第八話
五月十八日、土曜日。朝九時。
私と瑠衣は、学園の北端に位置する「ドローン管理棟」の前に立っていた。
「……うわ」
思わず声が漏れる。
藤が丘ツアーの時にも見学した施設ではあったけれど、改めて見ると圧巻である。
目の前にそびえ立つのは、全面ガラス張りの近未来的な建物だ。高さは優に十階建てはあるだろう。外壁には無数のLEDパネルが埋め込まれていて、リアルタイムで空撮映像やドローンの飛行ルートが映し出されている。
建物の周囲には、着陸パッドがいくつも設置されていて、配送用ドローンが次々と離着陸を繰り返している。その様子はまるで、巨大な蜂の巣のようだ。
ドローンは、荷物を抱えて飛び立ち、また別のドローンが着陸する。その動きは完璧に同期していて、まるでバレエを見ているようだった。
空には、透明なチューブ状の「飛行レーン」が張り巡らされている。ドローンたちは、そのレーンに沿って飛行しているのだ。レーンの内部には、淡い青色の光が流れていて、交通整理をしているらしい。
「ひなちん、これマジで高校の施設? 宇宙ステーションじゃね?」
瑠衣が呆然とした声で言う。
「だよねー……」
私も同意する。
まるでSF映画のセット。でもこれが日常って、この学園ヤバすぎる。
普通の高校なら、せいぜい体育館と校舎があるくらいなのに。この学園は、一つの都市みたいだ。
エントランスに近づくと、自動ドアが開く前に、空中にホログラム映像が浮かび上がった。
『Welcome to Drone Management Building』
『ドローン管理棟へようこそ』
『欢迎来到无人机管理大楼』
『Добро пожаловать в здание управления дронами』
多言語対応のAI案内だ。しかも立体映像で、指で触れると言語を切り替えられるらしい。英語、日本語、中国語、ロシア語……少なくとも十カ国語以上は対応しているようだ。
「すげー……」
瑠衣が感嘆の声を上げる。
「留学生も多いから、多言語対応は必須なんだろうね」
私が説明する。
この学園には、世界中から優秀な学生が集まっている。だから、こういう配慮も必要なんだろう。
私たちがエントランンスに足を踏み入れた瞬間、
『ピピッ』
SAが反応した。
『入館検知。宇佐美陽菜、宮下瑠衣。顔認証完了』
『虹彩スキャン実施中……認証完了』
『体温測定:36.4度、36.6度。正常範囲』
『心拍数:72bpm、78bpm。正常範囲』
『血圧:正常範囲』
『血中酸素濃度:98%、97%。正常範囲』
『入館を許可します』
「え、今の一瞬で全部測ったの?」
瑠衣が驚いて言う。
私も驚いた。
顔認証だけじゃなく、虹彩スキャン、体温、心拍数、血圧、血中酸素濃度まで。
一瞬で。
どんなセンサー使ってるんだ、このシステム……。
同時に、天井から細かいミストが降ってきた。
「うわっ!」
「自動消毒システムだって」
私が説明する。画面にそう表示されていた。
ミストは無臭で、肌に触れるとすぐに蒸発する。おそらくナノレベルの除菌剤なんだろう。
服にも髪にも、まんべんなくミストがかかる。でも、濡れた感じは全くない。本当に、一瞬で蒸発してしまう。
「この学園、どこまでハイテクなんだよ……」
瑠衣がため息をつく。
私も同感だ。
入学してから二ヶ月経つけど、未だにこの学園の技術力には驚かされる。
エントランスホールは吹き抜けになっていて、天井には巨大なディスプレイが設置されている。そこには、リアルタイムで学園全体のドローン配送状況が表示されていた。
数百機のドローンが、まるで血管を流れる血液のように、学園中を飛び回っている。
画面には、各ドローンの位置、速度、積載量、目的地が表示されている。
ドローンたちは、完璧に制御されていて、一機も衝突することなく飛行している。
その光景は、圧巻だった。
「これ、全部AIが管理してるんだよね……」
瑠衣が呟く。
「そうだね」
私も頷く。
人間には、絶対に管理できない数だ。
AIだからこそ、可能な芸当。
でも、それが当たり前になっている、この学園。
改めて、この学園の異常さを実感する。
「宇佐美さん、宮下さん!」
声をかけられて振り向くと、三十代くらいの男性職員が立っていた。名札には「田中」と書かれている。
「お疲れ様です。本日のドローンテストバイト、よろしくお願いします」
田中さんは、私たちを奥の部屋へと案内した。
廊下を歩きながら、私は周囲を観察する。
壁には、透明なパネルが埋め込まれていて、そこにもドローンの飛行データが表示されている。
床は、微かに光っている。おそらく、センサーが埋め込まれているんだろう。
天井には、小型のカメラとセンサーが無数に設置されている。
この建物全体が、一つの巨大なシステムなんだ。
部屋に入ると、そこには巨大なモニターと、AR(拡張現実)用のゴーグルが並んでいた。
モニターには、3Dマップが表示されていて、リアルタイムでドローンの位置が更新されている。
「まず、今日の作業内容を説明しますね」
田中さんがタブレットを操作すると、空中にホログラム映像が浮かび上がった。
ドローンの3Dモデルだ。
しかも、指で触れると回転させたり、拡大したりできる。
「すげー……」
瑠衣が目を輝かせる。
私も、思わず手を伸ばして、ホログラムに触れてみる。
ドローンのモデルが、私の指の動きに合わせて回転する。
内部構造まで見える。バッテリー、モーター、センサー、カメラ……全てが精密に再現されている。
「今日テストするのは、この新型配送ドローンです。最大積載量は五十キロ。GPS+ビーコン併用の精密航路制御システムを搭載しています」
田中さんが説明を続ける。
「さらに、障害物回避AIと、緊急着陸システムも搭載しています。万が一、システムエラーが発生しても、安全に着陸できるようになっています」
「へー……」
瑠衣が感心している。
「皆さんには、倉庫で荷物の積み込み作業を手伝ってもらいます。ドローンが正しく荷物を認識し、適切に運搬できるかをテストするためです」
「時給は1500SP。さらに、作業効率に応じてボーナスSPが最大2000SP付与されます」
「マジで!?」
瑠衣の目が輝いた。
時給千五百SPは、学生バイトとしてはかなり高額だ。しかもボーナス付き。
普通の学食バイトだと、時給八百SPくらいだから、倍近い。
「ただし、作業は結構ハードですよ。覚悟してくださいね」
田中さんが苦笑する。
私と瑠衣は顔を見合わせた。
「まあ、やるしかないよね」
「うん、だるー。でも金は欲しい」
瑠衣が肩をすくめる。
私も同じ気持ちだ。
SPは、いくらあっても困らない。
特に、この学園では。
こうして、私たちのドローン管理棟バイトが始まった。
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