第4話 アナログな鼓動、確かな熱量
倫也の転落は、皮肉にも彼が愛したネットワークの速度よりも速かった。
かつて彼を崇めたフォロワーたちは、今や「AIにすら見捨てられた男」として彼を嘲笑の対象にしている。薄暗いアパートの一室で、倫也は震える指でキーボードを叩くが、画面には非情な赤文字が躍るだけだ。
【警告:あなたの誠実性スコアは規定値以下です。マッチング対象は存在しません】
サオリからも「効率の悪いリスク物件」として即座にブロックされ、彼は自ら信奉した「数値」という檻の中に、永遠に閉じ込められることとなった。
一方、ミナの周囲には、それとは対照的な「柔らかな光」が満ちていた。
大学のラボで、ミナは「デジタル・デトックスと共感性」についての新しい研究を発表した。学会での喝采を浴びた後、夕暮れのキャンパスを歩く彼女の背中に、穏やかな声がかけられる。
「ミナさん、お疲れ様」
振り返ると、そこにいたのは大学院生のハルトだった。彼は優秀なエンジニアでありながら、学内で唯一、最新型のスマートリングを嵌めていない。その指先にはデバイスの代わりに、愛読書をめくり続けたためにできた小さな「ペンダコ」があった。
「ハルト君。……お疲れ様。今日の発表、どうだったかしら」
「最高だったよ。特に『不便さの中にこそ、愛着が宿る』っていう言葉。……実はね、その不便さを、今日君と分担したいなと思って」
ハルトはそう言って、少し照れくさそうに首の後ろをかいた。スマートフォンのスケジュール共有ではなく、彼はコートのポケットから、使い古された革の手帳を取り出した。
「……あの、もし良ければ、この後少し時間をくれないかな? 指導教官に勧められた店じゃなくて、僕が自分の足で歩いて見つけた、すごくコーヒーが美味しい店があるんだ。地図アプリにも載っていないような、路地裏の小さなお店なんだけど」
ハルトの誘い方は、決して洗練されてはいなかった。けれど、言葉を選び、ミナの反応を確かめるように見つめてくるその瞳には、計算ではない本物の「熱」が宿っていた。
「ええ、喜んで。……行きましょう」
並んで歩き出すと、冬の少し冷たい風が二人の間を吹き抜ける。ふとした拍子に、ミナの手がハルトの指先に触れた。
かつての倫也なら、「接触による体温変化が0.5度上昇した。これは軽い緊張状態だ」と分析を始めたはずだ。けれど、ハルトは違った。
彼は一瞬、驚いたように肩を揺らした。そして、躊躇うように、けれど決意したように、ミナの冷えた指先を大きな掌で包み込んだ。
「あ……。ごめん、僕、今……心拍数がすごく上がってるのが自分でもわかる。デバイスがなくても、壊れそうなくらい鳴ってるんだ」
ハルトが顔を真っ赤にして笑う。ミナの指に伝わる彼の脈動は、一定のリズムを刻む機械とは違い、不規則で、激しく、そして泣きたくなるほど温かかった。
「ふふ、いいのよ。それが人間でしょう?」
ミナは握り返す手に力を込めた。指先に伝わる少しゴツゴツとした骨格の感触、微かな石鹸の香り、そして何より、自分を大切に思ってくれる人の体温。
「私ね、今、人生で一番幸せな『不効率』の中にいるわ」
夕陽がキャンパスをオレンジ色に染め上げ、二人の影が石畳の上に長く、不格好に、けれどしっかりと寄り添って伸びていく。
ミナの胸の高鳴りは、もう誰にも、どのアプリにも管理されることはない。
この鼓動は、彼女だけのもの。
そして、この温もりを分け合う相手は、もう自分の隣にいるのだから。
End of Act 1
▶▶▶
【作風:方向性思案中】
詠み専からの執筆の若輩者です。
これまで作品の拝読と我流イラスト生成がメインでした。
御意見:感想がの御指摘が閃きやヒントに繋がります。
宜しくお願いします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます