5 決行
金持ちの子供に扮するため、上等な着物に袖を通したが、着慣れないため、緊張する。落ち着かないのは
山囃子を少し撫でてから、占者に声をかけた。
「釜の音を聞けば、本当に未来がわかるんですか。俺には、ぼぅーっという音しかわかりませんでした」
「普通の人は、そう聞こえるもんだ。だが、俺はこれでも長えこと、神社にいて、この釜と一緒に鳴釜をやってきた。だから、釜が何を言っているのか、わかるんだよ」
どこまでが本当で、どこからが嘘なのだろうか。少なくとも、釜の言葉がわかるという点は嘘のはずだ。
「父上の商売が成功するか、どうかもわかりますか」
占者が身形を確かめるように、主膳の頭から足下までを一瞬で見た。
すぐに取り繕うように占者が愛想の良い笑みを浮かべる。
「銭次第だ。特別に蕎麦三杯分の銭で占ってやろう」
「今日は父上にお使いを頼まれて、銭を預かっているんです。だから、払えると思うけれど。でも、勝手に使ったら、父上に怒られますね。しかたない。諦めよう」
「なら、次は父君と来な。ただ、近々別の場所に移るんで、早めに来ねえと、間に合わねえぞ」
釜の湯が沸いたらしく、湯気が出てきた。
「引っ越し、引っ越し、叶わぬ引っ越し」
釜が急に話し出した。釜の言葉に気を取られそうになりながらも、占者の顔を見る。
「じゃあ早く父上にお願いしないと。今日は大人しく見ています」
背後を見れば、いつの間にか人だかりができている。主膳は人だかりの最も前に立った。
「さてさて皆様、ご覧あれ。世にも不思議な予言する釜。本日、何を予言するやら」
ついに始まった。最初は、明日の天気を予言するようだ。
釜が明日の天気を歌っている横で、占者がまったく違う言葉を人々に伝える。
「主膳、あの人間、いいかげんな予言ばっかりしているね」
肩の上で山囃子が笑った。
主膳は巾着切り(スリ)に遭いやすいように、占者を一心に見つめる。顔を動かさなければ、辺りへの警戒が薄いと思われるはずだ。
二つ目の予言が終わった後、釜が踊り出した。
「さてさて、お次は、ここにいる人の中から一人を選んで予言を授けましょう」
占者が人々を見回す。
ついに来た。主膳は占者を一心に見つめる。
「そこの小さい少年に予言を授けましょう。今日は父君にお使いを頼まれたんだね」
主膳が頷くと、辺りがざわめく。当たっている、とか、さすがだなといった賞賛の声がちらほら聞こえる。
「いやいや先ほど少年と話したから知っていたまで。予言はこれからです」
占者が種明かしをすると、辺りから笑いが起きた。
「少年、このままだと、これから巾着切りに遭う。気を付けなさい」
主膳は思わず囮の巾着を見たが、とうになくなっていた。
「こいつ、巾着切りです」
主膳から少し離れた背後から丹弥の声がした。振り返ってみたが、人々に阻まれて丹弥の姿は見えない。
「何言いやがる。証拠はあるのか」
怒鳴る男の声が続いて聞こえた。
「平べったい石が入った桔梗色の巾着を盗んだだろ」
人々がざわめく。恐らく丹弥の言う通りの巾着が出てきたのだろう。
「予言の男と結託して、巾着切りを繰り返していたんだろ」
丹弥とは別の男の人が怒鳴っている。同心だろうか。
「何しやがる。俺はただ、釜の予言を伝えていただけだ」
占者の叫ぶような声が聞こえて、占者のほうに顔を戻す。占者は、同心か、もしくは、その部下と思わしき人に取り押さえられていた。
「ならどうして逃げようとした。言い訳は番屋で聞くから来い」
連れて行かれる占者を見ていると、釜がぼぅーっと低く唸った。
「明日、引っ越しなんてできねえよ。皆々引っ越しなんて叶わねえ」
歌うように話す釜は楽しそうだ。
「主膳、怪我してねえか」
「何も問題ありませんから、ご心配には及びません。それよりも丹弥さん、あの釜はこれからどうなるのでしょうか」
同心の部下と思われる男の人が火の始末をし始めた。
「
次は、いい人に使われますように。そう願いながら、主膳は釜を見つめた。
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