世界の“楽譜”が聴こえる僕は、あらゆる法則を《作曲》して最強に至る

東影カドナ

第一楽章:不協和音の森


 人生ってのは唐突にジャンル変更するクソゲーらしい。

 昨日まで高校生だった俺が今、魔物の牙が首筋に迫ってる。


 ――いや、もう死んでるかもしれない。


 ついさっきまで自室で祖父が残したクラシックレコード『マゼッパ』を聴きながら「超絶技巧、マジぱねぇ」と黄昏れてた俺・天宮悠人。

 瞬き一つで異世界召喚の当事者になってた。


 でも俺の物語は「勇者としてチヤホヤされる」って王道ルートには乗らなかった。

 むしろ開幕早々にバッドエンド直行コースだ。


 王城の謁見の間。

 クラスメイトたちが次々と「聖剣使い」だの「賢者」だのって、パチンコの確変演出みたいな光と共に華々しい鑑定結果を出してく中、俺の結果はこれだ。


『天宮悠人:スキルなし』


 ――は?

 おい神様、設定ミスってないか?

 水晶玉にかざした俺の手には豆電球ほどの光すら灯らない。

 王宮魔導師は憐れむような、いや生ゴミを見るような目で首を横に振った。


「無能者は去れ。魔物の餌になるのがお似合いだ」


 玉座にふんぞり返った王様は鼻くそをほじるような手つきで衛兵に合図した。

 クラスメイトたちの嘲笑。

 「ドンマイ」「強く生きろよ」「運が悪かったな」

 無責任な慰めがナイフのように俺のプライドを切り裂く。


 そして足元に輝く強制転移の魔法陣。

 抵抗する間もなく視界が反転した。


 次に俺が立ってたのは鬱蒼とした木々が生い茂る森の中だった。

 湿った土の匂い。肌にまとわりつく重い空気。

 遠くで得体の知れない獣の咆哮が響いている。


(……詰んだ)


 俺は虚空を見上げた。

 スマホは圏外。食料なし。水なし。武器なし。スキルなし。

 生存フラグが一本も見当たらない。

 これがゲームなら即座に電源切って中古屋に売り飛ばし、開発会社に抗議のメールを送るレベルだ。


ガサッ。


 背後の茂みが揺れた。

 嫌な予感しかしない。

 恐る恐る振り返ると、そこには軽トラックほどもある巨大な狼がいた。

 銀色の毛並みは美しいが、その口からはダラダラと粘着質な涎が垂れ、凶悪な牙が覗いている。


(おいおい、チュートリアルなしかよ!)


 狼が地面を蹴った。

 速い。

 逃げる暇なんてない。

 死ぬ。

 心臓が喉まで飛び上がる。額から冷たい汗が噴き出す。指先が震える。

 俺の人生、ここでエンドロールか。


 ――その時だ。


 世界が変貌した。


 恐怖で思考が研ぎ澄まされたせいか、あるいはこの異世界のバグの影響か。

 俺の鼓膜が奇妙な「音」を拾ったんだ。


ヒュオオオオオ……。


 それは風の音。でもただの風切り音じゃない。

 ――右へ避け――って明確な意思を持った旋律。


ギチチチッ……。


 狼の筋肉が収縮する音。腱が張り詰める音。

 ――喉笛を喰いちぎる――って殺意の和音。


 聴こえる。

 言葉じゃない。

 世界そのものが奏でる膨大な情報の奔流が音楽となって脳内に流れ込んでくる。


(右だ!)


 俺は思考するより早く身体を右に投げ出した。

 一瞬前まで俺の首があった場所を狼の牙が空振りし、空気を裂く音が響く。


 ドサッ。

 無様に地面を転がる俺。全身に衝撃が走る。

 狼は着地し、獲物が消えたことに驚いたようにこちらを振り返った。


(なんだ今の感覚は……)


 心臓が早鐘を打っている。荒い呼吸。

 でも不思議と恐怖は薄れてた。

 代わりに湧き上がってきたのは全身を駆け巡る電流のような高揚感。


 世界が「楽譜」に見える。

 風のそよぎも木々のざわめきも狼の殺意さえも、すべてが音符となって俺の脳内で一つの曲を構成していく。


 鑑定結果は「スキルなし」だった。

 当然だ。今の俺には分かった。

 俺の力は既存のスキル枠に収まるようなちっぽけなもんじゃない。


 俺には聴こえている。

 この世界に満ちる法則ルールって名の音楽が。


「グルルル……ッ!」


 狼が再び構える。

 次の一撃で確実に仕留める気だ。

 逃げられない。

 なら、どうする?


(こちらのターンだ。即興で作曲してやるよ!)


 俺は近くを流れる小川のせせらぎに意識を集中した。

 サラサラと流れる水の音。穏やかで無害な旋律。

 その旋律を脳内で捕まえる。これが【受信】。


 次にその意味を書き換える。

 『流れる』んじゃない。もっと鋭く、もっと速く。

 そう、鉄さえも断ち切る高圧洗浄機のように。

 イメージしろ。解釈しろ。

 これは「水」じゃない。「刃」だ。

 これが【解釈】。


 俺は右手を突き出し、脳内で完成した曲を世界に向かって叩きつけた。


「響け! 《水刃アクア・カッター》!」


――キィィィン!


 空気が震えた。

 小川の水が不自然に跳ね上がり凝縮され、一枚の薄い刃となって狼へと飛翔する。

 それは生物の反応速度を超えてた。

 狼が回避行動を取るよりも早く、その首を正確に捉え――鮮血の花を咲かせた。


 ドサリ。

 巨大な獣が物言わぬ肉塊となって崩れ落ちる。


 俺は荒い息を吐きながら震える手を見つめた。

 魔法なんて知らない。

 詠唱なんて知らない。

 ただ世界の音を聴き、指揮しただけだ。


「……【表現者コンダクター】」


 誰に教わったわけでもない。

 目覚めた本能がその名を告げてた。

 スキルなしと蔑まれた少年の世界に対する反逆劇ライブ

 その最初の一音が今鳴り響いた。


 ――そして俺は気づいてなかった。

 森の奥深く、巨木の枝の上。

 そこから俺のすべてを見つめる小さな「視線」があったことに。

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