彼の理由
遼太郎は高校生になる直前に大変なイケメンへと変身した。
それまで彼は長きに亘り逆さ睫毛に悩まされていた。推薦入試に合格して周囲よりも早く受験が落ち着き、そのタイミングで外科手術を受けた。その結果、誰が予想していただろうか。クールな和風イケメンが爆誕してしまった。
「きゃ~イケメ~ン!」と仲の良かった同級生が一丸となって囃し立てたものだ。遼太郎は「やめろよ!」と恥ずかしがるばかりで決して開き直ることはないまま時は過ぎた。今だってそう。本人が一番困惑しているのだ。本人の意図とは無関係に異性の目を引くようになってしまい、その困惑は深まる一方に見えた。彼は元々好んで前に出るタイプではない。
それでも初めてIDを渡された時には、それはもう舞い上がった。迷った挙句、話だけでもしてみようと試みたことがあって、私も将二も心から応援したが上手くいくことはなかった。
「顔が好き」「かっこいいよね」と言い寄った同級生は派手な女子で、やっぱり私が連絡先を預かった。遼太郎は直接会って本当のことを告げたらしい。自分は外科手術を受けて顔が変わったのだということを。
彼の誠実さが受け止められることはなかった。遼太郎がどんなに傷付いたことか私には計り知れない。
「先輩、この前の友達が」
部活の片づけを終えてシャワールームに向かうと、ミッちゃんが待っていた。既にシャワーを済ませた後のようで首からタオルを下げている。おっさんか。私は9月の県大会のことで顧問と話をしてきたところだった。
「御礼言って、と」
「ああ」
遼太郎からの返事はミッちゃんを通さず、私が教室まで出向いてお友達に直接お伝えした。
「すまんかったね」
「いいんです、いいんです」
ミッちゃんが赤く蒸気した顔の前でパタパタと手を振る。
遼太郎は渡された紙を突っ返したりせず、交際の申し込みであればお断りをするし連絡先を渡されたのであれば連絡はできないと返事をした。間に私が入るのはお互い様だ。
「好きって伝えたかったから感謝してるって」
「ほぉーん」
私には想像もできないけれどそういうものなんだろうか。確かにあの子、キラキラしてた。
「安里先輩のことかっこいいって言ってましたよ」
「聞こえてたよ、強そうって言ってたのもな」
「ぎゃあ、ごめんなさい!アイス驕りますから!」
「ふん」
私はわざと音を立てて個室のドアを閉める。
「せんぱーい!」
冗談だ。私は同性からかっこいいと言われて喜んでいるくらいでちょうどいい。
でもアイスは悪くないな。
古くなったシャワーのハンドルを勢いに任せて捻ると金切声みたいな音が鳴る。冷たい水を頭からかぶった。
私と彼ら―――遼太郎と将二は同じ中学から、部活の特別推薦枠で高校に入学した。私の場合は授業料が三年間免除になるというのと大学受験が断然有利になるという触れ込みに釣られた形だった。彼らとその辺を話し合ったことはないが、恐らく「推薦入学は筆記試験を受けなくていい!」という点では意見が合致していたのだと思う。そんなわけで高校には同じ中学から進学した者はごく僅かで、故に遼太郎の事情を知る者は少ない。
遼太郎はサッカー部の特別推薦枠とあり、それでいて171㎝ある私よりも背が高い。いよいよ以てイケメンロードを突っ走っているのだ、モテないわけがない。将二はエキゾチックな甘いマスクで優しくて、私は彼のことを好きだった、ような気がする。
しかし彼女と一緒にいるのを見た時に、淡い気持ちは一瞬にして
「先輩うちのクラスの橋本って知ってます?」
「知らねえ。ミッちゃん、眼鏡にアイスついてんぞ」
「あらやべえ」
ごちそうになるつもりは無かったけれど、話があるというので一緒に買ってもらった。私はチョコミントにした。ミッちゃんは抹茶で二人とも緑色だ。ショッピングモールのゲームセンターエリアでベンチに腰掛けていた。
「先輩も鼻についますからね。っつーか橋本っているんですよ、男子バスケに」
私は頷くついでに鼻をこする。本当だ、アイスついてた。やだやだ。
「練習観に来たいんだって」
「いいんでない?」
入部希望だろうか、でも今バスケ部って言わなかったか橋本。
「意味わかってます?」
「橋本がミッちゃんのこと好きってことでしょ?」
入部して三ヶ月の一年生が異性のクラスメイトを部活に連れてくるなんて、別に悪いことではないけれど一応お伺いは立てておいて間違いないだろう。
「ちがーう!」
Fuuuu~!と私が肘で突くのをミッちゃんが「もおっ!」と叩き落とす。このくらいで照れてどうする、橋本が練習を見に来たら私だけでなく皆から冷やかされるだろうに。
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