第1章 - 第2話

先生に、聞きたいことはあるけど、息が……。


運動部に所属したこともなければ所属する気もなかったわたしの体力をあなどらないでほしい。恨めし気なわたしの視線に気づいたのか、沢渡先生が苦笑交じりで口を開く。


「今日の朝礼はスキップ。クラスの連中には一時限目は丸ごとホームルームにするって言ってあるから焦らないで大丈夫だよ」

「え?」


一時限目をまるまる自己紹介タイムに……? 


まさか先生、両親の入学一カ月なんて微妙すぎるタイミングでの転入になる娘が必要以上に疎外感を感じることがないようくれぐれもよろしくお願いしますの言葉に気を回してくれた? 


未来のクラスメイトに申し訳なくなりかけたわたしに沢渡先生はなんてことないように言う。


「もう9時半になるからね」


もう、9時半に? 先生と再会してから30分も経っていませんが? 


先生の言葉の意味がわからず反射的に腕時計に目を落とせば、長針と短針が軽快に「踊っていた」。ぎょっと目を剥いて凍り付く。時計回りにゆっくりまわる長針と逆回りに小気味よくまわる短針が、小刻みにプルプルしてるこれは、何……?


「外の時計は陽雁の中では正常には動かないんだ。陽雁の中であっても多少の歪はあるし、自動補正がかからないアナログ時計はあまりお勧め出来ないかな。ほら、これが今の正確な時間」


そう言って先生が見せてくれたスマホの時計は9時28分を指していた。


どういう、こと…?


とっさに朝からの行動を反芻する。バス停への到着時刻は8時32分。これは定刻通りだった。先生とすぐ合流して、乗車時間はせいぜい10分程度。降車際のダッシュも5分も走っていない。どういうこと?


「このホームルームが終わったら今日の午前中は俺から陽雁について説明させてもらうよ。うん、まずはね。十中八九そうなってしまうと思ったから、先に味方を紹介しておこうかと思ってね」


怯え切って見えるだろうわたしに眉根を下げる沢渡先生の優しい声に重なるように、教室の扉やら廊下側の窓が一斉に開く音が被る。


「先生、そうお思いなら早く中に入れてあげてください」

「ここまでの道中マジで何も説明してないの? アナログ時計スタートとかスパルタすぎねぇ?」

「走らせることなかったのに。早起きしてここまで来たんでしょ? 朝から可哀そうじゃん」

「キモイ長針短針で洗礼を浴びるか、校内できっつい先輩に遭遇する可能性か、どっちがマシだろ」


それはどっちも嫌すぎる。

扉や窓から顔を出して口々に沢渡先生に非難の声を上げた彼女彼らは、一転して私へはにっこりと笑顔を向けてくる。


「いらっしゃい! 怖がらないで大丈夫だよ、住めば都ってやつだから」

「うちって適正あるヤツしか呼ばれないんだって。慣れるのも意外とあっという間だよ」

「沢渡先生に似てうちのクラスは所属フリーの子が多いから、変に絡まれることも少ないし!」

「そうそう、沢渡先生が転入生はうちのクラスにって啖呵を切ったならそれはもう、うちらが責任持って守るからね!」


オカルト現象に直面した後の歓迎ムードに頭が追い付かない。彼ら彼女らの反応を見るに、わたしの腕時計の反応はここでは「認識済」の事態みたいだ。


「良いこと言うねぇ、君ら。後半限定でな。全員席に戻れ~。さ、日向さんもどうぞ」

「あ、はい」


目指すべき席を探そうと視線を動かした瞬間、柔らかい雰囲気の女の子がすぐ側まで歩み出てくれた。 


「はじめまして、日向さん。日向さんの席は一旦窓際から2番目の最前列に作りました。隣の窓際の席は私です。委員長の水瀬ほのかと言います。よろしくね」

「ありがとう、水瀬さん。ごめんなさい、なんだかわたしなにがなんだか……混乱しちゃって」

「それは混乱して当たり前よ。うちのクラスもね、入学からしばらくは教室内は大混乱だったもの」


「そうだよ。僕らはクラス一斉に混乱出来たから悩みとか問題とかまとめて対処できたけどさ、さすがに一人で対処するのは無理だから」


水瀬さんの後を引き継ぐように言ってくれた癖毛の男子の発言に沢渡先生が目を細める。


「いいこと言うなぁ、樹。樹の言う通りだ。よし、それじゃあホームルームをはじめよう。今日の我がクラスの大事件は彼女、日向栞希さんが編入してきた件だ。

こうして同じクラスになった縁なんだ。1-Bの君たちに頼みたいことがある。彼女にも前もって伝えてあることだけど、うち、陽雁学園にこれまで転入生がやってきたことはない。これは君たちもよく知っているように、陽雁の入学選抜は自薦でも他薦でもないからだ。新入生は陽雁のシステムが選ぶ。そのシステムは新入生選抜時期しか稼働しない。それがイレギュラーで今回彼女の転入を進言してきたというわけだ。

この状況、そろそろ陽雁にも慣れてきた君たちなら何を危惧すべきか、わかるだろ?」


先生の言葉に手を挙げたのは茶髪の男子生徒だ。


「新聞部、写真部、境研は固いだろ? あ~。あと悪いけど、俺んとこの先輩方もちょっかいかけると思うわ。表からとは限らねぇけど」

「才理は動くだろうなぁ。典家と経務はまぁしばらく様子見だろう。陸、才里の2年が無茶しそうなら共有してほしい」

「うちはそういうの平気だからさ。わかってるよ、先生」

「先生、派閥や部活は把握しやすいからそれほど心配していませんが匿名さん達のおしゃべりが行き過ぎないか心配です」


トクメイさんたちの、おしゃべり……?


「ああ。前代未聞の珍事といえば珍事だから、食いつかないわけがないんだよなぁ。そっちは大人の目もあるからこっちで何とかする。君らには君らのコミュニティもあるからな。無理にとは言わない。言わないが、ここはひとつクラスメートの安全のためにも、ひとつ協力してもらえると助かる」


ここはたしか学校だったはずだけれど、雰囲気はどう考えても謎の組織のブリーフィングだ。目を白黒させているうちに、唐突にわたしの出番はやってきた。


「よし。じゃあ満を持して、今日の主役に自己紹介をお願いしようか」


そう言って向けられた沢渡先生の笑みは、万全の体勢で待ち構えているから飛び込んで来いと言ってるようだった。


「はい、ええと。

……日向栞希と言います。朝からなんだか驚きの連続でおそらく、自分の立ち位置もまだ見定まっていません。正直、何がどうなっているのかも何一つ理解は出来ていないんです。出来てはいないんですけど、ただ、皆さんがわたしのことを歓迎してくれて、心配もしてくれていることだけは痛いほど伝わってます。ありがとうございます。志望校に受かって、入学間もなくのタイミングで転入のお話をいただいた時には迷いました。迷いましたけど、わたしの決断に間違いはなかったんじゃないかって今、思ってます。……ありがとうございます。これから、よろしくお願いします」


勢いよく頭を下げると大きな拍手と、口々に「よろしく!」と伝えてくれる色んな声。なんだかとてつもなく安堵する。案外緊張しないものなんだなと移動中には思っていたけど、不安は不安だったみたい。大丈夫。わたしはこのクラスでやっていける。


この学校のことは、現状さっぱり理解出来ていないけど。


「よし。それじゃあ今日のホームルームはここまでにする。日向さんには、今日一日は学校案内につきあってもらう予定だ。水瀬、寮の案内はよろしくな」

「はい、先生。日向さん、寮のロビーで待ってる。ロビーで作業しながら待ってるから急がないで大丈夫よ。晩御飯は一緒に食べようね」

「うん、ありがとう。お世話になります」

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