寿命の理由 解説編

【はじめに】


 物語編では、メラネシア、インドネシア、オーストラリアの「死の起源神話」を紹介し、日本神話の石長比売・木花之佐久夜毘売の物語と比較した。


 この解説編では、その背景にある学術的な根拠を示す。


 ただし、最初に断っておきたい。


 「死の起源神話」は世界中に存在する。しかし、そのすべてが同じ起源を持つわけではない。人間にとって「なぜ死ぬのか」は普遍的な問いであり、各地で独立に発生した可能性も高い。


 実際、メラネシアの「脱皮型」、オーストラリアの「月型」、インドネシアの「バナナ型」は、それぞれ異なる自然観察に基づいており、独立に発生したと考えられる。


 本稿では、その中で日本とインドネシアに見られる「石と植物の対比」という具体的な一致に注目し、伝播の可能性を検討する。ただし、断定は避ける。


    ◇ ◇ ◇


【一】「死の起源神話」とは何か


 「死の起源神話」は、人間がなぜ不死ではないのかを説明する神話の総称である。


 イギリスの社会人類学者ジェームズ・フレイザー(1854-1941)は、『金枝篇』および『不死への信仰』において、世界各地の死の起源神話を収集・分類した。


■フレイザーによる分類


 フレイザーは死の起源神話を以下のように分類した。


1. **バナナ型(The Story of the Banana)**

  神が石とバナナを示し、人間がバナナを選んだため死ぬようになった。

  分布:インドネシア(スラウェシ島ポソ地方など)


2. **脱皮型(The Story of the Cast Skin)**

  人間はかつて脱皮して若返ることができたが、その能力を失った。

  分布:メラネシア、東南アジア


3. **月型(The Story of the Moon)**

  月のように死んでも再生する力を、人間は得られなかった。

  分布:オーストラリア、アフリカ、南米


4. **伝令失敗型(The Perverted Message)**

  神が「人間は死なない」という伝言を送ったが、途中で間違って伝わった。

  分布:アフリカ


■「バナナ型」の命名


 「バナナ型」という名称は、フレイザーがスラウェシ島ポソ地方の神話に基づいて命名した。バナナの木は実をつけると親株が枯れ、根元から子株が育つ。この「子を残して死ぬ」性質が、人間の寿命の象徴として語られている。


    ◇ ◇ ◇


【二】日本神話における石長比売と木花之佐久夜毘売――一次資料から


 まず、古事記がこの神話について何を語っているかを確認しよう。


■古事記の記述


【邇邇芸命と木花之佐久夜毘売の出会い】


「故、其の地に天降りまして、邇邇芸命、笠沙の御前に麗しき美人に遇ひたまひき。爾に『誰が女ぞ』と問ひたまへば、答へ白さく、『大山津見神の女、名は神阿多都比売、亦の名は木花之佐久夜毘売と謂す』と白しき」


【現代語訳】

 こうして、その地に天降りして、邇邇芸命は笠沙の岬で美しい乙女に出会った。そこで「誰の娘か」と問うと、答えて言うには、「大山津見神の娘で、名は神阿多都比売、またの名を木花之佐久夜毘売と申します」と言った。


【大山津見神が姉妹を送る】


「爾に其の父大山津見神、大く歓喜びて、其の姉石長比売を副へて、百取の机代の物を持たしめて奉り出しき。故、其の姉は甚凶醜きに因りて、見畏みて返し送り、唯其の弟木花之佐久夜毘売を留めて、一宿婚ひしたまひき」


【現代語訳】

 そこで父の大山津見神は大いに喜び、姉の石長比売を添えて、たくさんの献上品を持たせて送り出した。ところが、姉は大変醜かったので、見て恐れて送り返し、ただ妹の木花之佐久夜毘売だけを留めて、一夜の契りを結んだ。


【大山津見神の嘆き】


「是に大山津見神、石長比売を返ししに因りて、大く恥ぢて、白し送りて言ひしく、『吾が女二人を並べて立奉りし由は、石長比売を使はさば、天つ神の御子の命は、雪零り風吹くとも、恒に石の如くに、常はに堅はに動かずまさむ。亦木花之佐久夜毘売を使はさば、木の花の栄ゆるが如に栄えまさむと誓ひて貢進りき。此く石長比売を返さしめて、独り木花之佐久夜毘売を留めたまひつ。故、天つ神の御子の御寿は、木の花のあまひのみまさむ』とまをしき。故是を以ちて、今に至るまで天皇命等の御命長くまさざるなり」


【現代語訳】

 これに大山津見神は、石長比売を返されたことで大いに恥じて、言葉を送って言った。「私が娘二人を並べてお仕えさせた理由は、石長比売をお使いになれば、天つ神の御子の命は、雪が降り風が吹いても、常に石のように、永遠に堅固で動かないでしょう。また木花之佐久夜毘売をお使いになれば、木の花が栄えるように栄えるでしょうと誓って差し上げたのです。このように石長比売を返されて、一人木花之佐久夜毘売だけをお留めになった。それゆえ天つ神の御子の御寿命は、木の花のように儚いものとなるでしょう」と申した。こういうわけで、今に至るまで天皇の御命は長くないのである。


■名前の象徴性


 この神話において、二人の姫の名前は象徴的である。


・**石長比売(イワナガヒメ)**:「岩」+「長い」=永遠の命

・**木花之佐久夜毘売(コノハナサクヤビメ)**:「木の花」+「咲く」=繁栄するが儚い


 名前そのものに、神話の意味が込められている。


    ◇ ◇ ◇


【三】世界の類話


■インドネシア・ポソ族の神話


 物語編で紹介したポソ族(スラウェシ島中部)の神話は、フレイザーが「バナナ型」と命名する根拠となった話である。


【あらすじ】

 創造主は天から縄を降ろして人間に贈り物を届けていた。ある日、石を降ろしたが、人間は「食べられない」と拒否した。代わりにバナナを降ろすと、人間は喜んで食べた。創造主は言った。「石を選んでいれば、お前たちの命は石のように永遠だった。バナナを選んだからには、バナナのように子を残して死ぬがよい」


【類話の分布】

 インドネシアには類話が広く分布している。

・スラウェシ島(ポソ、トラジャなど)

・マレー半島(メントラ族)

・その他の東南アジア諸地域


■メラネシアの脱皮型神話


 メラネシア(ニューブリテン島など)には、「脱皮型」の死の起源神話が分布する。


【あらすじ】

 昔、人間は蛇のように皮を脱いで若返ることができた。ある老婆が川で脱皮して若返ったが、孫が「知らない人だ」と泣いたので、古い皮を拾って着直した。以来、人間は脱皮できなくなった。


【特徴】

 この型は、蛇・蟹・蝉など「脱皮する動物」の観察に基づいている。「なぜあの動物は脱皮して若返るのに、人間はできないのか」という問いへの答えである。


■オーストラリアの月型神話


 オーストラリア先住民の間には、「月型」の死の起源神話が広く分布する。


【あらすじ】

 昔、月と人間は友人だった。二人とも病気にかかったとき、月は「死んでも再び生き返る方法がある」と人間を誘った。しかし人間は月の言葉を信じず、その方法を拒んだ。月は死んでも蘇り、今でも欠けては満ちるが、人間は一度死んだら戻ってこない。


【特徴】

 この型は、月の満ち欠けの観察に基づいている。月は「死んで」(新月になって)も「蘇る」(再び満ちる)。古代の人々にとって、月は「死と再生」の象徴だった。


【類話の分布】

 月と死の起源を結びつける神話は、オーストラリアだけでなく、アフリカ、南米など世界各地に見られる。フレイザーはこれを「月型」として分類した。


 ただし、月型神話の内容は地域によって異なる。


・**オーストラリア**:人間が月の誘いを拒んだ

・**アフリカ(ホッテントット族など)**:月が人間に「私のように死んでも蘇れ」という伝言を送ったが、使者が間違えて伝えた

・**南米**:月が人間に不死を与えようとしたが、失敗した


 「月=再生」という観察は普遍的だが、それを物語にする方法は各地で異なっている。これは、月型神話が各地で独立に発生した可能性を示唆している。


■各類型の比較


| 類型 | 中心モチーフ | 分布域 | 原因 | 不死の象徴 |

|------|-------------|--------|------|-----------|

| バナナ型 | 石と植物の選択 | インドネシア | 人間の選択 | 石 |

| 脱皮型 | 脱皮能力の喪失 | メラネシア | 愛情による自己犠牲 | 蛇・蟹 |

| 月型 | 月の再生と人間 | オーストラリア、アフリカ | 不信・伝言の失敗 | 月 |

| 伝令失敗型 | 伝言の誤り | アフリカ | 使者の失敗 | なし |


■類型の違いが示すもの


 注目すべきは、これらの類型が「不死の象徴」として異なるものを採用していることである。


・**脱皮型**:蛇や蟹を見て「脱皮=若返り」と考えた

・**月型**:月を見て「満ち欠け=死と再生」と考えた

・**バナナ型**:石を見て「不変=永遠」と考えた


 これは、各地の人々が身の回りの自然を観察し、独自に「なぜ人は死ぬのか」という問いに答えようとした結果だと考えられる。


 逆に言えば、もし死の起源神話が一つの起源から伝播したのであれば、「不死の象徴」も同じになるはずである。異なる象徴が使われているということは、多くの類型が独立に発生したことを示唆している。


 その中で、インドネシアと日本が同じ「石」を不死の象徴としていることは、両者の間に何らかの関係があった可能性を示している。


    ◇ ◇ ◇


【四】伝播か、普遍か


■普遍的心性説


 「人はなぜ死ぬのか」という問いは普遍的である。どの文化でも、人々はこの問いに直面し、答えを求めた。


 身の回りの自然を観察して、それぞれが物語を紡いだ。


・蛇や蟹を見て「脱皮型」を生み出した人々

・月を見て「月型」を生み出した人々

・バナナを見て「バナナ型」を生み出した人々


 このように、死の起源神話は各地で独立に発生した可能性がある。


■伝播説


 しかし、大林太良は『日本神話の起源』において、日本の「石長比売・木花之佐久夜毘売」の神話がインドネシアのバナナ型神話と構造的に一致することを指摘し、伝播の可能性を論じた。


【一致する要素】

1. 永遠の象徴=石(インドネシア)/岩の姫(日本)

2. 短命の象徴=バナナ(インドネシア)/花の姫(日本)

3. 人間の選択によって死が生じた

4. 子孫を残して死ぬ運命が定められた


【伝播説の根拠】

・「石」と「植物」の対比という具体的な象徴体系の一致

・「選択」によって死が決まるという構造の一致

・他の南方系神話(海幸山幸、因幡の素兎など)との関連


■「ワニ渡り」との関連


 第8話「ワニを渡る」で見たように、因幡の素兎の「ワニの背を並ばせて渡る」トリックは、インドネシアからの伝播が有力視されている。


 同じ経路で「バナナ型神話」も伝わった可能性がある。


■現在の学術的見解


 日本神話の石長比売・木花之佐久夜毘売の話がバナナ型神話の変形であるという見解は、多くの研究者に支持されている。


 ただし、伝播の具体的な経路や時期については確定していない。


    ◇ ◇ ◇


【五】異論と留保


 本稿の議論にはいくつかの留保が必要である。


■独立発生の可能性


 「石」と「植物」の対比は、それほど独創的な発想ではないかもしれない。石は変わらない。植物は枯れる。この観察から、独立に同じ象徴体系が生まれた可能性も排除できない。


■日本神話の文脈


 石長比売・木花之佐久夜毘売の神話は、天孫降臨という日本神話固有の文脈の中に置かれている。「天皇の寿命の起源」を説明するという機能を持っており、単純に外来の神話がそのまま取り入れられたとは言い切れない。


 松前健は『日本神話の形成』において、この神話が日本で独自に発展した可能性も指摘している。


■文献年代と発生年代


 古事記(712年)に記されたこの神話が、いつ日本に伝わり、どのように変形したのかは不明である。文献に残る形が最古の形とは限らない。


■朝鮮半島の問題


 インドネシアから日本への伝播を考える場合、朝鮮半島を経由した可能性もある。しかし、朝鮮半島には「バナナ型」の類話が確認されていない。これは南方海路からの直接伝播を示唆するかもしれないが、単に記録が残っていないだけの可能性もある。


    ◇ ◇ ◇


【六】参考文献


■一次資料

・『古事記』(712年)

・『日本書紀』(720年)


■日本神話研究

・大林太良『日本神話の起源』角川書店、1961年(角川ソフィア文庫、2019年)

・松前健『日本神話の形成』塙書房、1970年

・西郷信綱『古事記注釈』全8巻、筑摩書房(ちくま学芸文庫版、2005年)

・三浦佑之『古事記を読みなおす』ちくま新書、2010年


■比較神話学・人類学

・J.G.フレイザー『金枝篇』(The Golden Bough)1890-1915年

・J.G.フレイザー『不死への信仰と死者崇拝』(The Belief in Immortality and the Worship of the Dead)1913年

・大林太良『神話学入門』中央公論社、1966年


■南方文化論

・柳田國男『海上の道』岩波文庫、1978年(初出1961年)

・大林太良『東南アジアの民族と歴史』山川出版社、1984年


    ◇ ◇ ◇


【おわりに】


 「人はなぜ死ぬのか」


 この問いに対して、世界の人々はさまざまな答えを紡いできた。脱皮できなくなったから。月のように再生できないから。石を選ばなかったから。


 その中で、「石と植物」という象徴体系が、インドネシアと日本で一致している。これは偶然だろうか、それとも伝播の痕跡だろうか。


 確かなことは言えない。しかし、この一致は、世界が案外狭いことを示唆しているように思える。


 何千キロも離れた土地で、人々は同じ問いを抱えていた。そして、驚くほど似た答えにたどり着いた。あるいは、誰かが語った物語が、海を越えて伝わったのかもしれない。


 邇邇芸命が石長比売を返し、木花之佐久夜毘売を選んだとき、人間の運命は決まった。花のように咲き、花のように散る。


 でも、花は散っても、また咲く。


 私たちは石にはなれなかった。でも、命をつないでいくことはできる。


 それが、人間が選んだ道なのだろう。

                   (了)

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