点Pは動き続ける

第1話 座標平面

「あーもう!なんで点Pは、こんな動きをするんだ!!」

私は、放課後の教室で数学の問題を解いていた。

点Pが動く軌跡の形を問う問題。

…分からない。なんで、こんな動きかたをするんだ。

私は行き詰まり、言うことを聞かない点Pに怒りを向けて、問題集をバサっとひっくり返した。

その拍子に、向かいに座っていた理玖(りく)のシャープペンが落ちた。

「あ、ごめん」

私は慌てて言った。

「全然。どの問題解いてるの?…ああ、これね」

理玖が、ふんふん…と問題文を読み、ニヤリと笑った。

「これ、点P、いい動きするね。軌跡、めっちゃ綺麗だよ。ピィちゃん、頑張って解いてみな」

「解けないんだよー、難しい」

「教えよっか?」

「断る」


私は問題集を取り返して、しばらくその図を睨んだあと、点Pにハートマークをつけて、その上に”P子”と書いた。

「何してんの?」理玖が聞いた。

「名前つけたら、愛着出るかなと思って」

私は答えた。

理玖がぷっと吹き出すのを無視して、私は、P子ちゃん、ちょっと止まって…と呟きながら解き続けた。

理玖は声をあげて笑った。

「止まっちゃったら、問題にならないじゃん。動いてるから面白いんだよ。」

悔しいけど、一理あるな、と思った。


ピィちゃんと呼ばれている私は、高校3年。

陽依(ひより)という名前が、”ひぃちゃん”から、”ピィちゃん”へと変化した形で、皆からそう呼ばれている。

向かいに座る理玖は、高一の頃から同じクラスの同級生。高三でも、同じ理系の物理・化学選択で授業はほぼ一緒だった。

趣味嗜好はまるで違うが、お互い数学が得意、ということで、テスト前などにはよく一緒に勉強していた。


私は、数学を、パズルを解く感覚で楽しんでいる。小さな頃から、数独などの数字パズルにはまっていた。

某探偵アニメのセリフではないけれど、”正解はいつも一つ”なので、それに向かって突き詰めていくのが楽しい。

試行錯誤して解けた時の達成感が、やみつきになる。

そして何より、数字は、曖昧さがない。その確実さが、カッコいい。

それで数学が好きだった。


いっぽう、理玖は、芸術肌というべきか、数字の性質や定理に対して「美しい」とか言っちゃうタイプ。

解に辿り着く過程の途中式がだんだん形を変えていく様子や、図形の性質を一元化する定理そのものに、惹かれるらしい。

ノートにサラサラと図形を描きながら、「ピタゴラスの定理ほど、美しい定理は無いよね」なんて言っちゃって。

私にはよくわからなかった。私にとっては公式や定理は、解を導くための手段、いわば敵を倒すための武器のようなものだったから。


悔しいのは、数学のテストでは私は理玖に一度も勝てていない、ということだった。

理玖はいつも一位。私は最高でも二位。

私は今度のテストこそ理玖に勝ちたくて、必死に問題集を解いていた。

「そんなにしかめっつらすると、しわになるよ。はい、糖分」

理玖がチョコレートを一粒、私に差し出した。

私は口を開けて、入れてくれるのを待った。

理玖はふっと笑って、そのチョコをポーンと上に放り投げた。

私は慌ててそれを口でキャッチした。

理玖は手を叩いて笑った。

「綺麗な放物線!ピィちゃん、ナイスキャッチ!」


くだらないけれど、ちょっとむかつくけれど、私は、理玖と過ごす時間が、楽しくて好きだった。

理玖は、頭が良いのに、気取らない。いつも自然体で力が抜けている。

理玖のくしゃっとした笑顔を見ると、悩みとか不安とか、色々と考えすぎて凝り固まった私の頭の中が、ふわっとほぐれる感じがした。


高三の春。私達は、点Pの軌跡は気になるけれど、自分たちの軌跡については、まだ想像できていなかった。

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