ハーデスとポセイドンとゼウスと俺、愛犬
きゃんでぃろっく
scene1俺は愛犬ケルベロス
バチ――ん。
「アレは裏切りだよ、オリョウ」
はい、カヲルンは激おこ中です。
カヲルンが「オリョウ」と呼ぶときは、それはもう激おこ中なのです。
「裏切りって――やだなぁもう! おおげさなんだからぁ」
リョウタは必死に懐こうとしています。
バカか、リョウタ!
お前、仁科くんを舐めちゃいかんぞ、この甘く端正なハンサムマスクの下は冥府の主ハーデスだぞ、地獄の番犬ケルベロス飼ってんだぞ!
なぜかギリシャ神話にご執心な仁科くん、数多の神々の中でハーデスが一番好きなんだって。と、仁科くんが客に話していたのを知っている俺。だからきっとこの目の前の仁科くんにはハーデスが憑依しているに違いないと思えるんだ、だって最近見た中で一番怖いお顔をしているからね。しかもすっごい威厳ビーム激射中!
この視線は凶器だ、禍々しささえ感じる、だからハーデスのことが気に入っているんだろう……ってハーデスって悪い神様だっけ?
どこをとっても完璧な男、洗練された仕草、綺麗なツヤっツヤっの肌。
そしてこの鼻の高さはなに?
横顔と正面の顔の差よ……見たことないよこんな比率。そっか、鼻って高いと逆に見えずらくなってくるのかな、あ、いや、この鼻筋はどう説明するの。綺麗にくっきり見えてはいるけどな。だが正面から見ると目立たないんだ鼻の高さが、なのに横顔になった途端に高貴さを醸し出すのよ。
そしてこの唇のかたち、なにこれAI設計したんですか?
美しすぎる曲線、こんなに左右対称なうえに下唇と同じ厚さの唇ってみたことないわ。それに口角なんてほら見て?
コンマを真横に描いたように、クイっと上がっている。皴もない、唇に一筋の皴がないってどういうことよ。
仁科くんの容姿は完全に性別を超えている、美男なのか美女なのかわからんくらいに美しいのよ、というとんでもなく美しいこの人がなぜ地底の神のことがお好きなの?
そこにはやんごとなき高尚な理由がおありなのだろうと思わせる、なんだか寒気を誘うけどね。恐ろし気な神を好むなんて、どこかやっぱ闇の力に惹かれていらっしゃる証拠なのではなかろうか、とね。
「で、あっくん」
ピっく――ん、俺の番だ。
ブたれんのやだぁ泣泣泣。
「仲間思いなのはいいけれど、レディを置き去りにするなんてイケナイね」
と言われて思い出した、香坂愛のことをすっかり忘れていたわ。
「カヲルくん、あの人をどうしたの?」
そういえばプルプル震えていたっけ、俺は記憶のゼンマイ巻き戻し中。
「待っていただいたよ。いずれにしても、あのままじゃお帰りいただけないだろう」
ああ、それはそうだな、
「それに、あのアズーって人が迎えに来ると思ったからね」
と、ここではっきりと思い出した、あのどでかい白マントに包まれた漆黒の羽根のシーンを。
仁科くんの予想通り東はここへ来た、だから仁科くんの計らいで『店内で温かいラテをプレゼントしてお帰りいただいた』そうだ。もし東が激高したままなら彼女を家へ戻すことは危険だし、ここであれば対処できる、居心地悪そうに帰ろうとする香坂愛を引き留め、ミユが一緒に待っていたらしい。
へ? ミユ?
ここでにわかに新たなトラブルの予感。
未解決事件の容疑者がいた、そういえばミユの奴、いったい三村さんへなにを吹き込んだのだろう。リョウタとはこれ以上ミユの件には触れないことに決めたけど、ミユはどうやら辞めないみたいだし、俺らもクビではないとしたら、三村さんってば俺らのことをどう解釈したのだろう。つか、三村さんってミユのことで響子さんとはモメなかったのかな?
ハ――ダメだよ、ここには絶対に立ち入ってはならないぞ!
そうだよ、どう考えたって三村さんは不利だ、俺はただのバイトだから遠くから祈るしかないよ三村さんの御無事を。と、なんてハーデス神が去ったことに安堵しながら新たな不安要素に脳内をフル稼働させていたら、
「はい、アツ、ホールね」
リョウタが俺へトレーを渡してきた。
「はぅ」
間抜け声が漏れた俺、リョウタと俺は罰としてこのままホール担らしい。
ああね、仕方がない、ヘマがこの程度の罰で済んで有難いくらいだ。リョウタと組めるなら尚更だし。
目の前では、今夜のキッチン担当のファフィくんとキッチンメンバーが打ち上げをしようだなんて話していて、で、リョウタが誘われている。オールメンバー仲良しこよしなもんで和気あいあいムードだ。今シフトじゃないメンバーたちは……まだ姿を確認できていないメンバーもいるけど本当にオール揃ってるのかな、俺はちょっと気になるメンバーを探そうとした。だが、メンバーの姿を簡単に見つけられないくらい、いつの間にか店内には人が沸いている……これ、いったいどういう状態?
NO1と2の立ち姿は遠めでもすぐわかった。
仁科くんと同じ背丈なのにシルエットの凹凸が犯罪級のぼいんぼいん島田さんと、痩せているという表現が相応しいとは言えない仁科くんのシルエット。仁科くんはまるで少女漫画の王子さま風だけど、二人して理想のボディラインを映したマネキンみたいだ。そして、相変わらず二人が話していると周りから人が消える。どんな緊張感ネットを張っているんだよ。
この二人、綺麗に重ねたらなにかの新しい生き物になるのではないか、という妄想が楽しくなるくらいに対照的だ。もし子孫に恵まれたらとんでもない完全体が誕生しそうだな。リョウタ相手なら……エロマウント合戦間違いないな、そして最強のエロモンスターが誕生するのだろう。
と、なにつまんないことを妄想しているのよ俺ってば。
兎にも角にもだ、俺は早くリョウタへ『真っ赤なダンスシューズ』を渡したいから……打ち上げはパスしたいな、こんな混み具合なら打ち上げなんていつするの、とも思うし。だけどリョウタなら、付き合いがいいからきっと参戦決定だろうな。なら、俺だって断るわけにはいかないかな、などとと引き続きグダグダ考えていたら、
「あっくん、こっちきて」
と、なぜか仁科くんからのご指名が。
店の特別席、蜜月席『
「はじめまして、
と言う。
「あっくん、ダバンティのモデルとして活動してみない? というより、しなさい」
今、仁科くんがリョウタのことをブった時と同じくらい冷たい顔をしているのが怖いよ、しかもその表情でしかと命令しなさっている。
動揺する時間も言われたことを理解する時間もまだ足りない、俺は仁科くんから名刺へ視線を移し、それから名刺をくれた人物の顔を見た。
はて、この社長、どっかで見たような?
「あなたですか! 今夜はご連絡をありがとうございます」
ここで三村さんが登場、相変わらず俺の好きなタイミングで現れてくれるよなぁ。
「いいえ、今夜はご無理を申し上げました、感謝します。それにしてもカヲルの言う通り素晴らしいメンバーを揃えていらっしゃる」
と、なんたらタクミさんがにこやかに美しい顔で言う。
ん?
仁科くんと呼び捨てな仲?
「ええ、ええ! そこだけは譲れないのですよ私は。カヲルン以外は一般の子ですけど、どの子も即戦力なんです映像向きで」
カヲルン以外は一般の?
は……ぁ?
俺らのことだよね?
つか、仁科くんは一般人じゃないのね、何者設定なの?
「特にこの、シンドウアツミくん、まさにワンダーの秘蔵っ子と言う表現にぴったりですよ」
どこかで見たことのある、麗しき瞳が、麗しさと反比例な雄雄感な声で言う。
ほ、ほぅ?
シンドウアツミくんは秘蔵っ子なんだ。
それってさ、俺のことだよな?
「タクミ、あっくんはうちでも秘蔵っ子に違いないんだよ」
お、おぅ、それは俺のことな?
てか、仁科くんも呼び捨てな仲なのねこのいい男と。
「やだなぁ、カヲルンがナンバーワンなんだよぉ!」
三村さんのいつものメンバー愛が炸裂するも、
「ボス、今そういうのは不要です」
三村さんの心からの賛辞をぱしっと無碍にする仁科くん。
「たはは」
可哀そうなマスター三村氏は居心地悪そうにしている。
そして早々にこの場を退散したい下心を隠しながらいい声で言う、
「とにかく、顔合わせはこのへんで。早速撮影を進行させてください」
と。
というわけで、ハーデス・カヲルの号令によってこの席は解散。
ボスであるはずの三村さんは席を離れると、颯爽とリョウタへ駆け寄ってふざけあっている。
さっきの仁科くんに一喝されことをなかったことにしようとしているみたい。可哀そうな三村さん。こういうの割とありがち、プレミアムペアがナンバーワンの仁科くんとリョウタでもなく、マスターとでもないのが今改めてよくわかる、三村さんもリョウタも、仁科くんとはノビノビしてらんないのね。
それにしても、俺は改めて仁科くんの真の権力を知った気がするぞ、このたった三分ばかしで。とにかく一般の人じゃなくて芸能プロダクションのイケメン社長と仲良しで、バイト先のオーナーをビビらせる存在だと知ったよ。
仁科くんマジ神、さすがは冥府の主ハーデス神だ!
そして、俺は、この人には絶対に背を向けないぞ!
「あっくん、ありがとう。ご褒美だよ、ホールあがっていいからね」
この瞬間から俺は愛犬ケルベロス、やったーワン!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます