第四話


* * *


その頃:2年A組・天川麗奈

 その頃、2階にある2年A組の教室。

 生徒会長・天川麗奈は、自身の席で凍りついていた。

 視線は、教室前方のモニターに釘付けになっている。


 画面の中には、宇佐美陽菜が映っていた。

 少し恥ずかしそうに、けれど真っ直ぐな瞳で語る彼女。

『恋は、気づいたら、そこにあるものだと思います』


 その言葉が、麗奈の鼓膜を震わせ、心臓を鷲掴みにした。

 ドクン、と胸が大きく跳ねる。

(……ああ)

 麗奈は、息をするのも忘れていた。

 入学式のあの日。非常階段の下で、過呼吸に苦しむ自分を助けてくれた少女。

 自分の地位も、財産も、何も気にせず、ただ一人の人間として心配してくれた、温かい手。


 あの日からずっと、彼女のことが頭から離れなかった。

 これは感謝なのか、それとも――。

 その答えを、今、画面の中の陽菜が教えてくれた気がした。


『気づいたら、そこにあるもの』


(そうです。まさに、その通りです)


 麗奈の頬が、カッと熱くなる。

 気づいたら、もう手遅れなほどに、彼女のことが気になっていたのだ。

 画面には【本年度 入学試験 主席合格者】というテロップが出ている。

 麗奈は目を見開いた。


(主席……? 私と同じ……)


 ただ優しいだけじゃない。自分と同じ、頂点を知る知性まで持っているなんて。

 完璧だ。

 運命としか思えない。


「ねえ天川さん、見た? 今の一年生」


 隣の席の女生徒が興奮気味に話しかけてきた。


「すっごく可愛い子だね! しかも主席だって。才色兼備ってやつ?」

「……ええ」

「なんかさ、言葉選びも素敵じゃない? 『システムのエラーみたいに』とか、グッときちゃった」

「そうです、ね」


 麗奈は曖昧に返事をし、スマホを取り出してSAアプリを開いた。

 検索窓に『宇佐美陽菜』と打ち込む。


 表示されたプロフィール画面。

 【注目度:急上昇中(Sランク)】の文字が、麗奈の焦りを加速させる。


(会いたい……)

 今すぐにでも会って、確かめたい。

 この胸の痛みが何なのか。

 そして、彼女に伝えたい。あなたの言葉に救われたと。


 麗奈は立ち上がろうとしたが、すぐに思い留まった。

 生徒会長がいきなり1年の教室に乗り込むなんて、不自然すぎる。職権乱用だと騒がれるかもしれない。


 麗奈は必死に頭を回転させたが、特にいい案は思い浮かばなかった。



* * *


 昼休み。

 私は瑠衣に連れられて学食に来ていたが、そこは地獄だった。


「あ、あの子だ! モニターの子!」

「宇佐美さんだよね? 実物もっと可愛い!」

「主席なんだって。すげー」

「写真撮っていいかな?」


 廊下を歩くだけで視線が突き刺さる。

 ヒソヒソ話が全部聞こえてくる。

 私は顔を伏せ、瑠衣の背中に隠れるようにして歩いた。


「ひなちん、大人気じゃん! アイドルみたい!」

「やめて……。目立ちたくないのに……」

「えー、もったいない。私なら調子乗ってSP稼ぎまくるけどなー」


 瑠衣は能天気に笑っている。

 学食で、私はいつもの『B定食(唐揚げ):650 SP』を購入した。

 瑠衣は『A定食(ハンバーグ):680 SP』。


 席について、少し立つと配膳ロボが私達の食事を運んできてくれた。

 唐揚げはジューシーでとても美味しかった。でも、口に運ぶ動作一つ一つが見られている気がして、あまり食べた気がしない。


 ふと、瑠衣の口元にデミグラスソースがついているのに気づいた。


「瑠衣、口についてるよ」

「え? どこ?」

「ここ」


 私は無意識に、近くに備え付けられていた紙ナプキンで瑠衣の口元を拭った。

 その瞬間。


『ピロン♪』

『親愛行動検知:世話焼き(母性)。10 SP 消費』


「……は?」


 私のスマホが通知を出した。

 瑠衣の口を拭いただけで10ポイント!?

 瑠衣が「ひなちん、イケメン……」と顔を赤らめている。


 やめて、その反応がまたAIの誤解を招くから!

 早々に食事を終えて学食を出ようとした時だった。

 前方から、オーラを纏った集団が歩いてきた。


 生徒会の一行だ。

 その中心に、彼女はいた。

 天川麗奈。


 凛とした立ち姿。完璧に整えられた制服。

 彼女は私を見つけると、一瞬だけ目を見開き、そして――微笑んだ。


「宇佐美さん」


 鈴を転がすような声。

 周囲の喧騒が一瞬で消えた気がした。


「あ、会長。こんにちは」

「さっきの映像、見ましたよ。素晴らしいスピーチでした」

「い、いえ。 あんなの……恥ずかしいだけです」


 私が俯くと、麗奈は一歩近づいてきた。

 甘い花の香りが鼻腔をくすぐる。


「『気づいたら、そこにある』……私も、最近そう思うことがあるんです」

 麗奈の瞳が、熱っぽく私を見つめている。


 その瞳の奥にある感情の正体を、私はまだ知らなかった。


「宇佐美さん。今日の放課後、少しお時間いただけますか?」

「え?」

「あの場所――第一体育館の裏で、お待ちしています」


 意味深な言葉を残し、麗奈は去っていった。

 残された私は、心臓が早鐘を打つのを感じていた。

 あの場所って、まさか。

 隣で瑠衣がニヤニヤしている。


「ひなちん、生徒会長に呼び出し? もしかして……告白?」

「な、ないない! 絶対ない!」

「でも、会長の顔、すっごく乙女だったよ?」


 私は否定したが、胸のざわめきは収まらなかった。

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