2・勇者の器

 保護区域に来てから、約3ヶ月が経った。


「はい……すみません。今日は頭痛が酷く吐き気がするため、休ませてもらいます」


 電話越しに担任が『大丈夫か?』『無理するなよ』と優しい言葉を投げかけてくれるが、正直こちらとしてはさっさと切らせてほしい。

 適当にはい、はいと空返事で問答を潜り抜け、電話を切ったタイミングで深くため息をつき、ベッドにスマホを投げながら倒れ込む。


 何度目かすら忘れてしまうほど口にしてきた嘘の体調不良は、既に手馴れてきてしまっていた。最初の内は罪悪感も多少はあったが、今となっては何も感じない。


 私は、学園を離れることになったあの日から、都合のいい人間を演じることが出来なくなってしまった。


『一ノ瀬さんって元勇者候補だったんでしょ?』

『あ、だからあんなに優秀なんだ。流石に元のスペックが違い過ぎて、張り合えないな~』


『流石、元勇者候補だな。成績も優秀だし、これなら勇者じゃなくったってどこにでも行けるだろう』


 今までなら『そんなことないよ』やら『ありがとうございます』で流せていたはずの薄っぺらい言葉たちに、私は笑顔を返せなかった。


『別に……元勇者候補だからとか、関係ないと思いますけど』


 心の奥底にしまえていたはずの余計な一言が状況を悪化させ、素の私を見せてしまう時間が増え、次第に周りとの埋められない溝を感じるようになった。


 その結果が今のこれである。元優等生はすっかり落ちこぼれ、学校に行くのは退学にならないための定期考査と課題提出の時だけになってしまった。


 こんな状況になってしまったが、私を止めるような大人は周りにいない。両親は小さいころに他界しており、それを欠点として見られないためにも、人一倍まともを演じていたとは思う。


 仰向けで眺める天井は、今日も変わらない。

 最近は毎日、同じ景色を眺めている。白色の壁で囲われた部屋に、大して面白みのない家具。

 昔、誰かに話を合わせるために買った趣味もどきが棚を彩っているが、自ら興味を持ったことは無い。


 そんな表面だけの空っぽの部屋で過ごしていると、何か気を紛らわすための情報が欲しくなってしまい、ベッドのクッションを抱きながらテレビを点けてニュース番組をだらだらと眺める。


「――勇者遠征隊が夜綴よつづりへと候補生を連れた遠征訓練を行い、先ほど無事に帰還したとの情報が入りました。訓練での死亡者はおらず、負傷者も軽症者のみとのことです」


 テレビの向こう側では、勇者たちの保護区域での凱旋が生放送で放映されており、テーマパークのパレードのように人々からの称賛を受けている。

 今回訓練を行った候補生は、恐らく同級生の面々だろう。実際に何人か顔見知りが映っていた。

 ホント、嫌な時にテレビを点けちゃった……


 すぐにリモコンの電源ボタンに指を置くが、行動とは裏腹になぜかチャンネルを変えられずにいた。

 目を離せなかった。私の手に入らなかったキラキラした未来から。


 誰かのせいにしたいわけじゃない。勇者試験に落ちた程度で、落ちぶれるような弱い私が全部悪い。

 が、ただただ悔しい。今の自分の位置と彼らの位置を見比べて、求めるにはあまりにも遠くなってしまった距離が、情けなくてしょうがない。


 ――どうか、一度でいい。もう一度だけチャンスをください。


「いや……いやぁぁ!」


 クッションに顔を埋めた一瞬、目を離したテレビから突然流れてきたのは女性の金切り声。

 現場の映像は乱れ、スタジオのニュースキャスターは唖然としたまま固まっている。


「ウボァァァァァ!」


 次いで聞こえてきたのは、獣のような低く悍ましい唸り声。私はその鳴き声と、ノイズ混じりの映像の中で一瞬だけ映った犬と人間の中間のような巨体に覚えがあった。

 夜綴り、闇に覆われた人類の生存権の外側。そして、そこで生きる化け物、勇者と呼ばれる者たちを筆頭に今も争いを続ける人類の敵――


ぬえ……」


 それを理解した瞬間、私はすぐに外に出る準備を始めた。


 画面の向こう側で人々を襲っているのは、勇者の夜綴りへの遠征の際に、研究用に生かされたまま運ばれていた鵺だろうか。体にはいくつもの傷が刻まれている。

 いや、正直アクシデントの内容はどうでもいい。


 大事なのは、このトラブルが起きたということだ。


 もしも、このトラブルを解決、つまりは鵺を殺せたのなら……


 勇者認定試験は再試験を受けることが出来ない。人生でたった一度きりのチャンスだ。

 そんな試験に落ちてしまった私が、勇者になる唯一の方法。

 それは無理やりにでも勇者に近しい実績を積むことだ。

 実際に似たようなトラブルを解決し、一般市民が勇者にスカウトされた事例を聞いたことがある。


 場所には見覚えがある。ここから3キロ程離れてはいるが……間に合わせる。

 あのお祭り騒ぎだ。凱旋で溢れかえっていた一般市民の避難を優先し、勇者はまともに戦えず、時間は確実にかかるはず。


 考えうる限り、これ以上は無い好条件。ここを逃せば、もう後は無い。


 大きめのパーカーを着て、少しボロついた黒い革製の指抜きグローブを手にはめる。


 言葉通り手に馴染んだ感覚に自然と笑みが溢れる。が、浸っている時間はない。

 すぐさま運動靴に履き替え、玄関の扉を開ける。

 やけに眩しく感じた太陽で目を細めた一瞬、ほんの一瞬だけ、失敗の光景が頭に過る。あの日の絶望が、まるで足にまとわりついているように。


 ――だけど、躊躇なんてしてられない。


 深く息を吐きながら震える拳をぐっと握り、小さく数ヶ月ぶりの言葉呟いた。


「異能――概念省略・リミット解除」


 ― ― ―


「はぁっ……はぁっ……」


 全力で走った。恐らく、何よりも最短で、最速で駆け抜けたという自負がある。かかった時間は3分にも満たない。

 予想通り、勇者の初動は遅れていたはずだ。

 その場で鵺との戦闘を開始してしまうと、戦闘の余波で一般人への被害は確実に避けられない。なら、マニュアル通り避難を優先しつつ、それが済んだのちに鵺への対処を行う。

 溢れかえった人々は恐怖でパニックに陥り順調にはいかない。確実に私が到着するまでの3分以内に終わるような対処じゃない。


 希望的な観測を詰めすぎた訳でも、到着が遅れたわけでも、状況判断が大きくズレていたわけでもない。


 なのに、なんで……


「あんたがそこにいんのよ……」


 ――鵺の死体の傍らで、勇者の証である鷹を模した金色のブローチを胸につけ、黒色の軍服に身を包んだ銀髪の少女は、青色の返り血を手の甲で怪訝そうにふき取りながら、テレビ越しで見ていた光景よりも更に大きな歓声を一身に受け止めていた。


「候補生なのにすごかったなぁ……あんな化け物を剣で一太刀だったらしいし。名前なんだっけ?」

「確か……藤宮って呼ばれてたな。ああいう被害を一切出さない圧倒的な強さっていうの? 本物の勇者って感じするよな」


「鵺が急にバーッて何匹も突然現れたと思ったら、みんなパニックでドワーって人が押し寄せてきて、あ、これ死んだって思ったんですけど、あの勇者様が瞬きの一瞬でズバッと切り伏せちゃって!」

「分かった、分かったから落ち着いて。ゆっくりと状況をもう少し詳しく――」


 聞きたくないのに、周りの声がやけに鮮明に聞こえてしまう。

 彼女を褒めたたえる言葉の数々、そのどれもに納得してしまう自分がいる。

 私の知っている藤宮さんの能力も、彼女の人間性も決して戦闘向きとは言えない。きっと、想像もつかないような努力の中で、着実に力を磨いていたのだろう。


 もしも、仮に同じ現場、同じ状況で、私は同様の対処が出来ただろうか。

 答えは……口にしたくない。

 たった三か月だと思っていた。大して遅れてはいないだろうと、追いつけるレベルだと……なんならまだ私の方が上だとさえ勘違いしていた。


 今の私は、あの日のように彼女を蔑む言葉を吐くことは出来ない。

 スポットライトのその先、ステージの真ん中で主役を演じる彼女。

 観客席で見ているだけの役者にすらなれない私。

 その差は圧倒的で、埋まる埋まらないなんてレベルの話じゃない。


 ――私じゃ……勇者には……


 本物を見て、折れてしまった。

 今まで必死に目を背けていた事実が現実として目の前で突きつけられ、私には才能があるだとか、私が勇者に相応しくないわけがないだとか、稚拙な言い訳が出来ないほどに。


 視界は暗く狭まり、自分が何を見ているのかすら認識できない。ただ、ゆったりとした歩幅でその場を離れていく。

 どこに行こうとか、この後の事とか、何も考えられない。全部どうでもいい。


 どんっ。

 肩が誰かにぶつかった気がする。呼び止められた気がする。が、振り返る余裕はもう無かった。


 そのうち、人々の声がだんだんと遠のいていき、大通りを逸れた日の差さない路地裏でふと立ち止まった。

 体が動かなくなったというのが正しいのかもしれない。不意に足元から崩れ落ち、体に力が入らなくなった。


「なに……これ」


 次いで、感情が瞳から溢れ出す。試験に落ちた時でさえ流したことのなかった涙は、何度止まれと念じても次から次に零れ落ちていく。

 情けない、みっともない。

 泣いたって何も変わらない。立って、歩いてよ。


 自分をどんなに奮い立たせようとしても、過呼吸気味の息がひゅうひゅうと音を立てるだけで、全身のあらゆる器官が他人顔で言う事を聞いてくれない。


 脳が思考を投げだし、視界がぼやけ始めたその時だった。

 後ろからたったっと小走り気味で、こちらへと近づいてくる足音が聞こえる。


「あー……こちら、ターゲット発見」


 振り返ったその先で、やけに厚底な革靴と黒いスーツを身にまとった小柄な女性は、ぐしゃぐしゃに泣き腫らした私の顔を見て少し気まずそうに、電話越しの誰かへと報告した。

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彼女は勇者になれません とっととカナリア本舗 @surumesukii

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