3 釜の言葉なんて聞いていない

 大旦那が帰った後、予言する釜の元へ向かった。


 以前見た時よりも人だかりが多い。今日は前に行けそうになかった。


主膳しゅぜんだけでも前に行ければいいんだが、無理そうだな」


 妖が見えるのは、主膳と山囃子やまばやしだけだ。


 山囃子だけならば、人に飛び移りながら前に行けるかもしれない。だが、落ちて踏まれる恐れがあるから、頼めなかった。


 人だかりの向こうから占者らしき声が聞こえる。


「もっと詳しく知りてえ人は、並んでくだせえ。ありがてえ釜の予言が聞けるのは、江戸中探しても、ここだけです」


 ちょうど終わったらしい。人々が散り散りに去って行く。


「主膳は釜に異変がないか確かめてくれ。俺は他の人に話を聞く」


 丹弥たんやに頼まれた主膳は人の流れに逆らい、釜があるであろう前方に向かって歩いた。


「明日は雨だよ。ざんざ降りの雨だ。伊勢屋の大旦那は魚を五匹釣るよ」


 予言の内容があまりにも平和で笑いそうになった。


 釜の声は以前聞いた時と変わらない。見た目も以前と変わらず、善良な妖のままで安心した。


 占者と釜の声が聞こえるけれど、あまり目立たないようなところまで離れて、改めて観察する。


「富くじを買ったのですが、当たりますかね」


 列の先頭にいる男の人が占者に問う。


「釜に聞いてみましょう」


 占者が釜に耳を近付け、大仰な仕草で何度も頷く。


「買ったところで当たりゃしねえ。だが、買わぬくじは、ますます当たりゃしねえ。ならなら買ったほうが当たるかも」


 釜が独特な節をつけて歌うように答えになっていない答えを返す。


「なるほど。良き行いをすれば、僅かな額が当たるかもしれねえと申しております」


 占者が釜の発言とは違う内容を伝えた。


 釜の発言が答えになっていないから、変えたのだろうか。それとも、そもそも釜の声なんて聞こえないのだろうか。


 富くじの相談をした男の人がありがたがって占者に銭を渡す。


 予言を聞きたい人たちが占者に相談して、お礼に銭を渡していく姿を何度も見た。


 結果、占者の答えを聞く限り、釜の声は聞こえていないようだ。

 では、何を根拠に答えているのだろう。まさか、金儲けのためにいいかげんな返答をしているのだろうか。


「主膳、こういうのって、さぎって言うんだよね。悪いやつだ」


 山囃子が主膳の肩の上で騒ぎ出した。


「何か根拠があるのかもしれないよ。とりあえず、釜に異変はないと丹弥さんに伝えに行こうか」


 丹弥を探して辺りを見回すと、話し終えたばかりの丹弥を見付けた。


 丹弥の元へ向かうと、丹弥もすぐに主膳のほうへ歩き出した。


「丹弥さん、釜に異常はありませんでした」


「それなら良かった。俺の話は長屋に戻ってから話す。どこで誰が聞いているかわからねえからな」


 常より小さい声で話す丹弥の顔は険しかった。

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