scene2ゼウス・リョウタ

 ご褒美をもらった俺、仁科くんの後ろをついていくと、

「あっくん、僕とちょっと話そう」

すっくり振り向きざまに優しく命令する俺の飼い主様、ハァハァハァ。

次の一歩をつま先で抑えて、

「う、うん」

そう、俺は愛犬ケルベロス。

従うしかないよ、ワンワン。

そしてハーデス・カヲルはしっとりと瞬きをしてこう言う、

「聞いたよ、リョウタとの関係」

と。

お、おん……あれ?

今、俺のことを見下げた?

身長の差はそれほどでもないはずだけど?

仁科くんのセリフより、この視線の方が気になっちゃって、飼い主様に刮目中の愛犬ケロべロス・俺。

で……へ?

関係って?

パチパチ瞬きをする爆誕したての愛犬ケロべロス・俺は、飼い主様の言語を理解するところから始めます。

「否定はしないのかな」

質問されているようで、そうではない口調。

今まだ脳内の整理中、ちょっと待っててね。

と俺は大急ぎで回想中、これはマスターから仁科くんへなにか伝達があったってことだよな、そしてそれは『イイことシあう仲』のことについてだろうな、やっと『リョウタとの関係』という意味までたどりついた俺。

だがここで俺は即座に思った、『否定するもなにもいったいどんな関係だと言うの』と。そして、そう訊かなきゃいけないなって思った、だって詳細を確認しないで答えるなんてあまりにも危険だからね。

あ、でも、それを訊いたりしたら、そのあとはもっともっと掘り下げて説明しなきゃいけないことに発展しそうだな、そんなの嫌だな、どうしよう、とも思う。

『イイことシあう仲』ってのも説明できるほどの内容はないし、このことに触れること自体、俺のカミングアウトにしかならないのでは?

飼い主様の言葉に即反応できない俺は、番犬失格からの愛犬からも降格してしまいそうだ。

「そうか。で、君はリョウタに決めてしまったの?」

とまぁ、流暢な口調で一方的な質問を継続させる地底の神様。

いや、ハーデス様、仁科くん?

決めるもなにも、まだなにも始まってはいないんだよ。それにね、とにかく考えることがいっぱいありすぎて、ちょっと待ってよ……ね、とにかくちょっと待ってほしい、と強くそう願って返答できないでいる俺、そこで、

「OKです!」

背後から声がする。

「んふ、いいねあっくんは」

そして今、ハーデス様が微笑んでおられる。

なんと麗しいお姿、背景に天使たちが飛翔。


はぁ?


いいねってなんだろう&OKですってなんだろう、と背後を確認する俺。

するとでっかいカメラを構えている人やらでっかいマイクを吊り下げた人やら、ちっこいカメラを手持ちする人やらで、すんげぇ場違いそうな人たちがたむろっている。

ここはカフェですぞ?

あんたら撮影隊では?

そんで、その中で、やけにニヤけたあのなんたらタクミさんがいる。

俺って名前覚えるの苦手なんだよ、なんて言ったっけこの人の苗字。なんたら『ジ』だったはず、海に関係して『ジ』と言う文字がある……りゅうぐうじ……?

竜宮城?

バカな、そんな苗字があるかよ。けどタクミって海って字があったし、うん確かにあったよ、それは間違いない。さっき開拓する海だって覚えたはずなんだ俺。そう、海なのこの人のイメージが。

あああ――もう!

海という字となんたら『ジ』ときたら、竜宮城って単語しか思い浮かばんようになっちまったよ。と、さっきもらった名刺を探し始めた俺の目の前での会話をどうぞ。

「カヲル、さすがだな。いいのいただいた」

「タクミ、次は笑ってもらうから期待して」

なんか組織ぐるみのミッション遂行中の会話っぽくね?

これって……きっとさっきの仁科くんと俺の会話を撮っていたってことじゃないの、もしかして。はい、確認しましょ、

「ね、カヲルくん」

俺はここ一番でちゃんと質問しようと試みた。

「ン?」

いつもの仁科くんの返事、声は聞こえないけど絶対に『ン』と言ってるはずの唇に、やはり毎度のごとく見とれてしまう俺、

「ね、これ今なにやってんの?」

と訊く。

すると、

「もうわかってるでしょ、そのとおりだよ」

と言う。

質問したはずなのにそのとおりだと言う不思議な答えに絡まれて、俺の思考が迷路にまっさかさま、に堕ちそうだ。

「やだなぁ、わかんないよ、だから訊いてるんだよ」

精一杯の冷静、俺は今度は仁科くんの瞳に喰らいついた。

「嘘はダメ」

そう言われて、ついニガ笑ってしまう俺。

嘘って……なんだよ、俺は嘘なんかつかないよ、母上の言いつけだも……なんで嘘つき呼ばわりなの。あ、ダメ、もうやだこの会話、

「嘘じゃないよ……ほんと、わかんないから」

と、俺はダラダラ言いながらしっかり思い出している、撮影されているのだろうと推測したことを。

でもさ、この推測はあくまでも俺の勝手な予想程度のもので、だからこそ確かめようとしただけなんだよ、みんなそうするだろ、と、頭の中ではしっかりと言えそうなのに、だけどはっきり、

『嘘はダメ』

だなんて言い放たれた俺は叱られた仔犬のような気持ちで、今、情けねえツラしてんだろうなと実感するしかないのだ。

は、作文?

強張っている自分の顔がわかるくらいこの会話の迷路が怖いよ。さすがのハーデス様だわ、まるで地底の迷路でオロオロしちゃってる俺は駄犬ケルベロス、すると、

「んだよ――カヲルン、アツのこといじめんなよぉ」

とリョウタが仁科くんの背後から声をかけてくれた。


シャシャシャ――ン!


『おお! おお! この神々しい光はもしやゼウス様?』

金色の羽がふわっふわ舞っているよ!

この冷たさのかけらもない声、雄雄しく広がる声色、誰のことも傷つけないであろうこの口調、そう、まさしくお前は今あの全知全能の神、ゼウス様に違いない!

リョウタ――!

やっぱ大好き!

思わず喜ぶ俺、リョウタはいつもなにげにちゃんと見ていてくれている、そう感じていた。

俺が後輩だから当然だけど、店内では必ずバディがどこにいるのか把握するのが掟。酒を出す店だ、無駄な動きを省いて次の行動を予測しあうために、こうしたことは研修時代から叩き込まれるんだ、バディの思考と行動を読み解いて見守るというテクニックを。特にリョウタはその能力に長けている、さすが全知全能神。


「はい、OK!」

「どう?」


背後のさっきのOK出しの声、と仁科くんの声。

仁科くんは俺の横を通り過ぎて背後の声の主の方へ、さっきのなんたらタクミさんの元へ進むと互いにタブレットを視聴中。すると、リョウタも呼ばれている。

『は、なでリョウタまで呼ばれるのよ?』

お口あんぐりしている俺はどうせ番犬失格駄犬ケルベロスさ、全く状況が読めていない。

だがしか―し!

さすがのワンコロもこの見ごたえのある景色に見入ってしまうのは致し方ない。


ここは楽園か。

ハーデス・カヲルの右に、ゼウス・リョウタ。そして、ハーデスの左隣には、ポセイドン・タクミ、三神勢揃いなのだから!


と、

『あああああ! 思い出したぁぁぁ!』

どっかで見たことがあると思っていたこのポセイドン・タクミ、人気雑誌ゼノンの専属モデル、最近は引退したのかって思うほどすっかりエンタメ出演しなくなった人だ。

あの稽古が地獄と評判の名監督に見初められたビジュアルと演技力、あのとき話題になった舞台が『 ΠΟΣΕΙΔΩΝ~ポセイドン~』だった!

ああ、社長になったからだったのか、最近見なかったのは。

『うへ――もったいない!』

全然現役じゃん、リョウタがちょっとすっきり見えるくらいだ。脱いだらリョウタより一回りは大きいかも。

それにしても、神々しいまでの三人。

ここは楽園ステージで間違いないわ。

よく見れば店内の客がザワついているの、このせいなのねん。そう、三人の周りは豪華なステージそのもの……と、三村さんもすんごい幸せそうに眺めている、映像への拘りが強いからな、よかったね三村さん。すると、

「あっくん、おいで」

と、ご主人様がトロけそうな優しい瞳で俺のことを呼んでいる。

だが……俺はそこへ行くのがちょっと怖い、と感じているんだ。

だってさっきからのここまでの流れ、仁科くんとの噛み合わない会話で、俺はまだ迷路から完全に脱してはいないんだよ。そうだよ、店へ戻ってからの俺は、ワンコロみたいに弄ばれてるんだもんよ、この飼い主様に。

そんな飼い主様と同じステージにあがったら、俺は今度はどんな風に扱われるのかって、不安で仕方がないんだ。

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