第二楽章:生存のための練習曲(エチュード)


 巨大狼を倒したものの、俺の状況が「詰んでる」ことに変わりはなかった。

 腹は減るし喉は渇く。夜になれば気温は下がり、他の魔物も動き出すだろう。

 サバイバル知識ゼロの現代っ子にこのハードモードは厳しすぎる。


「さて、第二楽章といくか」


 俺は意識を切り替えた。

 恐怖はない。今の俺にはこの森全体が巨大な「素材の山」に見えている。


 まずは火だ。

 俺は枯れ木を拾い集め、二本の木片を擦り合わせる。


シュッ、シュッ。


 地味な作業だ。普通なら火がつくまで数十分はかかるし、手の皮が剥けるのが先だろう。

 でも俺は耳を澄ませる。


 木と木が触れ合う微かな音。

 そこに生まれる小さな熱エネルギーの音。

 『熱い』『弾けたい』って分子の振動音を聴き取り、それを増幅せるイメージを持つ。


(もっと激しく、爆発的に!)


 【解釈】――摩擦熱を《火種》へ。


ボッ!


 次の瞬間、木片からガソリンをぶちまけたような勢いで炎が上がった。


 ――その瞬間、俺の脳内で何かが繋がった。

 パチンと音を立てて新しい回路が開通する感覚。

 世界の言葉が一つ、俺の語彙に加わった。


 楽勝だ。ライターなんて必要ない。


 次は防御。

 俺は手近な岩をコンコンと叩いた。

 硬く重い音。分子が密に結合している音。

 その「硬さ」の譜面をコピーし、自分の皮膚の表面に反映させる。


 【解釈】――岩の硬度を《硬質化》へ。


 腕の皮膚が鈍い灰色に変わり、鋭い木の枝で擦っても傷ひとつ付かない強度を得た。


 またパチン、と回路が繋がる。

 脳が少し熱を持つ。頭の奥が軽く痛む。

 でもこの感覚、悪くない。むしろ心地いい。

 これなら不意打ちを受けても即死は免れる。防御力アップは基本中の基本だ。


 そして食料。

 森には色とりどりのキノコや木の実が生えてるが、どれが食えるか全く分からない。

 俺は紫色の毒々しいキノコに指を触れた。


……ドクンドクン。


 『麻痺させる』『呼吸を止める』『死に至らしめる』。

 禍々しい不協和音が指先から伝わってくる。


「うわ、最悪のデスメタルだな」


 即座に手を離す。食ったら即死だ。

 次に地味な茶色のキノコに触れる。


……ポロン。


 『栄養』『満たす』『安全』。

 穏やかなハ長調の旋律。


 【解釈】――生物への影響を聴く《食毒鑑定》。


「よし、今夜のディナーはキノコの串焼きだ」


 火を確保し、身を守り、食料を得る。

 サバイバルの基本はすべてこの世界にある「音」が教えてくれた。

 俺は森の中にある洞窟を拠点とし、ひたすらに耳を澄ませ、新しいスキルを「作曲」し続けた。


 狼の毛皮をなめす《素材加工》。

 足音を消す《気配遮断》。

 遠くの音を拾う《集音》。


 一つスキルを作るたびに頭の中に新しい回路が開通する感覚がある。

 パチン、パチンと音を立てて世界の言葉が増えていく。

 同時に激しい頭痛も襲ってくる。

 膨大な情報を処理する脳への負荷だ。

 でもその痛みすらも心地よかった。

 「無能」と烙印を押された俺が自分の力だけでこの過酷な世界を生き抜いてるって実感。

 誰の助けも借りず、理不尽なルールに抗ってるって事実が俺の心を熱くさせる。


「悪いな、王様。魔物の餌になる予定はキャンセルだ」


 焚き火の爆ぜる音を聴きながら俺はニヤリと笑った。

 この世界はクソゲーだけど、やり込み甲斐はある。

 攻略クリアしてやるよ。このふざけた世界を俺の音で。


 ――その笑顔を、やはり「誰か」が見ていた。


 洞窟の入口、月明かりの影。

 小さな、しかし確かな気配。

 でも俺はまだその存在に気づけない。

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