scene4神は七日目に休んだ
意気込んだものの、
「ふぅ」
溜息がぽろりする、俺。
こんな溜息がよくないのは知っているよ、そう、幸福が逃げるパターンってやつね。そんな風に言い出した人の勝手な思い込みに付き合いたくはないけど、あえて言う、この溜息は本当に疲れ切った体が吐いたものだ、と。
いやぁ、ほんとちかれた。
今年のホワイトイブは、向こう五年間の俺のスケジュールを全て圧縮しても追いつかないほどのイベントにまみれた一日だった。そして、意外なことが発覚した、それは仁科くんとの接点だ。
実は、今日ほど彼と会話を交わしたことはなかった、と知った。
俺は仁科くんのことをよく見ていた気がするけれど、知っていたのは仁科くんの名前とここでのポジションくらいで、明らかに友達以下の関係、いや、知人程度な、これ。すっごく頼りがいのある存在だと感じていたのは、俺の知識でも体感でもなく、彼のオーラ的なもののせいかもしれないってこと。
あんな顔して芸能プロダクションの隠れボス、そんでもってあの世界の美しい顔10位のいとこがいる人、この二人の存在だけで、この人らの血脈がヤバそうなのが想像できるわ。そして、極めつけが観察眼のいきすぎた、かなりSよりな人だってこともね。
他にもあるよ。
俺に対する操縦能力が親よりすごい、ここだけはあり余るくらいの体感エネルギーあったからよくわかる。リョウタに対しても……だね、だったらこの際リョウタも番犬に格下げしようかな。
並んでいると仁科くんはリョウタなんかより雄感低いのに、口開くとあのリョウタが酔った時より可愛くなってしまうって、これってなにかの調教ですか?
これっぽっちも迷いなくピシャリと大の大人を叱っていいのは、親か神様だ。
そう、ハーデス・カヲルなのだから、リョウタのすんなり叱られる姿も至極自然だということか。三村さんだって、ほれ……今、うちの真のボスのはずなのにまたお説教されている。今度はなにやらかしたんだ三村さんったら。リョウタがうろついて茶化しているくらいだから、きっと女ごとだろうな。どうかミユのことでありませんように。
さぁ。
実は只今、ワンダーの皆様とめっさイケてるンバーたちの打ち上げ大会へフェーズ移行。俺はついさっきシャワーと着替えが終わって、スッキリしたところだ。
『店中いい匂いしてんなぁ』
そう、うちの店はシャワー完備、これも三村さんのこだわりなんだ。
昼休憩で使ってもいいし、男女別室だし、メイクルームまであるからちょっとしたビジネスホテルよりも豪華。俺んちの洗面所の鏡が割れているの、早く直さなきゃ、ここんちのメンバーとして恥ずかしいなってさっき反省した。
こんな風に素敵な設備が身近にあると、背伸びしようって気にさせてくれて、背伸びだって思われないようにきちんとマナーも覚えようって気になって、成長させてもらっていると感じる。
それもこれも素敵なオジー三村さんのお蔭なんだよね。俺が出逢った中で最高の大人、カフェのマスターだと思っているよ、心底ではしっかり尊敬しているんだよこの人のことを。
で、マスターって名付けたのは実は俺だしね。
それまでボスだったんだって。仁科くんだけは未だにボスって呼んでいるけどね。三村さんはオーナーなのだから、正しくはそう呼ぶべきかもしれないけれど、この人よく店に出てくるからね、俺がマスターって呼んじゃってから本人が気に入ったみたい。
『はぁ、それにしても癒されるなぁ』
ほんと、この場所でこうしてちょっとほっとする時間があると、縁側の猫並みに俺は癒される。このカフェ「ダバンティ」が大好きだから。
半年過ぎた俺にも後輩ができて、リョウタとシルバーペアが組めるようにもなった。ここで得たのはカメリエーレのテクだけじゃない、可愛い子羊ちゃんを邪な目で眺めていただけでもない、俺の平和な想い出がここから広がっているんだ。もしここで働かなかったらってことを想像できないくらい、俺はここが大好きなんだ。
履歴書出して面接。
ネットで履歴書出して、一次受かったら面談するという流れは、まるでエンタメのオーディションみたい。三村さんはビジュアル重視だから、随分いい流れだと思う。審査員は仁科くん、と三村さん。あくまでも仁科くん優位だ、だけど、これも大当たりなんだ。だって仁科くんが選んで退店した奴はいないから。
けどミユはどうだろ、初の退店者の可能性はあるな。三村さんが響子さんと離れることはないだろうから、ミユが出ていくしかないようにも思えるけど。なんとか円満に解決してほしいよ、イヴで修羅場は超えたと思いたいな。
そういやさ、ここんちの面接ってすんげぇ独特なの。
たった一つの質問に答えるだけ。
『知らない言語の国で一番大切な人が倒れた、あなたはどうする』
これだけ。
俺はこの面接で最高点だったらしい、仁科くんによるとね。
理由は知らない、ただ受かった、そうだったんだって手放しで喜んじゃって、時給の計算して税金のことを相談して、そんで八日後に出勤。そういえば、なぜ八日目が出勤日なのかについて仁科くんはこう言った、
「神は七日目は休んだんだ。だから八日後」
にって。
意味はよくわからなかったけれど、すぐに研修というわけにはいかない、と言われカフェ「ダバンティ」に似合うカメリエーレについて六日間はよく考えて行動すようにと伝えられた。そして、必ず七日目にはゆったりと休むようにって。
考えるっていったって……訊いた方が早そうなことばかりだと思いつつ、結局俺は何度か客として来店することにした。
客席からノゾキミした仁科くんのスマートな接し方には感激したっけ。あんなに客に絶対的な安心感をあげられるのに、それはあくまでも『カメリエーレとして』なんだよね。近づきすぎない……というのかな。よく比較しちゃうリョウタとはまるで正反対だった。
触れない、絶対にレディに触れないスタンス、レディ……って客のことね。客に触れないのは当然だと思うかもしれないけどね、マスターは基本イタリアンな人、デレデレに『レディをエスコートするべきだ』という人だから、ナフキンをかけてあげるとか椅子を引いてあげるとか、客が多い店内でのご案内は軽く背に手を添えたりするように指導すんだよ。
だが、このハーデス・カヲルは冥府の神よろしく軽々しく触れはしないんだ。そういうところが仁科くんのハーデス感なのかな。
ハーデスって弟たちと違って浮気性じゃないんだよね。ゼウスってリョウタと同じタラシ屋でスケコマシの天才、凄いのよ女性問題が。だいたいね、ギリシャ神話って恋沙汰がほとんどでしょ。それって全部神様の恩恵だとかになっているけど都合よすぎだし、恩恵のばらまき方が美人特定しているのって、もうワケわからんわ。
だがハーデスは違う、かなり一途らしいのよ、これ仁科くんが客へ話していたから確かな情報。あのときは別席だったのに俺も聴き入っちゃってたな。
ほら、この声質じゃん?
このビジュでこの声音でギリシャ神話を語る、客もうっとり俺もうっとり、物語はしっくりと入ってくるし、『ノイズキャンセリング効果まであんのかこの声は!』って思うほど、仁科くんの声しか入ってこなかった。ハーデス様の真の領地、地底にいるのかと感じるほどにね。
それから、不思議なのはハーデスもゼウスもポセイドンもごっつごつしたイメージあるよね。でも仁科くんのビジュからはごっつごつハーデス臭ゼロ、もっこりむっくりしているところなんかどこにもないスタイルだけど、なんだろうな、今あらためて想像してみても、やはり仁科くんこそハーデスがぴったりだと思えるんよ。
ほら、このオーラ。
リョウタのように雄感はないけど、しなやかさの中に風格があるというか……ん、仁科くんってなんか褒めるのムズイわ。ハッキリしないけど、なにか得体の知れないエネルギーを感じるというか……そうだ、そうに違いない、説明できないこの不気味さ……もとい謎めいた雰囲気がハーデスにぴったりなのかもだ。
ここ一番な大正解を引き当てたようにうんうん、うなづいている俺。すると、
「あ――っくん」
っていい声。
ハ、誰だぁ?
聞き覚えはあるけれど、呼び方に覚えがない。俺はゆっくりと、声のする方へ振り向いた。
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