【短編】クソみたいな聖夜

月下花音

第1話:クリスマス前

 12月20日。

 2学期の終業式。

 教室の空気が浮き足立っているのが分かる。

 クラスメイトたちの会話の端々から、「クリスマス」「彼氏」「デート」「プレゼント」といった単語が飛び交っていて、まるで地雷原の中を歩いている気分だ。

 私はカースト中位。

 決して底辺ではないけれど、トップグループのようなキラキラした青春とは無縁だ。

 地味でもなく、派手でもなく、ただ「普通」に生息している女子高生。

 それが私、ミカだ。


「ミカはさー、クリスマスどうすんの?」

 隣の席のユイが話しかけてきた。

 ユイは彼氏持ちだ。

 サッカー部のレギュラーで、背が高くて、まあまあイケメンの彼氏がいる。

 その質問には、「私は彼氏とデートだけど、あんたはどうせ暇でしょ?」というマウントが含まれていることくらい、バカじゃないんだから分かる。

 ここで「暇だよ」と答えるのは、敗北宣言と同じだ。

 私のプライドが許さない。

「えー? まだ内緒」

 とっさに嘘をついた。

 意味深な笑みを浮かべて誤魔化す。

「え、何それ! 彼氏できたん!?」

 ユイの声が無駄にでかい。

 クラス中の視線が集まるのが分かる。

「いや、できてないけど……ちょっとね」

 曖昧に濁す。

 これが精一杯の虚勢だ。

「怪しい~! 誰? 他校?」

「まあ、そんな感じ」

 嘘の上塗りだ。

 泥沼にハマっていく音が聞こえるようだった。


 放課後。

 逃げるように教室を出て、昇降口に向かう。

 靴箱を開けると、中に入っていたのは上履きと、誰かが間違えて入れたであろうプリントの切れ端だけ。

 ラブレターなんて入ってるわけがない。

 そんなの都市伝説だ。

 ため息をつきながらローファーに履き替える。

 つま先が少し擦り切れていて、白くなっているのが目に入った。

 新しいの買わなきゃな。

 でもお母さんに言ったら「まだ履けるでしょ」って怒られそうだし、メルカリで安いの探すか……とか考えてる自分が貧乏くさくて嫌になる。


 スマホを取り出す。

 LINEの通知ゼロ。

 Twitterを見る。

 タイムラインは「クリぼっち回避!」とか「彼氏とイルミネーション♡」みたいな投稿で埋め尽くされている。

 スクロールする指が止まらない。

 中毒みたいに見続けてしまう。

 自分を傷つけるために見てるとしか思えない。

 インスタのストーリーを開く。

 クラスの女子たちが、スタバの新作フラペチーノを持って自撮りしてる動画が流れてくる。

『テスト終わった~! ご褒美♡』

 キラキラやハートのスタンプでデコられた画面。

 画面の向こう側は、私が決して入れない楽園みたいに見える。

 私もスタバ行きたいけど、今月のお小遣いもうないし、そもそも一人で行って並んでる姿を見られたら「ミカ、ぼっちじゃん」って思われるのが怖くて行けない。


 校門を出ると、冷たい風が吹き付けてきた。

 マフラーに顔を埋める。

 ユニクロのヒートテック着てるのに寒い。

 スカートの下にジャージ履きたいけど、それやったら終わりだから我慢してる。

 女子高生の冬は、寒さとの戦いだ。

「あー、マジでどうしよ」

 独り言が漏れる。

 さっきユイについた嘘。

「ちょっとね」なんて言っちゃった手前、クリスマスの後に「何してたの?」って聞かれた時のアリバイを作らなきゃいけない。

 架空の彼氏との架空のデート話をでっち上げるか?

 いや、ボロが出る。

 写真見せてとか言われたら終わるし。

 ていうか、なんで私がこんなに追い詰められなきゃいけないんだ。

 クリスマスなんて、キリストの誕生日でしょ?

 日本人が祝う意味わかんないし。

 企業に乗せられてるだけじゃん。

 心の中で悪態をつきながら、私は駅までの道を早足で歩く。

 誰にも会いませんように。

 特に、幸せそうなカップルには遭遇しませんように。

 そう祈りながら歩いていたら、曲がり角で誰かとぶつかりそうになった。


「っと、わりぃ」

 低い声。

 見上げると、そこには見知った顔があった。

 同じクラスの、でもほとんど話したことのない男子。

 名前、なんだっけ。

 そう、タナカ。

 地味で、目立たなくて、いつも教室の隅でスマホいじってるやつ。

 私と同じ、カースト中位(の下の方)の住人。

「……あ、うん」

 気まずい。

 ぶつかるなら、食パン咥えた転校生のイケメンか、せめて他校のイケメンにしてほしかった。

 なんでタナカなんだよ。

 神様の意地悪さを感じる。

 タナカは「じゃ」とだけ言って、私の横を通り過ぎていった。

 その背中には、使い古されたリュックサックがかかっていて、キーホルダーの一つもついていない。

 色気ゼロ。

 興味ゼロ。

 でも、なぜかその背中を見送ってしまった。

 この時の私はまだ知らなかった。

 この冴えないタナカこそが、私のクソみたいなクリスマスの共犯者になるなんて。


(つづく)

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2025年12月24日 20:00
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【短編】クソみたいな聖夜 月下花音 @hanakoailove

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