第4話 ベクトル

夏休み中、私と理玖は、毎日のように一緒に勉強した。

同じ塾の夏期講習を受け、夏期講習が終わったら自習室で塾の課題をこなした。

志望校を同じくしたので、一緒に過去問を解いて、対策を練ったり。

「受かったら、一緒に学食行こうよ。美味しいって噂だよ」

「一年生のうちは同じ授業も多そうだね」

そんな話をすると、胸が躍り、モチベーションがどんどん上がった。

理玖と私のベクトルが、同じ方向を向いている。それを感じて、嬉しかった。


夏期講習が終わった夏休み終盤。家で勉強していたら、理玖から一本のメッセージが入った。

「半日だけ、息抜きしない?」

私は問題集を閉じ、即答した。

「する!」


午後、駅前に着くと、理玖は先に待っていた。

白Tシャツにグレーのシャツを羽織り、紺のパンツという姿。

制服ともさほど変わらない、無駄を削ぎ落とした格好。

それでも、学校や塾以外で見る理玖の姿は、なんだか眩しくて、直視しづらかった。

かくいう私は、塾に行く時よりもお洒落をしていた。

相手は理玖だ、調子に乗ってはいけない、と思いつつ、ウキウキして準備する自分がどこか愛しかった。


理玖は私を見ると、開口一番、こう言った。

「その傘、綺麗だね」

…褒めるとこ、傘かい。と思いながら、お気に入りの日傘だったので、くるりと回して自慢した。

「カッコいいでしょ。16本傘。グラスファイバーだよ。丈夫で強い。」

理玖が笑った。

「ピィちゃん、デザインより強さで選んだの?」

「当たり前じゃん」

「ピィちゃんらしいね」

理玖が私の背中をポンと叩いた。私は頬が熱くなったが、それは暑さのせいにした。


私たちがバスで向かった先は、ダム。

私が、行き先として提案したのだ。

理玖は、普通はカフェとか水族館とか言わない?と笑いつつ、着いてきてくれた。

「意外と涼しくて良いね」

ダムに着くと、理玖が言った。

「でしょ。夏に来るの、おすすめだよ。小さい頃から何度か来てるんだ。はぁ…何度見てもかっこいい…」

私は、その計算し尽くされた無駄のない構造に改めて感動し、ため息をついた。

「俺、実は初めて。綺麗だね。あの曲線も、水の出方も。寸分の狂いもない」

理玖も絶対好きだろうな、と思って連れてきたので、私はにんまりした。


休日に2人で出掛けている。側から見るとデートかもしれないが、私達の中にはそんな甘い空気は無かった。

ダムを見ながら、ひたすら、曲線の美しさや構造の強さを話しているのだから。

…でも、私たちらしくて、楽しいな。ずっとこんな時間が続けば良いのに。

そう思った。


帰りのバスは空調が異常に冷えていたので、私は身震いした。

そんな私を見て、理玖は羽織っていたシャツをそっと私にかけた。

私はドキッとして、暑いのか寒いのかわからなくなってしまった。

理玖を見ると、何事もないかのように平然とした顔。

…これは、天然なのか?計算なのか?

どちらにしても、私の頭の中で理玖が占める割合は、どんどん大きくなっていた。


…理玖とずっと、こんな風にいられたらいいな。

私はやっぱり、理玖が好きなのかな…。

ただ、それを自覚してしまうと、勉強に集中できなくなってしまうと思い、私は目を閉じ、寝たふりをした。

蝉の声がうるさいほどに響く中で、

夏の終わりの足音だけが、静かに近づいてきていた。

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