第3話 「強制ログアウト」
運命の日
大学のメインホールは、国内最大のテック企業『ライフ・アルゴリズム社』の最終選考を傍聴しようとする学生たちで埋め尽くされていた。
ステージの上には、ホログラムで投影された百戦錬磨の役員たち。そしてその中心に、一分の隙もない完璧なスーツ姿の倫也が立っている。
「私は、全人類の感情をデータ化し、最適化することで、争いのない世界を作りたいと考えています」
倫也の朗々とした声がホールに響く。彼の指のデバイスは、信頼を勝ち取るための『誠実な白』に輝いていた。傍聴席の学生たちは「やっぱり倫也は次元が違う」とため息をつく。
ミナは、最後列の暗がりに座っていた。膝の上には、大学のネットワークに直結したラップトップ。
(さあ、トモヤ。あなたの言う『最適化された世界』を見せてあげて)
ミナが静かにエンターキーを叩いた。
「……具体的に、君はどうやってその信頼を担保するのかね?」 役員の一人が問いかけた。倫也は自信満々に微笑む。
「私のライフログを見ていただければ明白です。私は過去3年間、一度もパートナーを裏切らず、常に安定した精神状態で……」
その瞬間、ホールの巨大スクリーンが激しく明滅した。 「な、なんだ?」 倫也が振り返る。そこに映し出されたのは、彼がプレゼン用に用意した資料ではなく、毒々しいまでに鮮明な『深層意識・同期ログ』**だった。
『――裏切らず? 笑わせるな。こいつはただの踏み台だ』
会場のスピーカーから、倫也自身の声で、しかし彼が決して口にしないはずの「汚泥のような本音」が合成音声で爆音出力された。
「えっ……? 違う、これは何かのエラーだ!」 焦る倫也。しかし、ミナの仕込んだ『逆転回路』は、彼の動揺を「さらなる真実の開示」へのトリガーとして検知する。
『隣で寝ている女の鼓動すら、僕は不快なノイズだと思っている。早く内定をもらって、サオリという最新モデルに乗り換えたい。ミナ? あんな減価償却の終わった中古品、どう捨てても僕の評価に響かないようAIに計算させてある……』
会場が、凍りついたような静寂に包まれた。 サオリが青ざめた顔で立ち上がる。役員たちのホログラムが、軽蔑の眼差しで倫也を凝視していた。
「やめろ! 消せ! こんなの僕じゃない!」 倫也は叫び、必死に指輪を引き抜こうとする。しかし、ミナが施したプログラムは、彼の皮膚の微弱な電流を読み取り、ロックを強制。無理に外そうとすればするほど、デバイスは「嘘をついている時の心拍数」を検知し、会場中に緊急アラートを鳴り響かせた。
『ピーーー! 警告:対象者の誠実性は0.001%以下。社会的信用価値、消失。排除を推奨します』
「君……」 役員の筆頭が、冷え切った声で言った。 「我々のアルゴリズムは、君のような『システムのバグ』を最も嫌うんだ。君の言う通り、最適化させてもらったよ。君というノイズを、我が社の未来からね」
その瞬間、倫也のスマートフォンに『内定見送り』の通知が、AIの自動処理によって届いた。
崩れ落ちる倫也。ステージの上で、彼はもはやエリート学生ではなく、ただの「嘘を暴かれた化け物」として晒し者にされていた。
ホールの出口で、ミナは立ち上がった。 彼女の指には、もう重い指輪はない。 振り返ることもなく、彼女は光の差す方へと歩き出した。
自由へのアップデート
キャンパスの池のほとり。夕陽が水面をオレンジ色に染めている。 背後から、惨めなほどに乱れた姿の倫也が追いかけてきた。
「ミナ! ミナ、待ってくれ! あれは……あれは君がやったんだろう!? 酷いじゃないか、僕の人生を壊すなんて!」
ミナは足を止め、ゆっくりと振り返った。その顔には、怒りも憎しみもない。ただ、深い霧が晴れたような、清々しい微笑みがあった。
「壊したのは、私じゃないわ。あなたの『本音』よ、トモヤ」
「本音なんて誰にでもある! 僕はただ、効率的に……!」
「そうね。効率。あなたはAIが嘘をつかないと信じていた。だから、AIが暴いたあなたの正体も、この世界にとっては『唯一の真実』なのよ」
ミナは、ポケットから既に切断された自分のデバイスを取り出し、目の前の池に向かって、思い切り放り投げた。 放物線を描いて、高価な「愛の証」が、泥水の中へと沈んでいく。
「ミナ……? 君、何を……そんなことをしたら、君の今後のマッチング評価が……」
「私、今日から『不効率』に生きることにしたの」
ミナは一歩、倫也に近づいた。 「誰かの診断じゃなくて、自分の心が動く相手と、自分の体で恋をする。バグもエラーも、全部自分で引き受けるわ。……さようなら、トモヤ。もうあなたの心拍数なんて、私には1ミリも興味がないの」
呆然と立ち尽くす倫也を置いて、ミナは軽やかな足取りで歩き出す。
彼女の耳には、もうデバイスの通知音は聞こえない。 代わりに聞こえるのは、優しく吹く風の音と、自分の胸の奥で、今までで一番自由に、力強く脈打つ鼓動の音だけだった。
その心拍数は、どのAIも予測できなかった、完璧な「幸福の数値」を刻んでいた。
▶▶▶
【作風:方向性思案中】
詠み専からの執筆の若輩者です。
これまで作品の拝読と我流イラスト生成がメインでした。
御意見:感想がの御指摘が閃きやヒントに繋がります。
宜しくお願いします。
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