3, 幸せ… 【早井 なな】
早井 ななは幸せだった。
その当時、ななには、彼氏がいた。
明るく、朗らかでちょっとイケメンな男の子。
かっこよい男の子と付き合っているななは、嫉妬の対象にも、憧れの対象にもされた。
でも、別に、ななは気にしていなかった。
そんな、自分に悔しがっている子たちに興味などない。
そんな自分に、ちょっとだけおぼれても、いた。
本当に悔しかったのは、その幸せをかっさらわれた時だった。
今思えば、中学のクラス替え、とてつもなく外れだったと思う。
問題児の、浮気女、白川がいたし。
白川の悪評は、結構有名だった。
小学生のころ、付き合っていたカップルの仲を邪魔し、何度も男をかっさらうという、すごいことをやらかしたヤツ。
その時点で五カップルぐらいは、男を奪い、浮気していたみたいだ。
それに、いじめの主犯格だった、という噂もあった。
なにやら、四年生のころ、何とかちゃんという子と男の取り合いになって、その子をいじめ倒したとか。
その子が病んじゃって、始業式の日、ナイフを学校に持ってきて、クラスメイトに復讐したとか。
でも、白川は運が強すぎて、その日は欠席し、無傷だったとか。
まあ、そんな感じの、たぶんでたらめであろう噂が飛び交っていた。
でも、ふたを開いてみれば、白川はかなりおとなしい子であった。
人当たりもいいし、普通に優しい。
だから…、私は、やっぱり騙された。
私は、白川と友達になってしまったのだ。
私は、自分の目で見るものを信じる主義ではあったし、彼氏との仲も強いものだと思っていたから、白川にさえ、破れるものではないだろうと考えていた。
だが、白川も、彼氏も、結局は私を裏切った。
具体的に何をしたか、今でも言える。
まず、裏で、あの二人はこそこそとラインをつなぎ、愛の言葉をささやきあっていた。それも、毎晩。
それだけじゃない。
春には、私に内緒で二人仲良くお花見デートをしていた。
夏には、二人でプールデート。
秋には、二人で、ミカン狩り。
冬には、二人で、クリスマスデート。
年が明け、しばらくしてから、私は、やっと気づいた。
何が起きていたのか。
その時、私は、言い表せないぐらいの怒りに包まれていた。
悔しい。悲しい。苦しい。辛い。心が、痛い。
裏切られた。
その真実が私を苦しめる。
私は、校舎裏に白川を呼び出した。
最初は、困ったように眉をひそめ、否定していた白川だが、強く問い詰めると、豹変したように話してくれた。
「ああ、うん。だってさ…、格好いいじゃん?付き合いたくなるでしょ、誰でも。」
あっさりしたその口調に、いら立ちが募る。
「私の彼氏だったじゃん。人のを奪っていいわけなくない?」
白川は、その時、面倒くさそうに、
「別に、人のとか私には関係ないし。」
そう言い放った。
自己中の塊。
私は、白川をそうとしか思えなくなった。
さらに怒って、白川を殴ろうとすると、私の彼氏が校庭から駆けつけてきて…、
私を、殴った。
白川ではなく。
「あきなに、何してんだよ!」
怒鳴られた。私が。私が私が私が。
なんで?
私は茫然とした顔で、そこを立ち去るしかなかった。
最後に、白川があっかんべーを私にしていたのが見えた。
その時、私の何かがプツン、と切れた音がした。
その日から、私は、白川に復讐するためだけに生きてきた。
なかでも、白川へ強い憎しみを持っている人を探して、協力者を作った。
その協力者の名前は、タケル。
私たちは、協力した。
まず、タケルが、白川を惚れさせる。
そしてクリスマスデートと見せかけて、白川の悪事をすべて、クラスメイトに知らせるのだ。
あとは、その中のだれかに、それをSNSにあげてもらう。
そうして残ったあとは一生ものの傷になるだろう。
証拠はある。
白川といろんな男たちのキス写真。
浮気された子たちに協力を仰いで集めたやつ。
そうして協力してもらった子たちの中で、特に強い恨みを持っている女子たちを集め、白川を物理的に追い詰めることも忘れないようにする。
白川を追いかけてこの高校に入学した甲斐があった。
白川を追い詰める舞台をクリスマスにしたのには、理由がある。
白川と、私の彼氏だった男が、キスを交わしたのが、この日だったからだ。
一番悲しかった事実も、これだった。
だから、白川をどん底に落とす日も、この日しかない、と思った。
クリスマスツリーには、ある都市伝説がある。
クリスマスツリーに触れて願いを唱えれば、クリスマスツリーの妖精にその願いをかなえてもらえる、というものだ。
だから、念のため、さっき、クリスマスツリーに触れて、白川が苦しみますように、と願っておいた。
そして、その願いはかなえられた。
白川が、焦り、醜い姿を見せるさまは、とても気持ち良い。
私は、知らぬうちに、笑みを浮かべていた。
タケルが少しびくつきながら、私のほうを見ている。
それで、思い出した。
タケルは、私に惚れているらしいのだ。
先ほど告白された。白川が来る前に。
でも・・・。
私は、こいつが好きじゃない。
ただ、利用価値があると思っただけだ。
ただ、白川が来る前に関係が気まずくなるのは、どうかと思ったから、一応受けといた。
ただ、今ふるのもな…。
ま、それはおいおい考えておけばいっか。
今、私は、この白川の様子を堪能しておきたいのだから。
私は、もしかしたら…、サイコパスなのかもしれない。
早井ななは幸せだった。
その時。
ぐしゃり。
ななの心臓がつぶれた。
そして、新たな心臓が生えてくる。
ななが、二回瞬きする間に、ななの人格は跡形もなくなくなっていた。
そして…。
再度目を開けた、外見だけのななは、もう、ななではない。
中身が入れ替わっていた。
この公園でそれに気づいた人は一人もいないだろう。
だが、ななの目は、狂気を宿し、もう、人の気持ちはやどしていなかった。
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