第2話 ヒト不足の魔王城

 そして今は魔王城の城内で、メイド服を着て悪魔みたいな角を生やした女から説明を受けている。


 え、どういうこと?

 意味が分からない。


「おい、何ぼーっとしてる。荷物はそこに置け。今から新人研修があるからすぐ受けろ」


 そうして俺はあれよあれよという間に新人研修の部屋に詰め込まれた。


 部屋といっても半分洞窟みたいな、松明が点々と点っている空間だ。

 俺以外に日本人らしき男が4人、呆然とした様子のまま石の椅子に座らされていた。


 そのうちの1人が口を開いた。


「……なあ、俺たち……あいつらに取って食われるわけじゃないよな……?」


 誰も二の句を継げなかった。


 その瞬間に扉がノックされて、俺は思わず肩が跳ねた。


 腕が4本ある魔物がぬらりと入ってきた。

 4本の腕にそれぞれ鋭いナタのようなものを持っている。


「ひぃっ……」


 誰かが怯えるような声を漏らした。

 

「お、なんだなんだ、お前らそんなに緊張して。俺だよ、お前らと連絡してた採用担当のゾロだ。ゾロアディスっていうんだが、ゾロでいい」


 え、待って。

 俺がさっきスマホで連絡してたの魔物だったの?!

 

 てかゾロって本当の名前かよ。てっきり闇バイト用の偽名かと思ってた。前に逮捕された奴に海賊王みたいなコードネームの奴いたし。


 こっちのゾロは4刀流だったね。

 いや、今そんなことどうでもいいか。


「まあまずは、人間のお前らにこの城のことを説明しないといけないからな」


 ゾロはそう言うと、ナタをガチャガチャとそのへんに置いて、腕のうち2本で丸まった羊皮紙らしきものを広げ、壁に貼り付けた。書いてあるのはどうやら城の見取り図らしい。


「魔王城にはいろんな係の魔物ヤツがいる。門番、巡回係、連絡係、清掃係、補充係、救護係。えーっと、あとは魔王様の近衛兵と、お世話係もいるか。それと俺みたいに管理本部だったり、寮勤務の魔物ヤツもいるけど、まあそのへんは追々分かるからいいだろ。

 そんで、今日からお前らヒトに担当してもらうのは、補充係だ」


 え、魔王城って担当がこんなに細分化されてるの?

 というか補充って、何を?

  

「仕事は追って各々の仕事場で教えていく。あれだろ、お前ら流行りの闇バイトかと思ってビビってたか? ま、うちは意外にホワイトだから安心しろ。まあここにいる魔物ヤツらはほとんどみんな闇属性だから、ある意味"闇"バイトかもなあ!」


 ゾロは腹を揺らしながらケタケタと笑った。

 闇バイトってそっちの闇パターンもあるのかよ……


「まああまり怖がるな、取って食いやしない。ヒト寮は結構快適だぞ。日当もちゃんと出る。最低でも1日10万ドラ。上手い奴なら1日で20万ドラ稼ぐやつもいるぞ」


 10万、ドラ……?

 

 その瞬間、「1日10万~(日払い可)」と書かれた求人広告が脳裏を過った。

 

 確かに、10万「円」とは書いてなかったな……

 俺以外にも遠い目をしている奴が数人いるのが視界に入った。

 うん、そうだよね。痛い程分かるよ……


「契約期間は、まずは1ヶ月だ。もちろん延長可だけど、合わなければ延長せず帰還もOK。あと、今から全員、誓約書にサインしてくれ。ここで得た情報をこの世界の人間に漏らした場合とか、ここから逃げ出した場合、まあ当然身の安全の保障はありませんって内容。前に逃げ出してシミだけ残して蒸発しちゃった人間ヤツもいたけど、まーお前らなら大丈夫だろ」


 ケラケラと陽気に笑うゾロ。当然、他は誰も笑っていない。

 

 そして誓約書とペンがひらひらと5人の前に飛んできた。

 誰も一言も発しないまま、静かに息を呑み、各々震える手でサインした。

  

 え、ここ山頂? なんか空気が吸いづらい。


「じゃあここからは持ち場に分かれてもらうから、よろしく~」


 それだけ言って腕の1本をひらひらと振りながら、ゾロという名の明るい魔物は部屋を出ていった。 

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