第4話 学園生活の始まり
マリューさんの弟子になってから二日後、僕は王立学園の敷地を初めて跨ぐこととなった。
門でカロンさんと合流し、そこから学長室に案内されたのだが……。
「よう来た。制服も似合っているではないか」
豪華な室内に豪華な家具。
偉い人が使いますよ~と言わんばかりの大きな執務机にちょこんと座る少女エルフ。
我が師匠たるマリュー・ヴァーミリオンはニマニマと変な笑顔で僕を出迎えてくれた。
「マリューさん、変な顔してますね」
「うむ。今日が楽しみだったからのう」
「楽しみ、ですか?」
「そうだとも。なんせ、新しい『真理持ち』が現れて弟子となったのだからな」
そんなことがどう楽しいのか、僕には全く理解できないけれど……。
「魔術師の方々は新しい真理持ちとやらが現れると楽しいんですか?」
「魔術師というよりも、私個人じゃな」
椅子からぴょんと飛び降りたマリューさんは僕に近寄ってくると、僕のお腹をツンツンと突きながらニマニマと再び笑う。
「私は魔術師でもあるが、同時に
曰く、マリューさんは魔術を越えた奇跡、魔法を自らの手で再現してやろうと目論んでいるらしい。
「私は偶然にも真理を持ち得ている。世界で最も魔法使いに近い存在じゃ。自分の研究を成功させるには、同じような境遇の人間が多いほどいい」
一人よりも二人。二人よりも三人。
自分だけよりも、同じ種類の人間による体験や経験もあれば研究は進みやすい、とのこと。
「しかも、伝説の魔法じゃぞ? 他の者からすれば御伽噺じゃが、私達のような人間は違う。魔法へより近付きたいとする私の気持ちも理解できぬか?」
「いえ、全く」
魔法よりも将来のお金。
それが僕の人生計画なのだから――いや、待てよ? 魔法を使ってお金を生み出すことも可能なんじゃ?
「魔法で金を作るとかできますかね? それなら興味が湧きそうです」
「お主、とんだ金の亡者じゃのう」
マリューさんは呆れるように小さなため息を吐いた。
「お金がないと自由が得られないのは身に染みていますからね」
お金が無ければご飯は食べられない。
お金が無ければ安心して眠る場所も得られない。
お金が無ければ人生逆転の知識も得られない。
普通の平民よりも下を生きる、僕のような人間が嫌というほど知る現実だ。
「魔法で金を生み出せるかは分からんが、とにかく私の弟子にはなったのだ。お主の人生を逆転させる価値があったと将来的に言わせてやろう」
マリューさんは悪そうな顔を浮かべながらも「ついて来い」と廊下へ出る。
「これからお主のクラスへ案内してやる」
「分かりました」
――僕が案内されるクラスは当然ながら一年生クラスだ。
王立学園の入学は十歳から可能なのだが、十六歳になるとハイクラスと呼ばれる学年に切り替わるらしい。
今年のハイクラス一年生は今月頭に始まったばかりであり、僕は一週間遅れの入学という形になる。
「通常、ハイクラスは全部で三組。上からA~Cと分かれておる。ただ、今年度の一年生にはAクラスよりも上に位置する特別なSクラスが追加されておるんじゃ」
僕が所属するのはそのSクラスだという。
当然、どうしてと聞いた。
むしろ、一番下のCクラスの方が合っているんじゃないかとも。
「Sクラスの方が都合が良いんじゃよ。私が管理するクラスでもあるからな」
弟子だから目が届く場所にいた方がいいってことかな?
だとすれば、この人はなかなかに面倒見がいい……のだろうか?
「……ところで、マリューさんも真理持ちってことは、僕みたいに魔術式を構築せずに魔術を使えるってことですよね? マリューさんも火の真理とやらを持っているんですか?」
「いいや、私の真理は『風』だ」
曰く、マリューさんが真理に目覚めたのは幼少期のことらしい。
「子供の頃、私は木から落ちたことがあってな。落下中に真理を得た」
「またヤンチャな子供時代ですね。うちのチビみたいだ」
「元気だけが取り柄なクソガキじゃったよ。ただ、真理を得てからは魔法に憑りつかれたがね」
ククク、と懐かしそうに笑うマリューさんも、僕と同じように不思議な体験をしたのだろう。
「木から落下している最中、私は大空を飛んだ」
「大空を飛んだ?」
「ああ。実際に飛んだのではなく、大空を自由に飛び回る自分――記憶を思い出したとでも言えばいいのだろうか?」
マリューさんの脳裏に駆け巡ったのは、翼を広げて大空を飛び回る自分の記憶。
二本足で地面を歩く自分が体験するはずがない、正体不明の記憶。
体験したはずがないのに、どういうわけかそれが『自分の記憶である』とハッキリ認識できたという。
「虹が掛かる綺麗な青空を自由に飛んでいた……。そして、私の隣には美しい緑色の尾を持つ鳥が並んでいたのじゃ」
彼女はその記憶を懐かしむかのように言葉を続ける。
「あれは風の精霊だ」
精霊という存在は信仰の中にしか存在しない。
宗教的には存在することになっているが、実際に目にすることはできない存在。
彼女も精霊なんて見たことがないのに、記憶の中にあるそれを精霊だと確信できたという。
「どういうわけか、私の頭の中には精霊と空を飛ぶ記憶がある。不思議じゃよな」
「その感覚は分かります。僕も僕が知り得ない知識を持つ自分が中にいるような感覚ですから」
彼女も僕と同じように、不思議な体験をした直後から感覚的に魔術を理解できるようになった。
魔術式の構築などせず、魔術を行使できるようになったという。
「不思議で奇妙じゃ。だからこそ惹かれた。私の中にある記憶の正体を知りたいのと同時に、魔法とは何なのかを知りたくなった」
語りながら廊下を歩く彼女は、穏やかな表情で窓の外にある空を見つめる。
「私は、また飛びたい」
その声音は、興味よりも渇望に近いだろう。
あの時の体験をもう一度、と渇望する者が絞り出す本気の願いに聞こえた。
「さて、着いたぞ」
辿り着いたのは『Sクラス』と表札の掛かる扉。
「…………」
「入るぞ」
マリューさんは容赦無く扉を開け、教室の中へと入っていく。
僕は緊張しながら後に続くと――中にいた生徒は男女二人ずつの四人だけ。
グロリア先生はもっと多くの生徒が同じ部屋に詰め込まれる、と言っていたのだけど。
聞いていた話と違いすぎて「あれ?」と内心で零してしまう状況だったのだ。
「今日から新しい生徒が加わる。昨日告知した通り、私の弟子だ。仲良くするように」
そう言った彼女は肘で僕の脇腹を突く。
「カ、カイルと申します。ど、どうぞ、よろしくお願いします」
自分の名前を噛みそうになったがどうにか耐えた。
まずは自己紹介できたことでホッと一安心し、ちょっと心に余裕が出来たことでクラスメイトとなる四人の顔を見ることができたのだが……。
あ、あれ? おかしいな……。
一番前にいる人、前に建国記念日のパレードで見た人に似ているんだけど?
「Sクラスのクラスリーダーはゼインじゃ。ほれ、自己紹介せい」
「ゼイン・クレセルだ。よろしく頼むよ」
ニコニコと笑いながら自己紹介してくれたのは、この国の第二王子様であるゼイン・クレセル殿下だった。
もうすごいオーラを感じる。
特徴的な白銀の髪も神々しく見えるが、何より体全体から放たれる高貴なオーラだ。
今、僕の足は生まれたての小鹿のように震えている。
「―――」
自己紹介を受けた直後、僕は不敬にも口をパクパクさせながら視線をゼイン殿下とマリューさんの顔を行ったり来たりさせてしまう。
クラスに王子様がいることも驚きだが、マリューさんが王子様に「自己紹介せい」なんて雑に言ったことも驚きである。
あんた、不敬罪で死にたいのか! と絶叫したい。
向こうは最高権力者の一員なんですよ!?
「……何となく言いたいことは分かるよ。ただ、マリュー殿との関係はいつもこんな感じなんだ。特に気にしないでくれたまえ」
「は、はひ……」
「ああ、君もクラスメイトの一人なんだからね。私に対して過剰に敬わないでくれて大丈夫だ」
「は、はひぃ……」
そ、そうは言われましてもと叫びたい。
続けて、ゼイン殿下は他のクラスメイトを紹介していく。
「私の隣に座っている彼の名前はカーク・アルバルド」
殿下のご紹介曰く、こちらは現騎士団長も務めるアルバルド侯爵家のご長男。
銅像ですか? ってくらい背筋をピンと伸ばして座ってらっしゃる。
青髪の隙間から見える眼光は鋭く、さすがは騎士団長の息子といった感じ。
同時に殿下の護衛でもあるようだ。
「…………」
目が合うと、彼は静かに頭を下げた。
続けて後ろの列に座る女の子の一人、切り揃えられた茶色の前髪で両目が隠れている小柄な女の子。
「彼女の名前はマリィ・ホープライン。ホープライン侯爵家の次女。ホープライン製薬の家と言った方が分かりやすいかな?」
「あっ! いつもお世話になっています!」
つい声を出してしまったが、ホープライン製薬は貴族から平民まで幅広くお世話になる『薬屋』だからだ。
チビ達が風邪を引いた時もお世話になっているし、グロリア先生の腰に貼る貼薬もよく買わせて頂いている。
「ま、まいどありがとうございます」
肩を縮こませながら控えめに言う彼女は、国一番の薬師一家のご令嬢ということだ。
「最後はリゼ・クロフト。クロフト侯爵家の長女。こちらもクロフト錬金術工房の名を出した方が分かりやすいかもしれないね」
クロフト錬金術工房は国内で最も大きな錬金術工房・商会として名高く、一般家庭に普及している魔道具をいくつも作り上げてきた実績を持つ。
僕がお金を貯めて買うぞ! と、夢見た魔道具もクロフト錬金術工房製ばかりだ。
「リゼ・クロフトですわ。どうぞ、よろしくお願いしますわね」
ファサ~と長く綺麗な金色の髪を手で払い、優雅な挨拶をしてくれる姿はまさしく『貴族令嬢』のイメージにぴったり。
キリッとした目も抜群に整った容姿も、一目で「うわー! これが貴族かぁぁ!?」と腰を抜かしそうになってしまうほど。
ただ、どういうわけか、彼女は制服の上に黒色の無骨なエプロンを身に着けていた。
しかも、所々汚れていて使い込まれた感が一発で分かるやつ。
「なかなか個性的なメンバーじゃろう? 王族加え、王国三侯爵家の子が一か所に集まるというのも稀なことだ」
ニヤッと笑うマリューさんは僕の顔を見て言葉を続ける。
「そして、最後に私の弟子が加わる。これほど面白いクラスもあるまい」
イッヒッヒッ! と笑うマリューさんであったが――
「ひゅー……ひゅー……」
こんな超ロイヤルフィールドにぶち込まれた僕は過呼吸に陥りそう。
緊張で吐きそうになる。
孤児院育ちの僕には刺激が強すぎるって!!
ヘマしたら一発で不敬罪じゃん!! 良くて鉱山労働、最悪死刑じゃないか!?
「んじゃ、お主はゼインの隣に――」
「ひゅっ」
一瞬で息ができなくなる。
「隣にすると緊張で死にそうだから、とりあえず慣れるまでは後ろの列に座っておけ」
「はひ……」
オロオロとしながら殿下の斜め後ろの席に着席。
すごい。
王子様って背中からもオーラが出るんだ。
「カイルさん、これからクラスメイトとしてよろしくお願いしますわね」
ただ、横もすごい。
リゼ・クロフト様の放つ侯爵家のオーラに僕の精神は焼け爛れてしまいそうだ。
あと、何だか良い香りがする。
「よ、よろしくお願いします」
どうにか返事を絞り出したけど、僕は上手く表情を作れているだろうか?
顔が引き攣りすぎて変な顔になっている、なんてことないよね……?
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その孤児は魔術の真理を知っている とうもろこし@灰色のアッシュ書籍化 @morokosi07
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