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 先日ちらりと覗いてみた愛染の非公式ファンクラブのサイト――二橋大生が運営しているらしいのだが、愛染の講義日程や著作・論文・雑文の一覧のほか、盗撮めいた写真や真偽不明の目撃証言なども載っている――によると、愛染はミステリー小説愛好家とされていた。

 新刊を持ち歩いているところや、書店で購入しているところがしばしば目撃されているからだそうだ。


 今のセリフで、その噂もまんざら嘘ではないことがわかった。

 いや、学者にはありがちなことだが、趣味の世界にかなり入れ込んでいるに違いない。

 だからこそ、私が遭遇した事件のことを話させようと、ワイドショーなんて柄にもないことを言い出したのだ。


 ポーカーフェイスなのであの時は気づかなかったが、飛行機の中での〝名推理〟がよほど楽しかったのだろう。

 たまたま彼女の分析的な研究方法が事件の謎を解くのに役立ったにすぎないのだが、この自惚うぬぼれ女は、自分には推理能力があると思い込んだのに違いない。

 そして、もう一度謎解きの快感を得ようと、この話題に私を引き込んだのだ。


 だが、そうそう思い通りにはさせない。


「その話題は嫌だよ」

 と私は言った。

「陰惨な事件だからね、こんな状況で話したら気が滅入っちゃうよ。それに、君だって気に入らないはずだよ。なにしろ密室殺人なんだからね。君の閉所恐怖症を悪化させるよ」


「それは嫌だなあ」

 閉所恐怖症というのは事実なのか、愛染は顔を歪めて首をひねった。

「じゃあ、仕方ない。やはり、君の論文の結末について検討するのが互いの研究にも役立つし――」


「わかった、わかった」

 私は手を振って、この策士の弁舌を止めた。

「話すよ、話すよ。その方が君の批判にさらされるよりずっとましだ。ただ、言っておくけれど、今回の事件は前のようにはいかないからね。いくら君でも手も足も出ないと思うよ。それほどの難事件だったんだ」


「前置きはいいから、さっさと話しなよ」

 愛染は嬉しそうに笑って言った。

「僕は謎解きなんかどうでもいいんだ、本当は。僕はね、君が事件を語るのを聞きたいのさ」


「からかうのはやめてくれ」

 私は顔が赤くなるのを感じてそっぽを向いた。

「面映ゆいじゃないか」


 すると、愛染はくすくす笑い出した。

「おやおや、相変わらず純情だなあ、清水先生は。だから、好きなんだよ」


 私は愛染を睨み、半ば本気で怒って言った。

「人をおちょくるのは、いいかげんにしてほしいな。話しにくいから、もう黙っていてくれ」


 愛染は少しも反省した様子もなく、にやにや笑ってうなずいてみせた。

「はいはい、わかりました、清水先生。傾聴させていただきます」

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納戸神の呪い——見張られた密室と殺人を犯した死者 ZZ・倶舎那 @ZZ-kushana

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