第3話 仮定と探索

7月。夏の日差しが本格的に私たちを照りつけていた。

私の成績は、メンタルの状態を反映するかのように、安定し、むしろ少し上昇していた。

期末テストは学年43位。

模試の結果、K大医学部保健学科はB判定。

「良い感じじゃん」

理玖が私の結果表を覗き込んで、私の頭をくしゃっと撫でた。

私は、やめてよ!と笑いながら、理玖の手をどけた。


帰り支度をしていたら、クラスメイトの由依が、急に私に話しかけた。

「ピィちゃん、理玖くんと、ますます良い感じじゃん」

私はドキッとしつつ、平静を装って答えた。

「べ、別に?いつも通りだよ」

「えー、ついに付き合ったのかと思った」

由依は恋バナが大好きなのだ。

「付き合ってなんて、無いよ」

「えー、じゃあ、片想い?理玖くんの」

理玖の…?私ならともかく、理玖?周りからはそう見えるのか?

「そんなこと…なんで、そう思うの?」

「だって理玖くん、ピィちゃんにだけ明らかに距離、近くない?」

私は顔の温度が上昇するのを感じながら、そんなことない、気のせいだよ、と答えた。


本当のことを言うと、心当たりはあった。

確かに理玖は、さっきみたいに、ナチュラルに私の頭を触ったりする。

私以外の女子には、やらない気もする。

――なんで?気を許せるから?兄妹って感じ?それとも…?

私は少し鼓動が早くなるのを感じ、今度、理玖の気持ちをちょっと探ってみよう、と思った。

疑問があれば、答えを出したい。それが私のポリシーだった。


夏休み初日。私と理玖は、当たり前のように、図書室で一緒に勉強していた。

どちらかから約束するでもなく、自然に。

私は一息ついて、図書室から道路を挟んで向かいに建築中の建物の骨組みをぼうっと見た。

「何見てるの?」

理玖が聞いた。

「いや、それ。カッコいいな、と思って。」

私は答えた。理玖も窓の外を見た。

「確かに。美しいね。綺麗な構造。」

…またそれか。私はその骨組みに、少し嫉妬した。


私は理玖に聞いてみた。

「ねえ、理玖はさ、数学以外で、綺麗だなって思うもの、ある?」

唐突な質問に、理玖は頭を捻った。

「うーん……何だろう…」

「例えば、女の子とか」

「あ、ある。あの、5組の篠原さん」

理玖が顔を上げて、言った。

篠原さんは、非の打ち所がない美人で、去年の文化祭のミスコン優勝者だ。

私はだいぶダメージを受けたが、もう一歩踏み込んだ。

「篠原さんね。…どのへんが?」

「ほら、顔のパーツが左右対称で、歯並びも整ってて、ズレがほぼない。あれは綺麗だと思う」

私は吹き出した。

「それ、数学的すぎない?もっとこう、違う観点、ないの?」

理玖は篠原さんを、図形的に美しいと考えているだけか。少しホッとした。

「違う観点、ねぇ…そうだなぁ…」

理玖は屋外で練習している吹奏楽部の部員を見た。

「あの人。高橋さん、だっけ。フルート吹いてるでしょ」

「高木さん、ね」

2組の高木さんは、ふわっとした可愛い人だ。フルートで音大を目指しているらしい。

私はもう一度、胸にズキっとした痛みを感じながら、聞いた。

「どのへんが綺麗と思うの?」

「あの音。すごく音程が正確で、ピタゴラス音律にすごく近い。倍音も綺麗に揃ってる。あの音は美しいよね」

「……人っていうか、音だし、結局数学じゃん」

私は呆れた。と同時に、安心した。

少なくとも理玖は、篠原さんも高木さんも、その人自体に心惹かれている、という訳ではなさそうだ。


私は調子に乗って、さらに踏み込んだ。

「じゃあさ、私は?」

理玖は一瞬、沈黙し、私の顔をじっと見た。

「……ピィちゃんは、そうだなぁ。なんか、不規則だよね」

私はムッとした。…それ、失礼すぎない?

「どうせ私は、美人でもないし、歯並びも綺麗じゃないよ」

私はぷいと顔を逸らした。

理玖は笑った。

「ごめんごめん。そうじゃなくて。ピィちゃんって、合理的に見えてたまに突拍子もないことを言ったり、俺の思い付かない方向から問題を解こうとしてたりするじゃん。その、読めない感じが、面白い。見てて飽きない」

「…それ、褒めてんの?」

私はじろっと理玖を見た。

「もちろん」

そう言って、理玖はいつものように、あっけらかんと笑った。


テンションが下がったり上がったりで、心臓が、ドクドク言っていた。

不規則なのは、私の心臓かもしれない。

私は結局、その日、理玖の私への気持ちを、解き明かすことはできなかった。

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