人間の会話を聞いたことがないんだよ。リョウタが堕としてみたいって言ったのくらいだ。それは完全に未遂のままなはずで、さすがのスケコマシの天才もココナには執拗になれなかったみたいだ。
あ、ここかも。
俺がココナに心地よさを感じるのは、この存在の透明感というか、誰かに執拗に思われたりしないところなのかも。独特な印象がなくて、でもそれは存在感が全くないというのではなくて、ただいるよねって知ってもらえる感じ。当たり前に差し込んでくる陽のような、邪魔にはならず誰も気にも留めない事実、のような。興味を持たれるほどにならないボーダーラインというものを、ココナは心得ているのかな。
俺もそうでありたかった。
だからココナには、親しいわけではないのに親しみのような感情を覚えるんだろうか。でもこれは羨んでいるという感情なのかも……な。
いいな、ココナは俺にはないものを、ほしいものを持っているんだな。
そう思う内に俺の眼は、いつの間にかココナを探している。そう、いるはずだ今ここに、いると思うと会いたさが募る。
……だが見つからない。
ワンダーのスタッフさんもいらっしゃるからかな?
けどメンバーならわかりやすいだろうに、と少し俺は躍起になりかけている。
今日みたいな『天海地の三神』にさんざん弄ばれた夜に、ココナみたいな清い存在を見つけたら、俺だってなにかしらの神様になれるのでは?
いや、神様になんてなれなくていいから、ちょっと久しぶりに話してみたいな、素直にそう感じている。すると、
「あっくん、誰を探しているの」
と、目の前に俺の飼い主様がご登場。
「あ、いや別に」
咄嗟に嘘をつく俺。
だって俺の飼い主様はハーデスだからね、冥府の主だよ?
あの清いココナのことに触れるわけにはいかないだろう。そんなことしたら、ほら、あの女神様、なんて言ったっけ、ハーデスの嫁にされたって言う女神の……ええとええと、
「ペルセポネって知ってる?」
ハイ、それ今思い出したかった名前!
って、なぜそれがわかったのですか?
「来春に『春の女神祭り』という仮タイトルで、ペルセポネという女神にちなんだイベントを開催することになっているんだ」
ああ、仕事のお話ね、仁科くんはいつも俺には唐突に話し出すんだね。
そっか、純朴な俺の無用な推察を省くためだったっけ……はぁ、これを愛情だと信じたいよ、俺。しかし、いくら仮タイトルにしてもさ、春のパン祭り風なタイトルってのはイケてないな、誰だ提案したの。
「そこで、今回発表したペアの各バディにペルセポネに扮してもらってワインを売り込んでもらう。わかる?」
「うん」
「そして、君等はディオニュソス、つまり豊穣の神として自分のバディがペルセポネに相応しいことをPRするんだ。誰が一番ペルセポネとして相応しいかは、リョウタとあっくん、タニモンにかかってる。わかる?」
「うん」
「単純にワインの売り上げ総数で競うけど、うちには元から人気ランキングがあるからね。そこをワンダーの皆さんに評価してもらいつつ、映像的な演出などもふまえて最終的な順位を決定する、最優秀ペアには賞金百万円と今回の宿泊先のスィートの招待状が付加される」
「う、うん……スィートって」
「そうだよ、ペアで宿泊してもらう」
「それって、誰得なんだ……ろ?」
「行けばわかるよ。欲しくなる、あそこならね」
と、意味深な説明で去ろうとする仁科くん。
「ねぇ、PRの……」
「そうだよ、同じだよ」
「あ、うん」
「あっくんのあれね、今あっくんが想像した通りにして」
「ああ、うん」
そう言ってハーデスは威風堂々と去っていくのであった、おしまい。
「同じだよ」と「あれ」は、夏フェスのことね。
あれでいいんだよって、随分簡単に言ってくれるな仁科くん。
俺がどんなにプライドをかなぐり捨て続けたか知っているの?
俺はカメリエーレだよ。美容室へ行って肌を整えて、ネイルも手入れしてもらって、レディたちに楽しんでいただけるような時間をお届けするために学んだ、よ。
でもね、アイドルとは違うんだよ。
あんな過剰なサービス必要だった?
いくら俺が発案者だと言ったって、訊かれたから答えただけで、俺がやりたかったわけではないのに。
そう、夏フェスは俺にとっては苦痛の連続だった。
だがリョウタへのプレゼントを買いたかったから、俺はすすんでシフトを組んでもらった。仁科くんやリョウタに混じってあんなスケスケなテロテロなブラウス着せられて、客に写メをがんがん撮られまくって、オーダーもらう度に頬キッスさせられて、もう俺は俺は……あのまま闇堕ちしてもよかったよ?
黒あっくんになって、暴れ倒してもよかったんだぞ?
またあんな地獄を味わうのか。
あ、いや?
今回のはバディ対戦だ。俺は、ココナをペルセポネとしてPRするだけでいいんだな。ディオ……なんたらかぁ、これはあとで確認しなきゃだけど、キャッチとココナの衣装とキャラ設定を急ぐべきだな。
へ、ペルセポネ?
ハーデスの嫁なんじゃが……大丈夫?
ハ、なに言ってるの俺。
俺が勝手に仁科くんのことをハーデスって名付けているだけだし、仁科くんがココナをどうこうするわけがないじゃんか、なんの心配だよ。
ん、心配?
……そう、なんかね、今回のこのイベにはおかしな点が多い。だから俺の悪い予感フラグが靡いているんだよ。あの悪い予感ほどよく当てる、俺のクソ能力ね。
カフェ「ダバンティ」は『レディのためのカフェである』ことが基本のはずだ。確かにミユの入店で男性客も増えたけれど、あの島田さんやココナまで投入してなにをしようっての。
ワイン、か。
さては三村さん、また酔ってどっかのワイン会社の社長さんと意気投合、調子こいて任せなさい宣言しちゃったのかな。
ま、いずれにしても決まっちゃったもんは仕方ない、準備は早い方がいいな、ココナを探しているところだった、ちょうどいいじゃん。いい会話のきっかけもできたし、今夜はゆっくり話してみるか……と、きょろきょろするがやはり見当たらない。
ココナって気配消してそうだな、俺は自分がよくやることを当たり前にココナもやっているように感じている。おかしいね、そんな風に思うのは。俺はココナのことをなにも知らないのに。
俺は誰にも見つからないであろう潜んでいた奥の柱から身を出して、事務所へ向いだした。
『そういえばリョウタの姿も見当たらないな、プレゼント、どのタイミングで渡そうかな』
夏フェスの記憶からあの『真っ赤なダンスシューズ』を思い出した俺は、いったん事務所においたプレゼントを確認しに行こうと思い立って歩き出した。
ざわついている店内、誰もが陽気に談話している。
圧倒的にワンダーのスタッフさんの人数が多いのに、うちのメンバーはキラキラそれぞれがそれぞれの個性で煌めいていて、すぐに目にとまる、いい眺めだ。
『あ、リョウタだ』
リョウタは相も変わらず、ポセイドン・タクミと戦ってるみたいで笑えた。大きな身振り手振りのリョウタに応えるタクミさんも、ゼスチャーが激しい。あの二人は実はすごく気が合うんだろうな、そう感じさせる。魅力の違う似た者同士、戦うフリして絶対にそうしない互いの能力をリスペクトしあっている雄同士、って感じだ。
羨ましいな。
俺も雄なのにな、番犬失格な俺が神になるのはとうてい無理なんだろうな……と思いながら、二神の姿から視線を離せないまま事務所のドアに手をかける。俺だけの本音、ちょっとした嫉妬心のせいか、慣れているはずの事務所のドアがいつになく重く感じた。
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