scene7ゼウスの愛犬になりたいよ

「カッヲル――ン」

バカ声リョウタはとりま動き出す、仁科くんを探して飛び去った。

それは正しいと言えるな、年末シフトはオールキャストっていうお達しだったからね、そうじゃないのだとしたらすぐに改めていただかないと。

リョウタは来春のオーディションの都合もあるから、今更のシフト変更は大ごとだろう。だが、俺より前にポセイドン・タクミとも面識があったと見えるし、さっきだって仁科くんと話していたはずなのに、どうしてこんな肝心なことは聞かされていなかったのだろう。

「じゃ、また後でね」

軽く俺へ声をかけつつ、海神は誰かに呼ばれて人波に身を隠した。

ここでまたひとつ小さく溜息をつく。

はぁ。

本当に今年の聖夜は魔の夜だな。

今日も今日とて、いきなり撮影だとかオールキャストだとか、三村さんの明日は明日の風的な生き方に合わせていたら、俺みたいな弱小生物は早々に死に絶えちゃうよ。

ああ、でもうちのTOPは冥府の神だった、仁科くんなら例え地獄の門前でも、ここんちの者なら誰一人救いそびれることはないだろうな。

それにしても。

ハーデス・カヲルことあの仁科くんが店のことで伝達ミスを犯すだろうか、それにいくらオーナーの三村さんだとて、こんな大事なことを独断で変更することは不可能なのでは?

は……て、もしやこれは波乱の兆し?

ミスなのかなんなのかわからないけれど、よりによって外部の者が発表前に知っているということも大問題だよな。

三村さん的発想なら、どのみちオールキャストなのだからそのまま温泉へ向かうという段取りなら問題はない、と思うかも。着替えやらなにやら準備が必要だろうが……三村さんの気前の良さならその場で調達するだろうし。だったら、強行突破で現地始動という算段か?

と、いつもの調子でぐるぐる考えてしまう俺。

この癖はだめだな、頭の中でしか行動しないからロクなことがないんだよ俺は。リョウタみたいにちゃんと調べるべきなのに。俺のは考察にはあたらないよねと、ここでいつのまにか目の前にいる谷くんが持ってきてくれたシャンパンを一気に飲み干した。すると、

「あっくん、ちょっと相談があるんだけど」

谷くんがいつになくよそよそしい。

この子、俺の後輩くんで谷神哉タニシンヤ、10番目のメンバーだ。

ミユ、津田望結ツダミユが一番新しいメンバーで、これでも俺はこの二人の先輩なんだよ。とは言っても先輩風ふかせない距離感、たった一歳違いだしね。で、ちょっと緊張気味の谷くんへ、

「タニモンらしくないね、どうしたの」

そう、それでも先輩は先輩だ、俺は先輩らしく訊いてみた。

「リョウタくんってミユと付き合ってるんですか?」

と谷くん。

リョウタとミユか、まぁそう思うわな、とこの質問には大して驚きもしなかったが、それよりいつの間に谷くんはミユのことを呼び捨てるようになったの、と思う俺。そしてちょっと身構えた、今並んで出たら絶対に危険な名前でしょ、この二人。更に、三村さんとか響子さんとか加わったら、もうロイヤルフラッシュだ、なんて思っていたら、

「もし付き合ってないんなら俺告白チャレンジしたいです」

と谷くん。

お?

これは初耳だ、知らないかったぞ!

谷くん、ミユのこと好きだったの?

ミユ、マスターのお気に入りだぞ?

そっちの方が相当にヤバイんだぞ?

という俺の心配をよそに、

「マスターとはガチっぽいんですけど、マスターはもう知らんぷりだし、終わってるみたいなんですよ」

とご推考の谷くん。

ま、まぁな、そうだよな、あの響子さんに知れている以上この先は断たれたよな。

そういや谷くんもすっげぇ呑まされていたな、あの日。この子まだ二カ月なのに、ミユの件には可哀そうなくらいに巻き込まれていることになるよね。

にしても、ミユの方はどうなんだ?

「ミユが言うには、結婚願望強くて、来年には絶対に結婚したいって」

と谷くん。

ああ、なるほど、だから三村さんとは完璧にナイ、残る可能性はリョウタ、ということか、とここで俺はふと思い出したイヴの前夜を。

『アツミ君、リョウタ君と一緒に住んでるんだね、アツミ君も最低だねっ!』

そうだあの時、純真無垢なはずの俺は、ハーデス・カヲル様から純朴だと認めていただいたこの俺は、あんなエロホルモン爆充女に最低だと罵られたんだっけ。

ミユからすればリョウタのことなんて、もう俺もろとも忘れてしまいたいだろう、コトに及ぼうかという最中に別の名前で呼ばれるって、その名前がバイトのパイセンで雄だったって、そりゃもう殺したって足りない、おつりがチャリンだよ。

だからって待って、ハ……結婚したいだと?

それを谷くんに話すってどういう状況なの?

「ほら、あそこで。だいぶ酔ってるみたいだけど、そういう時って本音が出るもんでしょ?」

だって。

あん?

酔って……る?

ああ、ダメだ、奴を酔わせるんじゃない、またエライことになるから!

そう、そもそも酒呑んで暴れたミユをリョウタが介抱したことがきっかけだ、あの二人の距離が縮まったのは。

リョウタって、なぜか弱いんだよな酔っ払いに。客に対してもだ。酔っぱげればリョウタを堕とせる、これ、俺は八割以上の勝率だと確信している。

「ああ、タニモン、もしミユをカノにしたいなら酔わせないこと、だってリョウタがもう心配そうにしてるだろ? あれ、ヤバそうだけど?」

と俺が指差しすると、

「あああ――!」

やだ、かわええ、恋する野郎はどいつもこいつもかわええよな、無心に走っていったよ谷くんってば。

はぁ、やっぱクリスマスっていろいろあんだな、みんなソワソワしちゃって、ワイワイしちゃって、おもしれぇな。なんて思いながら、谷くんが酔ってる風のミユになにやら騒がしくまとわりつく姿を見て笑う。

あんなに堂々とリョウタからミユのことを引き離すのだから、これはもう公開告白だってね。

と、俺だってそうだ、ハッキリしたこと、リョウタへの気持ちをこれからどうするかって、そろそろちゃんと自覚しなきゃだな……と思う。

いや自覚はできてる……か。

好きだ、リョウタのことが。

これは好きだ、という気持ちに間違いなかった。リョウタをどうにかシたいとか、そこにはまだ達していないけど……ああ、いや嘘はダメだ。そういうことも含めて、願望としてあることも含めて認めるべきだな。

俺はずっとこういう気持ちになることが怖かった。だから雄の本能なだけだ、と精神的な願望と肉体的な欲望への導線を絶ってきた。

好きだから、キスしたいしハグしたい。

そうされたい。

そんなこと、俺には一生不要な思いなんだ……と戒めてきた。

だが今は。

「ふぅ――ん、なによアツ」

と目の前に恋しい男の唇が!

「って――なにってなんだよ、リョウタこそ!」

想像と現実シンクロに慌てる俺。

「タニモが呼んでるって、すんげぇ大事なことだって言うから」

と早口、無茶苦茶よく動くリョウタの唇に見とれつつ、

「あ? あ、あああ、あははあれかぁ――ハハハ」

と動揺して誤魔化そうとする俺。

つかね、谷くんダメでしょ、俺のことをおとりにするなんて。とんだ裏切り行為だよ……だなんて俺も言えないか。だって、俺もリョウタをミユから引き離したかったんだから。

「いや、ほら、年末のことだよ。カヲルくんと話せたの?」

「ああ! それそれ! タクミの言うとおりだったんだ。で、もうすぐ発表だからまだ他所にはばらすなって」

「わざわざ口止めして発表? それよか、お前どうしてタクミさんのことを呼び捨てなの」

「タクミって俺の下だし、アツより……ん、同じ? あれ? 三つ下だっけ?」

「ええええええ」

不意打ちだ、すんごい打撃を喰らった。

俺と同じ?

嘘だろ、あの人あの時未成年だったの?

「生意気だよな」

リョウタが偉そうに言う、

「バカ、あの人すっごい人なんだよ。世界で美しい顔10位なんだよ?」

という俺の説明に、

「おお! どうりで綺麗な顔だと思った」

いや、リョウタ、お前はどんだけ日本人なんだ。

そんなランキング基準でまんまと誘導されやがって。あんな生き物、見た目でわかるだろ、どう見ても普通じゃないじゃん。けど、ランキングで評価させようとしたのは俺の方か。

「だから自信あんだなタクミ。アツのこと口説いてんだもんな。だからもう呼び捨てていいの。俺のことダシにしやがって……ふん」

「はぁ? なに言ってんだよ。お前の方だ、口説かれたのは」

そう明らかに口説かれたのはリョウタだ、はっきりとそう言ってやった。

リョウタってほんと、利口とバカが珍しい割合で潜在している野郎だ。さっきのさっきのついさっき、タクミさんに片想いだって言われたのをもう忘れたの?

俺なんて、ソソると言われた直後に鼻にもかからない存在になったんだ、ほんと、傷ついたわ……って、いや、あ、いやいや、ダメ、やだこの感情。傷ついた……って、これじゃまるで俺がタクミさんに気があるみたいじゃないか。俺は知らんぞ、俺は知らない、なんもなかった、そう、ポセイドン・タクミはゼウス・リョウタに片想いだと言ったんだ、そう、俺は無関係だね。だって、

「俺はせいぜい番犬か、しがない巻き貝だからなぁ」

とポロリした俺。

「番犬? は、愛犬の間違いだろ! 可愛いぞ――アツぅ!」

そう言って俺の頭をわしゃわしゃっとするリョウタ。

あう、俺はやっぱ犬なの?

だったら、絶対にゼウスの愛犬がいいな。

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