第六話

入学式から一週間。

 ここ、私立藤が丘高等学校での生活にも少しずつ慣れてきた……なんて言えるわけがない。

 教室の空気は、張り詰めた弓のようにピリピリしていた。


「はい、では今から第一回学力テストの結果を発表します」


 担任の佐藤先生が、端末を操作しながら教壇に立つ。

 教室中に、ゴクリと唾を飲む音が響く。

 この学校において、テストの点数は単なる学力評価ではない。それはSP(スチューデント・ポイント)に直結する「資産」であり、カーストを決定する絶対的な指標だ。


「今回のテストは、全科目合計500点満点。平均点は……312点でした」


 先生が淡々と告げると同時に、全員のスマホが一斉に震えた。

 SA(Student App)からの通知だ。平均点以下だった生徒の端末からは、心なしか『残念でした(笑)』という幻聴が聞こえてきそうな低いビープ音が漏れている。


「では、成績上位者から順にデータ送信します。まず、学年トップ」


 先生の視線が、レーザーポインターのように私を射抜いた。

 嫌な予感しかしない。背筋に冷たいものが走る。


「宇佐美陽菜さん」


 あーあ、やっぱり。

 クラスメイトの視線が突き刺さる。値踏みするような、あるいは獲物を見るような目。


「……全科目満点。500点満点中、500点です」


 ピロン♪

 間の抜けた電子音と共に、私のスマホ画面に信じられない通知が表示された。


『Congratulation! 完全正答ボーナスを確認。』

『インテリジェンス・ランク:SSS』

『特別奨学金:150,000 SP 付与!』


15万!? とんでもない金額に、心臓が跳ね上がる。と同時に、私は、ハッとして周りのクラスメイトたちのほうを見る。


 シーン。

 教室が凍りついていた。いや、正確にはSAが全員の心拍数の急上昇を検知して、空調を「冷却モード」に切り替えたのかもしれない。寒い。


「素晴らしい成績です。入学試験首席合格者の実力、見事に証明されましたね」

「あ、はい……どうも」


 先生の言葉に、教室が爆発したようなざわめきに包まれる。


「マジで満点!? AIの採点ミスじゃねえの?」

「全科目って……人間業じゃねえ……」

「さすが入試トップ……歩く攻略本かよ」


 私は顔を伏せる。

 目立ちたくない。平穏無事に、空気のように過ごしたい。

 でも、この学校のシステムは、私に「普通」を許してくれないらしい。



 昼休み。

 食堂前方に設置されているあの忌まわしい大型モニターが起動した。


 ファンファーレと共に、私のテスト本番中の映像がデカデカと映し出される。


『速報! 一年生の第一回学力テスト結果発表✨』

『学年トップは……1年A組 宇佐美陽菜さん!』

『全科目満点という快挙を達成!!』


 公開処刑だ。これ、人権侵害で訴えられないかな。

 さらに、無慈悲な数字が全校生徒に晒される。


【総合得点:500/500】

【国語:100 数学:100 英語:100 理科:100 社会:100】


 食堂内が、どよめきを通り越して悲鳴に包まれた。

 近くにいた先輩らしき人が、SPに飢えた獣のような目で私に詰め寄ってくる。


「君すごいね! 満点なんて、私には絶対無理……あやかりたい! その脳みその欠片を煎じて飲ませて!」


「いや、そんな……たまたまヤマが当たっただけですから」

「全教科ヤマが当たるなんて、予知能力者かよ!」

 周囲の人たちが、次々と私に群がってくる。まるで砂糖に群がるアリだ。


「私、隣のクラスの黒木って言います!宇佐美さん、今度勉強教えてくれない? 1時間100SP払うから!」

「宇佐美さんって、可愛いよね……」

「なぁ、宇佐美さんに告ったら、ワンチャンある?」

「ある訳ないだろ、お前は自分の残高(スペック)を見ろ!」


 男子たちの会話も聞こえてきて、私は引きつった笑みを浮かべるしかなかった。

 やめて。私を見ないで。

 そんな中、瑠衣が私の肩をポンと叩いた。


「ひなちん、すごいじゃん! 改めて、天才だって実感したわー。なんか遠い人のように感じるよ」


 瑠衣はいつものギャルっぽい笑顔で言ってくれたけれど、その目の奥が寂しそうにしているのを、私は見逃さなかった。


「瑠衣……」

「しかもさ。ひなちん、最近モテ始めてない? なんか、男子も女子も、ひなちんのこと見る目が変わってきてるよね」


 瑠衣が冗談めかして言うけれど、声のトーンが低い。


「大丈夫だよ。瑠衣は私の大事な友だちだから。そこは揺るぎない事実」


 私がそう言うと、瑠衣は少しだけホッとした顔をした。


「うれしー! ありがと」

 

 友情維持費(カフェ代)くらい、私が奢るから元気出してよ、瑠衣。


 * * *


 その日の放課後。生徒会室。

 ここだけ別世界のように優雅な空間で、麗奈は窓の外を見つめながら、スマホの画面を凝視していた。

 画面には、陽菜の満点の成績表と、試験中の生体バイタルデータが表示されている。


「……心拍数、ほぼ一定。迷いなし。やはり、すごい人」


 麗奈は呟いた。

 自分も入学試験は首席だったし、学力には自信がある。だが、陽菜のそれは「処理能力」の次元が違う。

 美しい。その知性が、その存在が。


「会長? 画面に穴が開きますよ」


 副会長の橘美月が、呆れたように書類を持って近づいてきた。

 美月は2年生で、麗奈の右腕。この学園で唯一、麗奈にツッコミを入れられる貴重な人材だ。


「……何でもありません。1年生のデータ分析をしていただけです」


 麗奈は慌ててスマホを伏せたが、画面にはまだ陽菜の顔写真が残像のように焼き付いている。


「……分析ね。最近よく1年A組の方を見てますよね。しかも、宇佐美さんの名前が出ると、いつも顔が緩んでますよ」


「な、何を言っているんですか。 私は生徒会長として、優秀な生徒を注視しているだけで……」


「ふふ、見ていることは否定しないんですね」


 美月がクスクスと笑う。

 麗奈は観念して、小さくため息をついた。その吐息すらも上品だ。


「……認めます。宇佐美さんのことが、気になっています。どうしようもなく」

「やっぱり。会長が誰かに執着するなんて、珍しいですね」

「でも、最近全然話せていないんです。生徒会の仕事が忙しくて……」


 麗奈の声が、しゅんと沈む。

 

「そういえば、来週『藤が丘ツアー』がありますよね。1年生向けの校内見学イベント」

「ええ。生徒会は運営と引率を担当します」


 美月が、悪戯っぽくニヤリと笑った。


「会長、チャンスじゃないですか? 引率役なら『公務』です。会話ログも業務報告に含まれるので、課金判定が甘くなる裏技がありますよ」

「本当ですか」


 麗奈が食い気味に身を乗り出した。


「ええ。まあ、多少の職権乱用ですが」


 麗奈は、窓の外に広がる広大なキャンパスを見つめた。

 来週のツアー。

 陽菜に会える。合法的に、至近距離で。

 そう思うだけで、胸が高鳴り、手元の端末が『心拍数上昇:恋愛感情の予兆』と警告アラートを鳴らした。


「しつこいですね」


 麗奈は慣れた手つきでアラートをスワイプして消した。


* * *


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