海から来た花嫁 解説編
【解説編】神話の考古学――異類婚姻譚を分解する
◇ ◇ ◇
【はじめに】
物語編では、世界各地の「異類婚姻譚」を「夜の語り」として並べ、最後に豊玉姫神話へと合流させた。
この解説編では、その背景にある学術的な根拠を示す。
ただし、最初に断っておきたい。
比較神話学は「似ている」ことを示すことはできるが、「だから伝わった」と証明することは難しい。異類婚姻譚は世界中に分布しており、それが伝播の結果なのか、人間の心の普遍的な構造の表れなのか、あるいは類似した社会構造(族外婚など)への反応なのか、確定することは困難である。本稿では複数の可能性を視野に入れつつ、断定的な系譜論は避ける。
また、物語編で取り上げなかった要素や、学術的に議論のある点についても、できるだけ正直に記す。
◇ ◇ ◇
【一】「異類婚姻譚」とは何か
異類婚姻譚とは、人間と異なる存在(神、精霊、動物など)との婚姻を語る説話の総称である。世界的に広く分布し、日本においても多く見られる説話類型である。
民俗学者の関敬吾は、異類婚姻譚を以下のように分類している。
■異類婿型
人間の女性が異類の男性と結婚する類型。蛇婿入り、猿婿入りなど。
■異類女房型
人間の男性が異類の女性と結婚する類型。鶴女房、蛇女房、天人女房(羽衣伝説)など。
豊玉姫神話は「異類女房型」に属する。海神の娘という異類の女性が、人間(厳密には天孫)の男性と結婚し、子を産み、やがて去っていくという構造を持つ。
異類婚姻譚に共通する要素として、以下のものが挙げられる。
・出会いと結婚
・禁忌の設定(「見るな」「開けるな」など)
・禁忌の違反
・正体の露見
・別離
・子孫の残存(しばしば王家や氏族の始祖となる)
豊玉姫神話には、これらの要素がほぼすべて含まれている。
◇ ◇ ◇
【二】日本神話における豊玉姫――一次資料から
まず、古事記と日本書紀が豊玉姫について何を語っているかを確認しよう。
■古事記の記述
【海神の宮での出会い】
「故、教えの随に少しく行くに、備に其の言の如くなりき。即ち其の香木に登りて坐しき。爾に海神の女、豊玉毘売の従婢、玉器を持ちて、将に水を酌まむとする時に、井に光有り。仰ぎ見れば麗しき壮夫有り」
【現代語訳】
教えられた通りに少し行くと、すべてその言葉の通りだった。そこでその桂の木に登って座っていた。すると海神の娘、豊玉毘売の侍女が玉の器を持って水を汲もうとしたとき、井戸に光があった。仰ぎ見ると、美しい若者がいた。
【結婚と三年の滞在】
「爾に豊玉毘売命、奇しと思ひて、出で見て、乃ち見感でて、目合ひして、其の父に白して言ひしく、『吾が門に麗しき人有り』とまをしき。爾に海神自ら出で見て云ひしく、『此の人は天津日高の御子、虚空津日高ぞ』といひき。即ち内に率て入り……豊玉毘売に婚はしめき。故、其の国に住むこと已に三年なりき」
【豊玉姫の懐妊と約束】
「豊玉毘売命、自ら参出でて白して言ひしく、『妾は已に妊めり。今産まむ時になりぬ。此を念ふに、天つ神の御子は、海原に生むべきにあらず。故、参出で来つ』とまをしき」
「産まむとする時に臨みて、其の日子に白して言ひしく、『凡て他国の人は、産む時に臨みて、本つ国の形を以ちて産生むなり。故、妾、今本の身を以ちて産まむとす。願はくは、妾をな見たまひそ』とまをしき」
【禁忌の違反と正体の露見】
「爾に其の言を奇しと思ひて、将に産まむとするを竊かに伺ひ見れば、八尋和邇になりて、匍匐ひ委蛇ひき」
【現代語訳】
その言葉を不思議に思って、産もうとしているところをこっそり覗き見ると、八尋(非常に大きい)もある和邇(ワニ)になって、のたうち回っていた。
【別離】
「即ち見ること畏みて、遁げ退きたまひき。爾に豊玉毘売命、其の伺ひ見たまひしことを知りて、以為へらく、恥し、とおもひて、乃ち其の御子を生み置きて、白して言ひしく、『妾は恒に海つ道を通ひて往来はむと欲ふ。然れども吾が形を伺ひ見たまひしこと、是れ甚だ恥し』とまをして、即ち海坂を塞ぎて返り入りき」
■日本書紀の記述
日本書紀では、豊玉姫の正体は「龍」として描かれている。
【本文】
「豊玉姫、方に産まむとする時に及びて、請ひて曰さく、『妾、産まむ時に、幸はくは看ること勿れ』とまをす。天孫、忍ぶこと能はずして、窃かに往きて覘ふ。豊玉姫、方に龍に化為りて、匍匐委蛇ふ」
【一書第一】
「豊玉姫、化して龍と為りぬ」
古事記では「和邇(ワニ)」、日本書紀では「龍」と記される。「ワニ」は現代のワニではなく、サメを指すとする説が有力である。いずれにせよ、水界に住む爬虫類的・魚類的な存在として描かれている。
◇ ◇ ◇
【三】豊玉姫神話の構成要素
この神話はいくつかの特徴的な要素から構成されている。それぞれを分解し、学術的な見解を整理する。
■要素1:海神の宮(龍宮)への訪問
【一次資料】
・「即ち可怜小汀に着きぬ」「故、教えの随に少しく行くに……海神の宮」(古事記)
【学術的見解】
海神の宮への訪問は「異郷訪問譚」の一類型である。浦島太郎の龍宮訪問と構造が類似しており、しばしば比較される。
大林太良は『日本神話の起源』において、この海神宮訪問譚が東南アジアに広く分布する「水界訪問譚」と構造的に類似することを指摘している。
【世界神話との類似】
・東南アジア各地:水界の王の宮殿を訪れる英雄譚
・ポリネシア:海底の世界を訪れる神話
・ケルト:海の彼方にある異界(ティル・ナ・ノーグ)への訪問
■要素2:異類との婚姻
【一次資料】
・「豊玉毘売に婚はしめき。故、其の国に住むこと已に三年なりき」(古事記)
【学術的見解】
海神の娘との婚姻は、海洋民族との政治的結合を神話化したものとする説がある。吉田敦彦は、天孫族が海洋民族である隼人族を服従させた歴史的事実が、神話の形で表現されていると論じている。
また、異類婚姻譚は一般に「族外婚」の反映とする説もある。異なる集団・文化圏との婚姻関係を、「異類との結婚」として物語化したという見方である。
【世界神話との類似】
・セルキー(スコットランド):海の存在との婚姻
・メリュジーヌ(フランス):水の精霊との婚姻
・ナーガの王女(東南アジア):蛇神の娘との婚姻
・白蛇伝(中国):蛇の精との婚姻
■要素3:「見るな」の禁忌
【一次資料】
・「願はくは、妾をな見たまひそ」(古事記)
・「幸はくは看ること勿れ」(日本書紀)
【学術的見解】
「見るな」の禁忌は、異類婚姻譚において最も普遍的な要素の一つである。これは「見るなのタブー」として知られ、世界各地の神話・民話に見られる。
日本神話においては、イザナギがイザナミの腐敗した姿を見てしまう場面(黄泉国訪問)も同様の構造を持つ。ただし、豊玉姫神話の場合、見られたのは「腐敗」ではなく「本来の姿」である点が異なる。
西郷信綱は『古事記注釈』において、「見るな」の禁忌は出産の穢れに関する観念と結びついている可能性を指摘している。出産は神聖な行為であると同時に、血や羊水を伴う「穢れ」の場でもあり、それを見ることはタブーとされた。
【世界神話との類似】
・メリュジーヌ:「土曜日は見るな」の禁忌
・プシュケとエロス(ギリシャ):「顔を見るな」の禁忌
・鶴女房(日本):機織りの姿を「見るな」
・セルキー:直接的な「見るな」ではないが、「皮を隠す→見つける」という構造
■要素4:正体の露見と別離
【一次資料】
・「八尋和邇になりて、匍匐ひ委蛇ひき」(古事記)
・「龍に化為りて、匍匐委蛇ふ」(日本書紀)
【学術的見解】
豊玉姫が「ワニ」または「龍」の姿になっていたという描写は、彼女が海の世界の存在であることを示している。
「ワニ」については、現代の鰐ではなくサメを指すとする説が有力である。古代日本近海にはサメが多く生息しており、「ワニ」はサメの古称であったと考えられている。因幡の白兎に登場する「ワニ」もサメのことである。
豊玉姫が見られたことを「恥」として海に帰る描写は、異類が人間世界にとどまれなくなる理由として、世界各地の神話に共通する。
【世界神話との類似】
・メリュジーヌ:蛇の姿を見られて去る
・セルキー:皮を見つけて海に帰る
・鶴女房:鶴の姿を見られて去る
■要素5:子孫の残存と王家への接続
【一次資料】
・「是を以ちて、其の御子の御名を称けて、天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命と謂ふ」(古事記)
・鵜葺草葺不合命は玉依姫(豊玉姫の妹)と結婚し、その子の一人が神武天皇となる
【学術的見解】
異類の母から生まれた子が王家の始祖となるというモチーフは、世界各地の王権神話に見られる。これは「聖婚」(ヒエロス・ガモス)の一形態とも解釈できる。
豊玉姫の血を引く鵜葺草葺不合命の子が神武天皇となることで、天皇家は天つ神(ニニギ)の血と海神の血の両方を引くことになる。これは天皇家の正統性を、天上世界と海上世界の両方から根拠づける神話的装置とも解釈できる。
【世界神話との類似】
・メリュジーヌ:子孫がリュジニャン家として繁栄し、エルサレム王国の王族となる
・ナーガの王女:子孫がクメール王国を築く
・セルキー:マックコードラム家などがセルキーの子孫を称する
・アレクサンドロス大王:ゼウスの子であるとする神話
◇ ◇ ◇
【四】物語編で取り上げた神話について
物語編では三つの神話を取り上げた。それぞれについて補足する。
■セルキー伝説(スコットランド・アイルランド)
セルキー(Selkie)は、スコットランドのオークニー諸島やシェトランド諸島を中心に伝わる民間伝承である。「セルキー」はスコットランド語で「アザラシ」を意味する。
【主な内容】
・セルキーは普段は海でアザラシとして暮らしている
・陸に上がるとき、アザラシの皮を脱いで人間の姿になる
・人間の男が女性セルキーの皮を盗み、妻とする
・子供が生まれ、数年間は幸せに暮らす
・ある日、皮を見つけたセルキーは海に帰ってしまう
・しかし、家族への愛は消えず、海から見守り続ける
【学術的見解】
民俗学者デイヴィッド・マクリッチーは、セルキー伝説の起源として、サーミ人やフィンランド人の女性との接触を挙げている。アザラシの皮で作られた衣服やカヤックを見て、セルキーと誤認したという説である。
セルキー伝説は「羽衣伝説」と構造的に類似しており、「白鳥乙女型」異類婚姻譚の一類型として分類される。
■メリュジーヌ伝説(フランス)
メリュジーヌは、14世紀にジャン・ダラスが『メリュジーヌ物語』として文学化した伝説である。リュジニャン家の始祖伝説として語られる。
【主な内容】
・メリュジーヌは泉の妖精の娘で、父を罰した罪により呪われた
・毎週土曜日、腰から下が蛇の姿になる
・貴族レイモンと結婚し、「土曜日は見るな」という約束をする
・富と繁栄をもたらし、10人の子供を儲ける
・レイモンが約束を破り、蛇体の姿を見てしまう
・メリュジーヌは翼を持つ蛇の姿で飛び去る
・しかし、幼い子供たちのために夜ごと戻り、乳を与えた
【学術的見解】
フランソワーズ・ル・ルー『メリュジーヌ 蛇女=両性具有の神話』では、メリュジーヌ伝説がケルト神話や地中海世界の蛇神話と深い関連を持つことが論じられている。
日本神話との比較では、「見るなのタブー」「蛇体の露見」「別離後も子供への愛」といった要素が共通する。
■ナーガ婚姻譚(インド・東南アジア)
ナーガはインド神話における蛇神であり、水を司る神格として広く崇拝されている。人間との婚姻譚も多く伝えられている。
【カンボジアの建国神話】
・インドからカウンディンニャ(混塡)という王子がやってくる
・ナーガ族の王女ソーマ(柳葉)と出会い、結婚する
・ナーガ王が海水を飲み干し、陸地が現れる
・二人の子孫がクメールの民となる
この神話は、中国の史書『梁書』(7世紀)にも「扶南国」の建国神話として記録されている。
【学術的見解】
インドのナーガ信仰は、東南アジアに伝播し、各地の王権神話に取り込まれた。カンボジアのアンコール遺跡群には、七頭のナーガが欄干として彫られており、ナーガへの信仰が王権と深く結びついていたことがわかる。
豊玉姫が「龍」の姿であったという日本書紀の記述は、仏教を通じて伝わったナーガ(龍王)の観念の影響を受けている可能性がある。
◇ ◇ ◇
【五】物語編で取り上げなかった類似神話
紙幅の都合で物語編では取り上げなかったが、比較神話学的に重要な類似神話をいくつか補足する。
■白蛇伝(中国)
中国の四大民間伝説の一つ。蛇の精である白素貞が人間の許仙と恋に落ち、結婚するが、法海和尚によって引き離されるという物語。
「異類との婚姻」「正体の露見」「別離」という構造は豊玉姫神話と共通するが、白蛇伝では仏僧による引き離しが別離の原因であり、「見るな」の禁忌は見られない。
■羽衣伝説(日本・世界各地)
天女が水浴びをしている間に羽衣を隠され、人間の妻となる。子供が生まれた後、羽衣を見つけて天に帰る。
セルキー伝説と構造が類似しており、「白鳥乙女型」異類婚姻譚として分類される。豊玉姫神話とは「皮を隠す」という要素がない点で異なるが、「異類の妻」「別離」「子孫の残存」という基本構造は共通する。
■蛇婿入り(日本各地)
蛇が人間の男性の姿で娘のもとに通い、子を産ませる。蛇の正体が露見し、退治されることが多い。
これは「異類婿型」であり、豊玉姫神話の「異類女房型」とは逆の構造を持つ。ただし、三輪山神話のように、蛇神の子が英雄となる例もある。
■プシュケとエロス(ギリシャ)
美しい娘プシュケは、顔を見てはいけないという条件で神エロスと結婚する。姉たちにそそのかされて灯りでエロスの顔を見てしまい、エロスは去る。プシュケは試練を乗り越え、最終的にエロスと再会し、女神となる。
「見るな」の禁忌と違反という構造は共通するが、ギリシャ神話では最終的に再会・復縁するハッピーエンドとなる点が異なる。
◇ ◇ ◇
【六】伝播か、普遍か
物語編の【四】で触れたように、神話の類似には複数の説明がある。
■伝播説
異類婚姻譚は、インド・東南アジアから日本へと伝播した可能性がある。
大林太良は『日本神話の起源』において、海幸山幸神話と豊玉姫神話が、東南アジアの神話と構造的に類似することを指摘している。特に「海神宮訪問」「異類の妻」「子孫が王家となる」という要素の組み合わせは、インドネシアやポリネシアの神話にも見られる。
ナーガ信仰が仏教とともに日本に伝わり、豊玉姫の「龍」という属性に影響を与えた可能性も指摘されている。
■社会構造説
異類婚姻譚は、異なる集団・民族間の婚姻関係を神話化したものとする説がある。
豊玉姫神話については、天孫族と海洋民族(隼人など)との政治的結合を反映しているとする解釈がある。「異類」とは文字通りの異種ではなく、異なる文化・言語を持つ「他者」を指すという見方である。
■普遍心性説
人間の心には普遍的な構造があり、「異なる者との結合」「秘密の露見」「別離」という物語は、どの文化でも生み出されるという説。
カール・グスタフ・ユングの元型論に基づけば、異類の花嫁は「アニマ」(男性の内なる女性性)の投影であり、「見てはいけない姿を見る」という行為は、無意識の領域に踏み込む危険を象徴していると解釈できる。
ジョーゼフ・キャンベルは『千の顔をもつ英雄』において、異界への訪問と帰還、そしてそこで得たもの(宝物、知恵、あるいは子孫)が英雄神話の普遍的構造であることを論じている。
■現在の学術的見解
現在の比較神話学では、複数の要因が複合していると考えるのが主流である。
豊玉姫神話については、以下の要素が複合していると考えられている:
・東南アジア起源の海神宮訪問譚の影響
・日本列島における海洋民族との接触・婚姻の反映
・出産に関する禁忌・穢れの観念
・天皇家の正統性を根拠づける政治的意図
・人間心理の普遍的な構造(「知りたい」という欲求と、それによる喪失)
◇ ◇ ◇
【七】異論と留保
本稿の議論にはいくつかの留保が必要である。
■「ワニ」の解釈について
古事記で豊玉姫が変じた「和邇」について、サメを指すとする説が有力であるが、異論もある。
一部の研究者は、ワニが文字通りの鰐(クロコダイル)を指す可能性を排除していない。かつて日本近海に鰐が生息していた可能性、あるいは南方との交流によって鰐の知識が伝わった可能性を指摘する説もある。
また、「ワニ」が特定の動物を指すのではなく、「水界の恐ろしい生き物」を総称する言葉であった可能性も考えられる。
■「龍」との関係について
日本書紀では豊玉姫が「龍」に変じたと記される。これは仏教の龍王(ナーガ)の影響とも、中国の龍信仰の影響とも考えられる。
日本書紀は古事記よりも中国文化の影響が強く、より「文明的」な表現を志向した可能性がある。「ワニ(サメ)」よりも「龍」の方が、王権神話にふさわしいと判断されたのかもしれない。
■政治的意図の問題
古事記(712年)と日本書紀(720年)は、天武天皇・持統天皇の時代に政治的意図を持って編纂された。豊玉姫神話が「あるがまま」に記録されたとは限らない。
特に、海神の娘との婚姻によって天皇家が海洋世界とも結びつくという構造は、隼人など南方の海洋民族を支配する正統性を主張する意図があったとも解釈できる。
■比較の限界について
セルキー伝説やメリュジーヌ伝説との比較は、構造的類似を示すものであり、直接的な影響関係を示すものではない。
特にセルキー伝説は19世紀以降に収集・記録されたものが多く、古代の形態を正確に復元することは難しい。メリュジーヌ伝説も14世紀の文学作品として定着したものであり、それ以前の形態については不明な点が多い。
◇ ◇ ◇
【八】参考文献
■一次資料
・『古事記』(712年)
・『日本書紀』(720年)
・『梁書』巻五十四「扶南国」(7世紀)
・ジャン・ダラス『メリュジーヌ物語』(1393-1394年)
■日本神話研究
・大林太良『日本神話の起源』角川書店、1961年(角川ソフィア文庫、2019年)
・吉田敦彦『日本神話の特色』青土社、1994年
・西郷信綱『古事記注釈』全8巻、筑摩書房(ちくま学芸文庫版、2005年)
・松前健『日本神話の形成』塙書房、1970年
■比較神話学・民俗学
・関敬吾『日本昔話集成』全6巻、角川書店、1950-1958年
・川森博司「異種婚説話」『国立歴史民俗博物館研究報告』1993年
・ジョーゼフ・キャンベル『千の顔をもつ英雄』平田武靖他訳、人文書院、1984年
・ミルチャ・エリアーデ『聖と俗』風間敏夫訳、法政大学出版局、1969年
■異類婚姻譚・蛇神話
・フランソワーズ・ル・ルー『メリュジーヌ 蛇女=両性具有の神話』大修館書店、1996年
・小松和彦『異人論』青土社、1985年
・諏訪春雄『日本の幽霊』岩波新書、1988年
■セルキー伝説
・David Thomson『The People of the Sea: A Journey in Search of the Seal Legend』Canongate, 1954/1996
・Susan Cooper『Selkie Girl』Margaret K. McElderry Books, 1986
■ナーガ神話
・立川武蔵『聖なる幻獣』集英社新書、2009年
・定方晟「ナーガ」『平凡社世界大百科事典』
■東南アジア神話
・大林太良『東南アジアの民族と歴史』山川出版社、1984年
◇ ◇ ◇
【おわりに】
豊玉姫は海から来て、子を産み、海へ帰っていった。
その物語は、世界中で語られてきた「異類との婚姻」の神話と響き合う。スコットランドのセルキー、フランスのメリュジーヌ、東南アジアのナーガの王女。みな水の世界からやってきて、人間と愛し合い、子を産み、やがて去っていった。
それが伝播の結果なのか、人間の心の普遍的な構造の表れなのか、あるいは社会構造の反映なのか、確かなことは言えない。
ただ、一つ確かなことがある。
人は、「異なる者」との出会いを恐れながらも求めてきた。
そして、その出会いから生まれたものを、大切に語り継いできた。
豊玉姫を失った山幸彦の悲しみは、約束を破った自分への悔恨でもあっただろう。しかし、残された子供たち――そして、その子孫である私たち――の中に、豊玉姫の血は今も流れている。
異類との婚姻は、悲しい別れで終わることが多い。
しかし、それは断絶ではなく、変容した繋がりの始まりなのかもしれない。
セルキーはアザラシとなって家族を見守り続けた。
メリュジーヌは夜ごと城に戻り、子供たちに乳を与えた。
豊玉姫は歌を残し、妹を送り、血脈を未来へと繋いだ。
姿は変わっても、愛は消えない。
それが、異類婚姻譚が私たちに伝えようとしているメッセージなのかもしれない。
(了)
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