第1章 - 第3話

沢渡先生に連れられてやって来たのは職員室の隣に並んだ面接室の一室だった。


こじんまりとした部屋だけど、落ち着いた色合いの4人掛けの応接セットにサイドテーブル、背の高い観葉植物まであって、あまり学校の中のような気がしない。

先生にうながされるままソファに腰を下ろす。


「先生、ご紹介ありがとうございました。今のところちゃんとやっていけそうな気がしてます。……まだ、何もわかってないですけど」


「うん。見事に気のいい顔触れが揃ったクラスなんだよ。ややこしい話をする前に、ちゃんと日向を助けてくれる同級生がいるってことを知っておいてもらいたかったんだ」


どうやら先生は、わたしの心が折れそうなところを救ってくれていたらしい。


「ややこしい話というのはこれ、ですか……?」


あくまで視線は向けず、顔を背けながら自分の腕時計を指さしたわたしに先生が苦笑する。


「うん、まぁそれもひとつ。実用目的でつけている腕時計なら、外しておくことをお勧めするよ。やっぱりこう、通常とは違う動きをするものが視界に入るというのは落ち着かないだろう。まずはね」


先生はそう言ってサイドテーブルの上にあったものを順番にローテーブルの上に並べていく。


「まずはこれから。陽雁専用のスマートホン。

外から持ち込んだ端末もこの端末も必須授業の間にあからさまに触らなければ持ち込みも使用も自由。マニュアルはこっちだよ。


学校やクラスからの通知はこの端末に届くから朝晩の2回はチェックしてほしいかな。バイタル管理のためにも必要だから目を通す癖をつけてね。他にも色々学生生活に便利なアプリがあるんだけど、それは俺からじゃなくてクラスのみんなから聞いてほしい。俺が学生産のアプリの説明をするのも野暮だから」


「あの、先生。陽雁専用って、何ですか?」


おそるおそるそう聞けば、先生は待ってましたとばかりに破顔した。


「うん、そうだよね。まずそこが気になるよね。じゃあ最初に重たい話をしよう。

入学したばっかりの新入生にこの話をするとね、喜ぶタイプ、絶句するタイプ、その場では実感が湧かなくても後からじわじわダメージをくらうタイプ、貧血を起こすタイプ、聞いてないぞと叫ぶタイプとまぁ、色々いる。反応のバリエーションは色々あるから、まずは落ち着いて聞いてほしい。


あ、ちなみに俺もここの卒業生なんだ。俺も、というよりここの教職員はほとんどが卒業生なんだけどね。だから君たちの通る道は俺たちも通ってきた道だ。抱え込まず、キャパオーバーだと感じた際のリアクションは素直にわかりやすくお願いしたい」


「先生、前置きが怖すぎます」


「ごめんごめん、脅すつもりじゃないんだよ。君もうっすら気づいてるだろう? 俺が君を迎えに行って合流したのは8時半。そこから車での移動も10分足らずだ。なのに学校につくや否や急かされて校内を猛ダッシュ。教室にたどり着いたら9時半。さすがにおかしいと思うよね」


「……やっぱり可笑しいですよね?」


ついさっき自分で反芻したばかりの内容を沢渡先生が指折り確認してくれながら肯定した「おかしい」という言葉に頷いて同意してしまう。


「うん。可笑しいとも。そのスマホの電源を入れてごらん」


陽雁専用と手渡された端末だけど、電源や音源ボタンは馴染みの配置だ。言われるまま立ち上げたロック画面の表示にまた首をひねる。


「―――――先生。この表示、どういう意味ですか?」


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20XX/5/7.wed

20XX/6/16(J1)

10:03

OUT:春/初夏

IN:恒常

OTHER:夏/梅雨(濃度↑)

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「それが答えになるんだよ。それが陽雁で生活するのに欠かせない情報なんだ」

「……今日の日付と、おそらく現時刻しか理解できないんですが」


「だと思う。例えば今日のことを陽雁生徒は【20XX年5月7日水曜日のJ1】あるいは【陽雁カレンダーで1回目の20XX年6月16日】と言う」


知らない単語と耳慣れない言い回しに眉間に皺がよる。


「じぇいわん……陽雁カレンダーで、1回目……?」


「そう。さらになんとなく気づいてきたんじゃないかと思うけど、うちの学校は創立者が見つけたへんてこな場所に建っていてね。さっき君と合流した樹海の外、本栖湖あたりとは時間の流れ方が違うんだ」


「……はい?」


とうとう素っ頓狂な声を出したわたしに向けられる先生の目は慈愛の目だ。冗談や戯事ではないと告げている。子供にもちゃんと理解を求める大人の目。


「うん、ゆっくり噛み砕いて理解してほしい。君がこれまで生きてきた1日24時間は、陽雁では5日120時間に換算される。単純に5倍計算だね。つまり、ここでの高校生活は3年ではなくて、15年ってこと」


「え…?」


え。いや、ちょっと待って? 


なんて?


「ご自宅のご両親に説明にうかがった際にもちょっと話しただろう?

うちの卒業生の話。あの時はお勧めポイントとして話してしまったけどね。


世間じゃ陽雁OBOGは有望だなんて言われてるけど、第一の理由としてはただ単にうちの学生生活が他より長いってだけの話だよ。うちの学生は、卒業時点でそれなりの人生経験をすでに積んでるってこと」


「えええ?」


だって、さっき、沢渡先生は自分も陽雁の卒業生だと……?


「あ、計算あわないって顔してる。俺は別に若作りなんてしてないからね。

時間の流れが違うって言ったけど、内部にいる人間の加齢時間は外のままなんだよ。心配しなくても浦島太郎みたいにはならないとも。俺が保証しよう」


「……15年? 15年って、小中高の12年よりも長いんですが…?」


そう口にしてからようやく、年数の重みにぞくりと震えが走る。多分、わたしが一番言いたいことはこういうことではない。こうではないんだけど、先生はピンときたらしい。


「そう。15年。だからまぁ、一言で言ってしまえばみんな好き勝手にやってる。

一般の高校課程の授業にくわえて陽雁特有の安全に暮らすために理解しておいた方がいいちょっと特殊な必修科目はあるけどね。何せよ5日間のうち、必修科目は正味1日半くらいなものだ。あとはまぁ、部活なり派閥なり私的な活動なり。


何に使っても学校は口を出さない。怠惰に過ごそうと思えば怠惰にも暮らせる環境だと思うよ。現実にはそんじょそこいらの高校生と比較すると勉強以外で人生を謳歌している人間が多いね。せっかく手に入れた長い青春だ。その気持ちはOBの俺にもわかる。一教師としてはフリーダムな生徒たちを手放しに肯定するわけにはいかないんだけど、卒業生としては肯定したい。


君に会いに行ったのもそれが理由だ。陽雁の新入生選抜システムはこの異常な状況をむしろ乗りこなすようなタイプしか選ばないからね。せっかくうちの適正があるのに、誘われもしないのはもったいないと思って」


「なる、ほど……?」


全然まったく、“ほど”ではない。


聞きたいこと知りたいことは山ほどあるはずなのに、今はそれしか言葉が出てこなかった。

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2026年1月2日 20:00 隔日 20:00

陽雁学園、彼岸にて。 真鳥まとり @MadoriMatori

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