第8話 名誉挽回作戦

 そこからは早かった。

 俺はすぐに最上階、魔王の間に呼ばれた。


 魔王様は黒い外套の下に、スタイルの良さを隠しきれない薄手の絹のような素材のロングドレスを纏って、すらりと伸びた足を組んで玉座に座っていた。まるで美しい氷細工を見ているような、息をのむほどの端正さ。


「……私が、死んだように装えと? どういうことか説明せよ」


 魔王様は近くで見ると想像以上に若く、アラサーくらいにも見え、同時にもしかするとアラウンド3000歳とかかもしれない雰囲気を纏っていた。まあ、言い方を変えると「とんでもなく怖いオーラ出てる」とも言う。


 俺はめちゃくちゃビビりながら、さっき考えた作戦を魔王様に話した。

 

 魔王様は時々顎の下に手を添えたり、俯いたりしながら俺の話を最後まで聞いてくれた。

 

 え、これボツだったら俺このまま消されるとかないよね……?


 しかし、魔王様はしばらく頷いていたかと思うと、ぽつりと言った。

 

「……なるほどな」


 そして魔王様が顔を上げると、大きな声で部下の魔物たちに言った。


「おい、上層階の修復を今すぐやめさせろ。むしろ、もっと壊せ」

「はい?」


 執事らしき魔物がきょとんとしている。


彼奴きゃつに破れたことにするのは癪だが……先の襲撃は、近隣の街にも音や振れが及んだはず。またとない好機として、利用させてもらうとしよう」


 そして魔王様が玉座から立ち上がる。


「お前たち。私が魔将軍デネスと相討ちになって落命したと、城外の魔物や人間に広めなさい」

「えっ?!」

「私はしばらく姿を隠そう」



 

 魔王死亡の噂は瞬く間に、魔物だけでなく人間社会にも広まり、世界中を駆け巡った。

 

 そして人間社会は平和を喜ぶお祭り騒ぎとなった。

 各地で祭りや式典が催され、街全体に浮かれた空気が漂い、男たちは酒場で何日も飲み明かした。


 しかし残念ながら、その平和は長くは続かない。


 魔王が死んだと聞けば、各地の魔将軍たちが黙っていないからだ。

 魔王の座は空席。誰が次の魔王になるか、雌雄を決する時が来た、と。

  

 ほどなくして、各地で大規模な魔将軍同士の争いが始まった。


 ここで人間社会に混乱が起きる。 

 魔王が死んだら平和になるのではなかったのか?

 しかし、魔物同士の争いに人間の街や集落が巻き込まれたという報告が後を絶たない。

 

「おい、やめろ魔物ども! お前ら魔王の手下同士なんだろ?! なんで争っているんだ!」

「ふん、愚かな人間どもめ。我らが憎きセシリアの手下だったことなど一度もないわ! 我らは魔将軍ダグジス様に忠誠を誓う一派。次はダグジス様が魔王の座に就くのだ、覚えておけ!」


 こうして少しずつ、魔王の手下を装うのをやめた魔物たちの本性が明るみに出ていく。

 

 このような混乱は世界各地で起き、人間たちが疑問を抱き始める。


「今まで各地で暴れていた魔物たちは、どうやら魔王の手下ではなかったらしい……」

「では、私たちが諸悪の根源だと信じてきた"魔王"とは、一体何者だったのか?」


 そうして世が混乱を極めたある日。

 

 魔王セシリアが、荒れ果てた魔王城に再び姿を現したのである。

 当然、周辺はとんでもない騒ぎになり、そのしらせはあっという間に各地に広まった。

 

 そして、最強の魔王が再び玉座に君臨したことで、玉座が遠退いたことを悟った魔将軍たちの争いも止んだ。

 

 さらに、セシリアの手下でないことを人間に明かしてしまった魔物たちもぴたりと静かになり、どうやら山奥に拠点を移したようだ。


 こうして、未だかつてない平和がこの地に訪れようとしていた。


 そして人々は気付き始める。

「魔王って、本当に悪いヤツなんだっけ?」

「魔王がいた方が、なんか平和じゃないか……?」


 一時は荒れ果てていた魔王城は配下の魔物たちによって再び整えられ、美しく恐ろしい城の姿を取り戻した。


 しかし、魔王城にあれほどやってきていた冒険者は、今やほとんど来なくなっていた。



 

 ある日の昼下がり、魔王城の最上階に新設されたテラスに魔王セシリアはいた。

  

「まさかこんなに上手くいくとはな」

「ええ、俺もここまでとは……」

魔王城ここに来る冒険者も減ってきたな。まだ時々は来るようだが」

 

 俺はセシリア様のティーカップに紅茶を注ぐ。 


「まあ、まだ"魔王"という存在をどこに分類してよいのか、決めかねている人間も多いのでしょう。――セシリア様、紅茶です。熱いのでお気をつけて」

「ありがとう。まあ、いきなり魔王に対する抵抗感が無くなるわけではないだろうな。得体の知れない強いものは怖いのだろう」

「そうですね。ですが、帝国の魔王討伐計画が凍結されて、代わりに討伐計画が走り出したと聞きましたよ。他国のギルドでも魔将軍の討伐依頼に高額な報酬が提示されているとか」

「そうらしいな」


 セシリア様がティーカップに口をつけ、静かに傾ける。

 当時はあれほど怖く感じていたセシリア様のことを、今は不思議とあまり怖いと思わなくなっていた。


「こうやって少しずつ、魔王様のまわりが平和になっていくといいですね」

「そうだな。――だが、お前は元の世界に帰らなくてよかったのか? 私の世話係になってもう2年だろう」


 そう、俺は今回の作戦について功績を認められ、補充係から魔王様のお世話係に昇格したのだった。

  

「うーん。なんかあっちの世界よりも、こっちの方が居心地よくなっちゃいまして……」


 俺の返答を聞くと、セシリア様はふっと柔和な笑みを浮かべた。

 

「ふ、まあいい……。いつまでもいるといい。お前の居場所はここにある」

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闇バイト先は魔王城 水帆 @minaho_ws

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