2 犯罪の予言

 長屋の土間を掃いていた主膳しゅぜんは鐘の音を聞き、もう昼時かと手を止めた。


 丹弥たんやに目を向けると、一心に絵を描いている。鐘の音には気付いていないようだ。


 丹弥は絵を描き始めると、寝食が疎かになる。きっと主膳が声をかけないと、夜まで描き続けるだろう。


 丹弥は今日、昼餉に天ぷらを食べたいと言っていた。楽しみにしていたようだったから、声をかけたほうがよいだろう。


「丹弥さん、話しかけてすみません。昼時ですが、昼餉はどうしますか」


 丹弥が絵筆を置いた時を見逃さず声をかける。


「もう昼時か。声をかけてくれて助かった。天ぷらを食べに行くぞ」


 丹弥が立ち上がると、戸口が開いた。来客のようだ。


「昼時にすみませんねえ。丹弥さん、主膳さん、ちょっとお話がありましてねえ」


 丹弥に妖を描いてほしいとよく頼みにくる、亀岡屋かめおかやの大旦那が申し訳なさそうに入ってきた。 


 大旦那の下がり眉が常よりも下がっていて、困っていると明らかにわかる。


「上がってくだせえ。主膳、お茶を用意してくれるか」


「いやいや、すぐに帰りますので、お構いなく。お二人は、予言をする釜をご存じですか」


「天気を予言する釜ならば、三日ほど前に見ました」


 答える丹弥の傍で山囃子やまばやしが「見た、見た」と同意しながらびんざさらを鳴らす。


「その釜が、最近、巾着切り(スリ)などの犯罪を予言するようになりましてねえ。実は昨日、うちの子も、巾着切りに遭うと予言された帰り道、有り金を全部取られたみてえで。それほどまでの予言ができる釜が、なんだか気になりましてねえ」


 大旦那の話を聞いた丹弥の顔が曇る。

 主膳も不安に駆られた。


 弱い妖は、人の噂によって姿形を変える時がある。悪い妖だと噂されたせいで、人を殺しかねない妖へと変貌した例も過去にあった。


「俺たちが見た時は、天気の予言だけでした。でも、今は犯罪の予言をしているんですね。それならば、確かに気になります。俺たちで調べますから、安心してくだせえ」


 丹弥の言葉に大旦那が安心したような顔になる。


 今まで、主膳と丹弥は、人の噂のせいで悪い妖に変貌した妖たちを救ってきた。

 

 今回は犯罪の予言をする釜か。


 犯罪の予言をする釜を人々がどう噂するか、わからない。噂次第では、釜が邪悪な妖へと変貌する恐れがある。


 もし、変貌する前兆が見られれば、悪い妖に変貌しないように対処せねばならない。当然、釜がすでに悪い妖に変貌していたら、救わねばならない。


 いずれにしろ、釜の善良さが歪められないように守らねば。


 主膳は今すぐにでも外出できるよう、山囃子を拾いあげて肩に乗せた。

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