クリスマスツリーの妖精

ライフリー

1,  幸せ… 【白川 明菜】

白川 明菜は幸せだった。

白川は、今、十六歳。

つまり、高校一年生であった。

そんな、若々しい彼女は、スマホを手に、ベッドで寝転がっていた。

はしたない、といつも怒鳴りつけてくる母は、いま、用事があって出かけている。

今日は十二月二十五日。

そう聞いて、あなたは何を思い浮かべただろうか。

たぶん、クリスマスだろう。

白川は、満面の笑みとともに、スマホを持ち直した。

昨日のトーク内容が、はっきりと表示されている。

≪ 十二月二十日 ≫

タケル ― あのさ…、明日空いてる?午後四時から五時ぐらいまで ―

あきな ― 空いてるけど ―

タケル ― 虹が原公園のあたりさ、イルミネーションがきれいなんだって -

タケル ― もしよかったら、一緒に、明日の午後四時から五時まで、

      遊びに行かね?                     ―

あきな ― いいよ! ―



うれしすぎて、心臓が爆発してる。

こういったシチュエーションが、白川はたまらなく好きだった。

白川は、もうすぐ始まるデートのために、おしゃれをし始めた。

ただのデートじゃない、クリスマスデートだ。

待ち合わせ場所は、虹が原公園の周辺。

約束時間は一時。


白川は、めいいっぱいのおしゃれをした。

お気に入りの服、靴、メイク。

控えめながらも清楚で、きれいな感じを強調。

うん、めっちゃいい仕上がりだ。

白川は、鏡の前でにっこりと笑みを作って見せた。


ドアを開いて、外に出ると、寒さが白川の体に染みわたった。

白い息が、空へ空へと昇っていく。

少し薄暗くなってきた空を見上げると、にっこり笑ったサンタさんのイルミネーションを飾った家があった。

白川も、にっこり笑うと、虹が原公園へと足を走らせた。


公園についた時間が、だいたい4時ちょうど。

確かに、あたりはイルミネーションとサンタで埋め尽くされ、中央に立派なクリスマスツリーが立っていた。

そのそばに、タケルが立っている。

「おまたせ~」

駆け寄って、ふと気づく。

タケルが、傍らにいる少女と恋人つなぎをしているのだ。

「その子誰よ?」

声が低くなるあきなにタケルは平然と言ってのけた。

「俺の、恋人のなな。」

は?うそでしょ?

「はあ…っ?」

白川の視界が怒りで染まる。

「嘘つき!」

向かっていったのは、タケルではなく、ななのほうだった。

白川が振り上げた手を、タケルはしっかりとつかむ。

「やめろ。」

そばにいたななが、白川をばかにするように笑った。

「変わらないものですね、昔も、今も。」

白川はななをきっとにらみつけた。

「何のことよ。」

「だってほら、見てください。」

ななが、タケルのスマホのトーク画面を見せる。

あきなとの昨日のトーク内容だ。

「これを見ればわかります。ここには、デートなんて一言も書いてないし、遊びに行く、とだけしかないじゃないですか。告白される、とでも思ったんですか?厚かましい。」

白川は、かっとなっていった。

「でも、でも…、タケル、私のこと、好きみたいなそぶりしてたもの!」

タケルは、静かに言った。

「かんちがいだ。俺は、妹をあそこまで追い詰めた犯人、あきなを許さない。どこまでも追いかけてやる。そう、お前をここに呼び出したのは復讐のため。ななも、あきなにひどいことをされた経験があるんだ。」

白川は、眉をひそめた。

「ひどいことをされた経験…?妹…?」

タケルは白川をにらみつけた。

「覚えてないのか…。俺の、妹のことを。」

白川は、平然と言い返す。

「うん、まったくもって身に覚えがない。」

ななは、じゃあ、と口を開いた。

「トオル君、この名前に覚えはないですか?」

白川は、一瞬うろたえた後、あわてて平静な顔に戻った。

「知らない、知らない。覚えていない。」

ななは、薄く笑った。

「そんなわけがないでしょう。」

ななは、一旦、タケルにスマホを返した後、自分のスマホを取り出した。

そして、アルバム、つまりおびただしい数の写真を、画面に映す。

その写真は、大半が、男と白川のキスシーンであった。

十数枚はありそうな、キス写真は、それぞれ、白川は同じなのに、相手の男だけが異なっていた。

ななが、クスリ、と笑う。

「この男たち、ほとんどが他人の恋人だったそうですね。」

白川は、蒼白な顔で、一生懸命首を横に振る。

「否定しても、無駄ですよ。証拠があるんですから。それと…、この写真、クラスラインに送ったので。というか、クラスメイトである私をわからなかったのも普通にショックでしたね」

白川は、絶望的な表情で、は?とつぶやいた。

どうして、ななのスマホに、キス写真があるんだ。

ああ、そうそう、とななは話を続ける。

「このキス写真、クリスマスに撮られたものばっかりなんですってね。ちょうどよかったじゃないですか。あなたの、立場がなくなるのも、まさにクリスマスですよ。」

そういって、後ろを振り向く。

「あと…、あなたに一言ある方たちがいたので、呼んでおきました。」

ななが向いた先には、白川がこれまで浮気してきた男子たちの元カノ。

あ、あ…。

女子計六人は、白川につかみかかった。

「や、やめて!」

白川の必死の抵抗もむなしく、白川は手足の自由を奪われ、一発腹を殴られる。

「グ…っ」

どう見てもいじめを受けているようにしか思えないのに、助けてくれる人がいない。

助けて。なんで、この公園にはこんなに人がいるのに、助けようと動いてくれる人はいないのよ。

クリスマスツリーの、てっぺんの星が静かに瞬いた。

白川は、女子たちの気が緩んだすきをついて、逃げだす。

目的地は自分の家だ。

白川は、必死に走った。

もしかしたら、殺される?そんな思いが、白川の頭を駆け巡る。

冗談じゃない。

白川は、家にすぐさま入り、鍵を閉めた。

なんで、こうなったんだろう。

白川は、頭を抱えた。

ドンドン、家のドアがたたかれる音がする。

しばらくして、お風呂の窓から、女子たちが侵入してきた。

「はあ?」

土足で家に上がってきた女子たちに、白川は恐怖と怒りで応戦した。

「不法侵入よ!」

でも、と女子たちの中で代表の子が声を上げる。

「あなたは、それ以上のことをやったじゃない。」

女子たちが、白川に近づいてくる。

白川は、階段を駆け上って二階へと上がった。

そのまま、ふらふらとベランダに近寄っていく。

そして、外とベランダを分ける手すりに腰を掛けた。

手すりから手を放し、バランスを崩せば、白川は、頭から落ち、最悪死んでしまうだろう。

階段を上がってきた女子たちは、白川に近づくべきか近づかないべきか、迷っているようだった。

白川は、その調子、と笑みを浮かべる。

「いい、私に近づいてきたら、私は手すりを話し、真っ逆さまに落ちるわ。

 そして、死ぬ。それは、まぎれもなくあなたたちのせいよ。」

女子たちが、お互い視線で会話をしている、と、その時。

ふわっと風が吹いて、白川はバランスを崩した。

そのまま手すりから手を放し、白川は頭から落ちていく。

えっ、死ぬの、私?

い、いやだいやだいやだいやだ!死にたくない!

急なことに、白川は目を見開いた。

顔がクシャリとゆがむ。

隣の家の、ちかちかしたイルミネーションが眼に入った。

メリークリスマス?くそくらえ―!

その直後、白川は頭を打った。


白川は、夢を見ていた。


タケルと、虹が原公園で待ち合わせをし、デートをする。

クリスマスツリーの前で告白され、了承する私。

幸せそうに肩を寄り添う私たち。

最後に―。

お互いの唇と唇を重ねる。

柔らかい感触に酔いしれて、もう一度。

高校生には早い?関係ない。

恐る恐る、タケルの唇の中に舌を入れてみる。

タケルも、くすぐったそうにしながらも、それを受け入れてくれるのだ。

お互い、とろけ切った時間。


白川 明菜は、幸せだった。


ある程度大きい病院に、ある女の子が運び込まれた。

ベランダから、バランスを崩し、頭から落ちてしまった女の子。

救急車で搬送されるも、意識不明で、植物状態になってしまった女の子。

そんな状態の中、女の子はいびつな笑みを浮かべていたそうだ。









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