第2話 場合分けと確率

「理玖は、進路もう決めた?」

新緑の眩しいゴールデンウィーク明け、学校での草むしりの最中、私は理玖に問いかけた。


その日は4月の実力テストが返却された日。理玖は相変わらず数学は学年1位、総合でも11位。私は数学は6位、総合52位という微妙な位置で、上にも下にも行けず停滞していた。

1学年300人程度いるので、私は成績は良い方だ。ただ、経済状況的に、できれば国公立大に進学したい私にとっては、微妙な位置だった。


「決めてるよ。K大の理学部」

理玖がさらりと答えた。

理玖が言うその大学は、地元の名門私立大学。有名な学者を複数輩出しており、数学者になりたいという理玖にとっては、あまりに自然な進学先だった。

私には、とてもじゃないけれどきっと届かない。

「迷うこと、ないの?」

「今のところ、ないね」

「うーん、K大理学部かぁ…」

私は軍手に顔をうずめた。


「ピィちゃんは迷ってるの?何と何で?」

「うーん…親は手堅く医療系の資格取れるところにしなよっていうし…それは確かにそうだし…でも決めきれないというか…まだモヤモヤしてる」

「他にやりたいことがあるの?」

「よく分かんない…数学は好きだけど、理玖みたいに学者になろうとは思わないし…」

「迷ってるなら、K大にしようよ。医学部保健学科もあるし、生物いらないよ」

理玖はさらりと言った。


私は少しだけ、胸が跳ねたけれど、それに気づかないふりをした。

「……なんで?私と一緒にいたい?」

私は冗談めかして言った。

「うん」

理玖はあっさりと答えた。

今度こそ、私の胸がしっかりと跳ねた。

私は理玖の表情を見た。いつもと変わらない、少しとぼけた顔。

私は、それ以上、理玖に、なんで?とは聞かないことにした。

聞いたところで、ダメージを受ける確率の方が高いと判断したのだ。

私は手元の雑草をこねくり回した。

初夏の陽気が、私達の上に降り注いでいた。


私は、帰宅後、頭の中を整理するため、場合分けと確率の図を描いていた。

何かに迷った時は、いつも、私はこうしていた。

そして、一番合理的で、リスクが低いものを選ぶ。

それが私の、これまでの生き方だった。


①K大理学部

→受かる確率、30%

→就職安定性、30%

→親の賛成、30%

→自分の興味、50%

→理玖と一緒にいられる、100%


②K大医学部保健学科

→受かる確率、70%(理学部より難易度低い)

→就職安定性、90%

→親の賛成、80%(私立だが自宅から通えるし、国家資格も取れる)

→自分の興味、40%

→理玖と一緒にいられる、90%


③第三の選択肢

→受かる確率、30%

→就職安定性、40%

→親の賛成、50%?

→自分の興味、??

→理玖と一緒にいられる、5%


…描いてみたら、明らかじゃん。

私は、ふぅっと息をついた。

理玖がどうとかを抜きにしても、②が一番、現実的な選択だ。

――②にしよう。そう決めた。

理玖に誘われたからじゃない。自分で決めたんだ。

私は、この時は、そう思っていた。


だが、私は致命的な計算ミスをしていた。

それぞれの事象の”重みづけ”を、適切にしていなかったのだ。

私はそのミスには気付かずに、自分の方向性が定まったことに安堵していた。


――これでいこう。理玖と一緒なら、頑張れる気がする。

そう思い、ベッドの中で眠りについた。

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