明日は晴れだと釜が笑う

旧部 悠良

1 予言する釜

 まだ十四歳の少年であり、最近まで京に住んでいた主膳しゅぜんにとって江戸の町は興味深いもので溢れていた。


「世にも不思議なこの釜は、明日の天気を予言できるのです」


 主膳は辺りに響く口上に惹かれて、声がするほうを見た。

 主膳の肩に乗っている、狸に似た妖、山囃子やまばやしも気になったようで、身を乗り出している。


「ねえ、主膳、見にいこうよ」


 山囃子が明るい声で誘う。楽しくなってきたのか、両手に持っているびんざさらを鳴らし始めた。


 主膳と共に歩いていた少年、丹弥たんやも立ち止まった。


鳴釜なるかまか。吉凶の判断じゃなくて、予言をするのは、おもしろそうだな。見ていくか」


 丹弥の表情は常のように乏しい。だが、声音を聞けば、楽しそうだと思っているのだろうなと伝わってきた。


「予言できるなんて、もしかしたら、妖かもしれませんね」


 人だかりができているほうに向かう丹弥に付いていく。


 思ったよりも人が多く、主膳の身長では釜が見えない。声が聞こえるからいいかと主膳は釜を見るのを諦めた。


「主膳、見えねえんだろ。もう少し前に行くか」


 丹弥は主膳よりも頭一つ分ほど背が高いため、きっと釜が見えているだろう。なのに、前へ前へと人の間を縫うように進む。主膳は慌てて背中を追った。


「坊主、そんなところにいたら何にも見えねえだろ」


「あんた、もう少し前に行きな」


 周りの人に申し訳なく思っている主膳に対して、周りの人たちは温かい。

 丹弥と周囲の人たちの優しさのおかげで一番前に出られた。


 四角い七輪にかけられた釜の上に、樽のような形の蒸籠せいろが載っている。隣に立っている男の人が占者なのだろう。


「釜よ釜よ、明日の天気を教えておくれ」


 占者が蒸籠の中に玄米らしきものを入れた。


 少しして、唸るような、ぼぅーっと低い音が鳴り始めた。占者が蒸籠に耳を近付けて、大きく何度も頷く。


 あの音から何がわかるのだろうか。不思議に思っていると、突如、釜から人の腕が生えた。


「明日は、明日は、晴れ。傘なんて捨てちまいたくなるほどの晴れだよ」


 釜が妙な節をつけながら歌うように答えた。


 生えた腕は踊っているかのようにひらひらと動いている。


「うわぅ主膳、あの釜、妖だよ。おどりが上手だね」


 山囃子が楽しくなってきたのか、びんざさらを鳴らし始めた。


「丹弥さん、あの釜、妖です」


 妖が見えない丹弥に小声で伝える。


「なら、あの男、妖が見えるのかもな」


 占者が人だかりを見回した。


「明日は晴れです。傘なんていらねえ晴れだと釜が申しております」


 思わず空を見上げると、雲一つ見当たらない。明日も晴れるだろうなと思うほどの快晴だ。


「そりゃこんだけ晴れてりゃ、明日も晴れるだろうよ」


 人だかりの中から誰かが茶化すと笑いが起こった。


「いやいや今日は日が悪かった。次は曇りの日にするので、また見に来てくだせえ」


 おもしろがった人たちが占者の前に置かれた箱に銭を入れる。

 丹弥もいくらか銭を入れていた。


 占者から離れたところで丹弥が主膳の顔を見た。


「悪い妖じゃなかったんだろ」


 丹弥の問いかけに主膳が答えるより早く、山囃子が口を開いた。


「あの釜、いいやつだよ。一緒におどりたいな」


「山囃子が気に入るほど、陽気な妖のようでしたよ」


 妖の姿も声もわからない丹弥に山囃子の言葉を踏まえて答えた。


「なら、なんの問題もねえな」


 釜は恐らく、付喪神だろう。人に大切にされていそうな様子だったため、安心して主膳も家路についた。

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