2,  幸せ… 【安藤 タケル】

安藤 タケルは幸せだった。

優しい妹と過ごせる毎日が幸せでたまらなかった。

妹といっても、双子の妹だ。

一時間ほどしか、誕生日(?)は違わない。

でも、どこか幼さの残るその顔で、「お兄ちゃん」

と呼ばれると、妹としか思えなくなってしまうのだった。


そんなある日、やはり幸せは終わりを迎える。

妹が、いじめにあったのだった。

妹とは、クラスが違ったから、気づいたころには、すべてが終わっていた。

まず、最初から説明しよう。


小4の時、妹は、白川明菜というやつと親友になった。

これこそが悪夢の始まりなのだが、当時のおれは、よかったな、程度にしか思っていなかった。

妹がいじめられたきっかけは、男だった。

妹のクラスには、少々イケメンな、男の子がいたのだ。

その子に惚れた妹は、ひそかにその子を慕っていた。

ちなみに、この話は、当時妹から聞き出した情報。

その時は、とうとう妹も、兄離れしてしまうのか、と少ししんみりしていたものだったけど。

そして、話を戻すと、白川明菜という女も、その男の子に惚れていたらしい。

そして、そうした恋した相手が一緒だった、ということだけで、妹はいじめられるようになる。

白川の言い分によると、自分は、正々堂々と戦いたかったが、妹がずるをした、それはいけないんじゃないか、と行動に移し、言葉で示しただけだ、だそう。

誓って言うが、妹はずるなんてしていなかった。

ひそかに、恋心を押し消そう、そう考えていたぐらいに。

だから、白川が一方的に決めつけて、妹を傷つけた、そういうことだ。

妹は、精神的にも物理的にも激しいいじめを受けていた。

クラスメイトからの無視、当番、係などの押し付け、等々。

許せなかった。

妹のいじめに加担した奴ら全ても、そして、気づいてあげられなかった自分も。

聞き出した直後に泣き出した妹のことを、どう慰めてあげればいいか、わからなかった。

聞き出した、その時が、クリスマスだったことは覚えている。

プレゼントを開けた直後に泣き出した妹のこと。

それにつられて泣いてしまった俺のこと。

虹が原公園で、一緒にクリスマスツリーを眺めたこと。

イルミネーションがきれいだったこと。

しかし、一月に入ると、不思議なほどに妹はキャラ変した。


妹は、一月から、白川に反抗するようになる。

今まではおどおどしていたのが、うそだったかのようにピンと背筋を伸ばして、白川たちをにらみつける、妹。

それを見て、俺は、支えよう、この背中を、と思ったのだ。


だが、結局は支えきれなかった。


サンタさん、イルミネーション、雪、そう、クリスマスが行ってしまった、春の月。

四月。

妹は、俺の予想外の行動に出た。

ランドセルに、ナイフを仕込ませー。

始業式の日、クラスメイトをそれで襲ったのだ。

妹は、クラスメイトをナイフで刺していった。

先生に止められそうになりながらも、よけて、刺した。

皆、逃げ惑っていた。

俺は、呆然としていた。

地獄絵図を見ているかのようで、立ち尽くすしかなかったのだ。

妹は、白川を中心としたいじめグループには、重症になるような刺し傷を。

傍観していたような子たちには、比較的軽症な刺し傷を刺していった。

傍目に見れば、ナイフを振り回しているようにしか見えなかったのだが。

そして、最後に、妹は…、俺を見つめ、自分のおなかにナイフを刺し込み、倒れた。

この日、死亡者はいなかった。

どんなに重傷を負ったとしても、やはり、死亡した者はいなかった。

そして、重症者の中で、最もひどい傷を負ったものは…、妹だった。

無傷だったのは、白川だった。

白川は、その日、おなかが痛いという理由で学校に来ていなかったのだ。

理不尽。だと思った。

妹は、意識不明で、今のところ植物状態。

白川は、刺し傷をまったくもって負わず、元気に登校している。

許せない、許さない。

その日、俺は誓った。

白川に復讐する、と。


そんなあるとき、俺は、自分の恋人を白川に盗られた、という少女、早井ななに出会った。

ななは、俺と同じで、白川に憎しみを抱いていた。

そこで、俺たちは協力することにした。

すべては、白川を、追い詰め、それ相応の苦しみを与えるためにー。


白川が、目の前で焦っている

白川が、目の前で殴られている

白川が、目の前で必死に逃げていく


何か…、息苦しいものを感じたような気がした。

のどがつまる。

俺が望んでいたのは、本当に…。

綿密に立てた復讐計画が、今目の前で行われているのを見ると、少しもやもやした。

なんでだ。何かが…、違う。


その時、ななが、こちらをくるりと向いていった。

「無事成功してよかったです。」

その微笑みに、俺の頬がだらしなく緩む。

そう、俺はななに恋してしまったのだ。

白川なんかよりも芯があって。

白川なんかよりもかわいくて。

白川なんかよりも、性格が良いから。

俺は、ななと恋人つなぎをしながら歩き始めた。

イルミネーションに照らされて、ななの顔がピンクになったり、青になったり、黄色になったりする。

ふと、クリスマスツリーが眼に入った。

てっぺんの星が、きら、きらと弱弱しそうに瞬いている。

俺は、特にそれを気にせず、歩き出した。

ななとデートしている今のほうが大切だったから。


安藤タケルは幸せだった。




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