scene6ポセイドンとゼウスの攻防

『なに、さっきの』

確かに痛かった、少しだけど、一瞬だけど俺の肩から離れる瞬間に指が食い込んだ……はず。いくらただの巻き貝でも、それくらいは感じ取ることができる。

リョウタは、

「さあね、なんでぇ」

と、いつものリョウタらしくない愛想のない声で曖昧な返事をしている、そして間を置かずタクミさんへ、

「あ――あ、タクミさんアツになにしたのぉ」

と言う。

そして今度は、

「ふん、お前ヤられちゃった?」

と言った。

俺はハッとしてリョウタの顔を見た。

ふてくされているリョウタ、今の今まで、俺はまたタクミさんのことだけを見ていたことに気づいた。

ここに来るまではリョウタの「へ」の口と俺の左肩を見ていた視線を気にしていた、それは確か。だけど、さっきの肩に入ったタクミさんの指の圧が気になってしまったから……だからまたタクミさんのことを見てしまっていたんだ。そんな俺の態度をリョウタは責めているみたい。

ああ、なんてこと。

竜宮城で迷子の俺。

なんか軽く海神に惑わされている感じがする。

……てか、竜宮城?

……またぁ、タクミさんの苗字なんだっけ問題を掘り起こすの?

なんたら『ジ』は合ってるはずなんだけどなぁ、とこれデジャブ。

未だに思い出せないし、それどころか、いろいろありすぎてもうどうでもいいし苗字なんて、と思い始める俺。それにすでにタクミさんって呼んじゃっているし、海神だと呼んじゃっているし、ポセイドンというポジションも決まっちゃってんだからね、もういいわ、ここから離脱しよう! と思う俺の耳に、

「まさか、あっくんにはなにもシないよ。片想い中だしね、リョウタに」

だって。

ハ。

あれれ……ポセイドンさまぁ?

さきほど私めにソソられると仰せだったのでは?

ぽかん、としちゃった俺。

『え? なで? なに今のこのぽかん、なによこれ』

俺のぽかんは、なぜか寂しさいっぱい。すると、この感じたばかりの寂しさを吹っ飛ばすセリフの連続砲撃、

「あ――だめだめ、俺とアツは『イイことシあう仲』だから」

という前代未聞のね。

このアホうったれめ!

なにぬかしとんねん!

ましてや初対面のタクミさんに!

「ばか、リョウタ酔ってんの?」

柄にもなく大声を張り上げる俺。

なんかね、考えなきゃならんことがさっきからいっぱい生まれた気がする。そう、さっきから胸騒ぎ的ななんかをね、妙な感じが体中で湧いてきているからね、ちょっと落ち着いて考えさせてくれないかな。

俺はもうはっきり言ってパニックを起こしていると言える、そう自覚している……と、白旗上げようとしている俺のことをなぜか、更に巻き込もうとする破壊神さながらのゼウス・リョウタ、

「あれ――なんでアツ否定すんだよ! お前もしかしてほんとにタクミにヤられちゃった?」

だって。

んで俺、

「ばっかっぁぁ」

だって。

さてさて……俺はきっと全身真っ赤だ、これって図星の真っ赤だ。

はい、告白します!

そうなの、リョウタのことをタイプだって言ったタクミさんにがっかりしちゃったんだよ俺は。そしてちょっと寂しくなっちゃったんだよ俺は。そんな今の俺は、『だって俺のこと、俺のこと……ソソるって言ったはずだよ』って、タクミさんに未練タラタラなんだよ。

タクミさんのことを好きだからがっかりした、ではないよ!

それはない、断じてないと誓う!

だけどなんだろ、この感覚。未練タラタラって表現が恐ろしいくらいに合致しているのがわかる、この感情の呼び名はなんと言うの?

ううやだ、気持ち悪い……よ、俺は自分の気持ちがナヨるのがいやだ、俺から雄の元素を吐かせないでくれ現実よ、と酔いゲロ姿勢でうつむいていると、

「隠さなくてもいんだよアツ、タクミはアツと同じだから」

俺と同じだとリョウタが耳元で囁く。

リョウタが知っている俺と、今日出逢ったばかりのタクミさんが同じだって、そう言っている。そして、今更言うけどタクミさんのことをもう呼び捨てにしている。タクミさんもそうだし、なんだよあんたら神々はやっぱ同類なんだね、そら同族だもんな、すぐに仲良しさんでもおかしくないよな、なんてぼやく俺。

それに、バカだよリョウタ、お前、ほんとバカ。同じってなんだよ……リョウタの言ったことをバカにした俺は、次のポセイドンの御声で石になります。

「俺は同種喰っちゃう系だよ、あっくん」

同種、喰う、喰らう? 共食いってこと?

ああ……ああ、ダメよもう、誰か助けて、誰か巻き貝を救って!

ココ、ココココ、ココココココよ!

あ――ん、生きて、俺!

ああ……転生したい、どっかの異世界でゼロから始めたい。


ねぇ、俺気づいちゃったよ。

ポセイドン・タクミの妙なクセ。この人、なんでさっきから『俺』って言ってんだろうね。俺にはさっき『僕』って言っていたのに。しかも名刺をくれたときは『私』だったんだよ。

ヤダなによ、この人もやっぱりヤバそうな人なの?

仁科くんちの家系ってやっぱ謎のヤバイ血脈なの?

ハーデスやらポセイドンやら、今また破壊神になったゼウス・リョウタやらの神々の気まぐれに違いない所業で、俺はふらふらだ。


 あの憧れの舞台『 ΠΟΣΕΙΔΩΝ~ポセイドン~』の主役、えげつないくらい恰好よかったポセイドン・タクミだけは、まともな神でいてほしかったのに。さっきまでは不覚にもこのポセイドンにひれ伏していた、『無限の過去』だなんて素敵な言葉、暗号めいた言葉をくださった神だったのにさ。

もうただの暴れん坊だよ、ざっぷんざっぷん大災害だよ、ちっぽけな俺の聖地はもうくたみそだよ。

やっぱこんな雄は地上に野放してはダメ!

直ちに、緊急事態宣言発令してください!

だがまだ嵐は止まないようだ、海神が言う、

「リョウタ、はどっちなの」

って。

妙なところで区切るから、質問が優しくなった。そして、曖昧だ。

だが、

『これは罠、だ』

ノンケかどうかとは訊かない、この人、さすが仁科くんちの謎のヤバイ血脈のお方だ。リョウタの性癖を確かめようとしている。自分で言わせようだなんて、ちょっと気に喰わないな、と軽くイラっとする俺。

同種なら匂う、だから訊かない、俺には訊かなかった、もう知っていた風にね。だけどリョウタのことはわかんないから、けどなにかを感じているから、だから言わせようとしている、まだノンケの内に。そんなことをしたら自己暗示確定すんだろーが、くそ、この人ほんとなに者なの、と目の前の海神に警戒心だらけ、の俺。


そう、俺も感じているよ、リョウタは今薄い氷の壁の向こうにいる住人だ、と。

最近は特に変だったもんな、リョウタ。だからタクミさんになにかを匂わせちまったんだろうと思う。

俺に自分ことを好きかって訊いてきたり、俺の気持ちを考えなきゃならんとか言いだしたり、出逢った頃から変わってしまったリョウタ。

それにさ、あのセリフ、

『女、めんどくせ――な』

ってやつ。

あれっぽっちで同種だと疑うつもりはないけど、すんげぇ重く感じたんだ。

香坂愛との関係だって、リョウタは結局引き下がってしまった……まぁ東は先輩だし、同じチームだしガキじゃなかったらそうすることが良策だとわかるだろう。だけど、あんなに危ない目をしてまで好きだったんなら、チームを去ることだってできたはずだ。リョウタならそれくらいの度胸はあったはず。だからこそ、ずっと香坂愛の我儘に付き合っていたんじゃないのか?

覚悟はできていたんじゃなかったのか。

ああ、けど、こいつが野郎を裏切るわけないか。例え東があの女を捨てたとしても、リョウタがあの女を抱くことはない……か。

などと考えつつ、俺はリョウタの顔をまじまじしながら、なにも答えるんじゃないぞと、巻き貝なりの精一杯の念を送っていると、

「アツならええかなって思うけど?」


だって、ち――ん。


やられた、全同族が感動したなこれ。

最高の殺し文句だ、さすがだゼウス。いっちゃんメジャーな神様はやっぱつえ――わ、ゼウスは素晴らしい、さすゼウス、ゼウス最高!

俺だったらいい、だなんて……俺だったら、って、今の俺にはなにものにも代えがたい尊い言葉だ、んもぉ……泣かせんなよリョウタぁ。

そう、俺もリョウタが好きだ。

もうはっきり言える、好きだ。

いつもはおバカなリョウタが、あの謎のヤバイ血脈の誘導を見事弾き返し、正しく清らかでラブリーな告白をした、記念すべき日だ、祝うぞ!

俺は祝う、全身全霊で!

だが天の神と海の神の戦いは、未だ継続中。

「あっくんなら? はは、それは無理だよ。リョウタって思ったより簡単そうだね」

「あ――っ? 無理ってあんだ? 簡単ってあんだよ!」

珍しくリョウタが目をむいた、ムキになっているよ全知全能の神が。

……かわえええ、なにその強がった顔、やだなぁもう、抱きしめたい!

だが甘い時間は続かない、瞬時に俺の全”きゅん”を薙ぎ払い、ここで海神が新たな嵐を巻き起こす。

「そうだな、じゃこうしようよ。ニューイヤーのカウントダウンをあっくんと過ごすか俺と過ごすかで、リョウタのパートナーを決めない?」

と。

そして、こともあろうかこの海の神は、俺の顔を見ながら宣戦布告をなさったのだ。


ハ、ポセイドン神よ、あなたが今見るべき相手はゼウス様ですぞ?


俺はただの巻き貝だと言ったではありませんか、おやめください、もう俺のことを巻き込むのは……巻き貝だけに……くくっ。

いや、あのまじでね、わけわかんないことに巻き込むのはおよしになって欲しいのよ。

なぜか海神に睨まれ、巻き貝は引っ込んだ。が、

「わりぃけど、カウントダウン店なんだわ」

とゼウスの反撃。

ここにきてぴっき――んと萎えかけた巻き貝は伸びた、そうだそうだ、カウントダウンはオールキャストだった。さすがのポセイドンもこの反撃をかわすことはかなうまい、と思ったら、

「ああ、まだ聞いてないんだね。年越しは、温泉撮影だよ」

だって。

「ハァ――ッ?」

「エ――ッ?」

リョウタと俺はポセイドン・タクミから視線を外し、間抜け面でお見合い中。

おいおい、なんてこった三村さん、俺らなんも聞いていないよ……て。

……はて?

三村さんはともかく、ハーデス・カヲルともあろうお方がこの事実を発表しないとは、どういうことだ。どうやら波乱はまだまだ続くみたいだ……と、俺は干乾びる寸前の巻き貝みたいになっている。

ああ、愛犬に戻りたい。

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