第3話 魔王城でOJT

 そして再びあれよあれよという間に案内役の魔物がやってきて、5人がそれぞれの持ち場に連れていかれた。


 どんな仕事でもするつもりで連絡したけど、まさか魔王城で働くとは……

 

 しかも1ヶ月帰れないって。

 家賃の支払が来週までなんだけど、帰ったらもう俺の部屋無いとかないよね……?


 まあもう、ひとまず言われた通りに働くしかないかもしれない。契約違反で蒸発とかさせられたら困るし……


 闇バイトで強盗とか受け子とかするよりは多少マシだったんじゃない? うん。

 あと、元の世界に帰れないと言われたわけじゃないし。うんうん。

 うん……なんか頑張って自分を納得させてる感あるけど。

  

 俺は案内役の魔物に9階に連れてこられた。俺の持ち場は4~9階らしい。


 ちなみに魔王城は全部で30階だって。

 けど規格が魔物サイズなので1階1階の天井が高くて、日本の30階のビルよりももっと高さありそう。

 

 そんでやっぱり最上階に魔王がいるらしい。最上階から出ることはほぼないらしいけど。簡単に出くわしたりはしなさそうでちょっと安心。


 既にここで3年働いているという日本人の先輩が、俺に仕事のやり方を教えてくれることになっているらしい。

 

 ……え、3年? 1ヶ月で帰れるのに?

 

 えーと……

 それはその人が好きでここに残ったのか、

 それとも何らかの理由で帰れないのか……

 

 ……俺、ほんとに1ヶ月で帰れるよね?

 

「今日は6階の補充だ。まずは物品庫に行くぞ」


 ここに3年いるという、めちゃくちゃ無愛想な無精髭の先輩(野口さんというらしい)に、全然ろくな説明をされないまま連れていかれる。

 

 日本人だよね? もうちょい説明してくれてもよくない?


 野口さん、見た目はアラフィフくらい? 世捨て人っぽい雰囲気漂ってる。あと歩くの超早い。


 物品庫は魔王城の中に何ヵ所かあるらしく、俺たちは隠し扉や隠し通路を抜けて、9階にある物品庫に向かった。


 物品庫の扉に掛かる重そうな錠前を野口さんがガチャリと外すと、扉の中はなんと武器や防具、装飾品や金品の山。 

 ええっ、何ここ?


「なんですか、この宝の山は……」

「冒険者のドロップ品だ」

「ドロップ品?」

「魔物にやられたり、落とし穴に落ちて死んだ冒険者の持ち物。清掃係が死体を回収するときに、ドロップ品はここに格納するんだ」


 げっ。死んだ冒険者の装備か、これ。

 きれいにはされているが、確かにどれもある程度の使用感がある。


「これをフロアの宝箱に補充するのが俺たちの仕事だ」

「宝箱に……? あ、補充係ってそういう……?」


 え、待って?

 それってつまり、

 魔王城の宝箱って、魔王城サイドが補充してるってこと?


「いいか? 補充作業の前に仕分けがある。鑑定機を通して、強い装備品は上のフロアの物品庫に送る。闇属性に耐性のあるものは即廃棄だ」

「え、あの、ちょっと待ってください! 俺たちが冒険者のために補充するんですか? 冒険者って、魔王側から見たら敵ですよね?」


 さっさと仕分け作業の説明に入ろうとする野口さんを制止して、食らいつく俺。

 そして露骨にめんどくさそうな顔する野口さん。え、怖い。

  

「なぜわざわざ敵に塩を送るか分からねえ、ってとこか?」


 野口さんはため息をついて、近くの木箱を引き寄せるとどっかりと座った。

 あ、なんか説明してくれそう一応。俺もそのへんの木箱に座る。

 

「分からねえか? フロアにちらほらある宝箱も、やたらと階層の多い城も。魔王のところになるべくたどり着かせず、かつこの城の魔物ヤツらが有利に戦うための策だからだよ」

「え」 

「フロアに宝箱がたくさんあったら、全部探索したくなるのが冒険者ってもんだろ。要は時間稼ぎだ。宝箱目当てであちこち周回して色んな魔物と戦ううちに、監視している連絡係がその冒険者の属性や特技を把握して、魔王の近衛兵に伝える。そして手始めに、その冒険者と一番相性の悪そうな中ボスを選定して送り込む」

「えっ、えっ?!」


 待って、魔王城ってそんなにシステマチックなの?!

 監視されてんの冒険者?!

 てか中ボスって人によって違うの?!

 待って待って理解が追い付かない。

 

「ふん、予想外だったか? ……でもよ、新入り。なんで魔王城の低層階に中身の入った宝箱があるのか、不思議に思ったことはないか? 下層ほど先客が来ているはずなのによ」

「……言われてみれば、確かに……」 

「ま、気付かないよな。普通は魔物にそんな知能があると思わないからな。まあ本当にろくな知能のない魔物も多いけどよ、ここのこいつらはそういうの上手く隠してるんだ。"敬愛する魔王様"のためによ」


 野口さんは両膝に手をついて、よっこらしょと立ち上がった。


「もういいか? 作業に入るぞ」

「あ、はい……」


 あ、大事なこと聞いてなかった。

 物品庫の奥に行こうとする野口さんの背中に慌てて呼び掛ける。 


「あの! もう1つだけ聞いてもいいですか?」


 野口さんがしかめっ面で振り返る。

 ひー。怖いよー。

 

「なんだ」

「なんで野口さんはここで3年も働いてるんですか? 1ヵ月で帰れるんですよね……?」 

「あぁ。まあ、俺ぁ自分の生活のためにここにいるだけだ。真面目に働いても評価されない現代社会よりよっぽどマシだからな」

「ええ……そういうもんですか?」

「俺の場合はな。まあ……あとは、魔物アイツらに共感できなくもないんだよ」

「共感? 魔物にですか?」

「ま、そのうち分かるさ。おい、早く来い」


 野口さんは肩を竦めると、物品庫の奥を顎でしゃくる。俺も急いで奥へ向かった。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る