第3話 金が欲しければこの手を掴め


「……へぇ~」


「いや、へぇ~って! さっきから反応が薄すぎじゃないか!?」


 そう言われましても、僕はなんちゃらホルダーなんて言葉もさっき初めて聞いたし……。


「お主を入れて世界に三人しかおらんのじゃぞ!?」


 マリューさんは指を三本立て、僕の顔に押し付けるようにアピールしてきた。


「そもそも、アレテイア・ホルダーの称号を知らん魔術師なんぞこの世にはおらん!」


「いや、僕は魔術師じゃないですし……。何度か言いましたが、僕が魔術を覚えたのは家事を楽にしたかったからです」


 そう言うと、マリューさんはソファーに体を沈ませながら深いため息を吐いて脱力してしまう。


「お主に魔術を教えたという姉は? その者も魔術師じゃないのか?」


「姉さんは魔術師ですね。今は冒険者になっています」


 僕に魔術を教えてくれた姉さんも孤児であり、元々この孤児院に住んでいた人だ。


 十歳も歳が離れている姉さんは他の兄弟達と冒険者として活躍しながら独学で魔術を学び、今では凄腕の魔術師冒険者として活躍中。


「僕が魔術式無しで種火を使えるようになったのは、姉さん達が別大陸の仕事を受けてからなんですよね」


 別大陸でダンジョンの調査をしている姉さん達は五年以上帰って来ていない。


 たまに手紙は届くけど。


「私は魔術師ではないので……」


 もちろん、グロリア先生も知らなかった。


 称号のことは知っていたけど、偉い魔術師の人に与えられる爵位みたいなものだと理解していたらしい。


「……なるほど。だから誰も指摘せんかったのか」


 再び大きなため息を吐くマリューさん。


「なぁ、アレテイア・ホルダーの条件って私が思っているほど有名ではないのか?」


 眉間に皺を寄せたマリューさんが男性に問うと、男性は「いや」と首を振る。


「今回は特殊な例でしょう。現に年々魔術師の数は増えておりますし、昔と違って平民からも多く輩出されておりますから」


 男性の言葉を聞いた彼女は腕を組みながら「う~む」と唸り始める。


 そして、僕の顔を見つめながら――


「お主、私の弟子になれ」


「え? 弟子?」


「そうじゃ。私の弟子になれば王立学園に入学もできるし、学園で魔術の勉強もできる。どうじゃ?」


「学園ですか」


 ――普通の人ならば飛びつく提案なのかもしれない。


 ただ、僕には僕の人生計画ってものがあるのだ。


 可愛い弟妹が立派な大人になるよう、支えるという計画が。


 だから僕は諸々事情を明かしてから、と考えていたのだが……。


「お願いします。この子を弟子にして下さい!」


 僕が質問する前にグロリア先生が頭を下げてしまった。


「先生?」


「カイル、迷ってはダメよ!」


 先生は僕の両肩を掴むと、珍しく鬼気迫る表情を見せた。


「いい、カイル。これはチャンスなの。貴方に与えられたチャンスよ。逃しては絶対にダメ」


 先生はそう言って言葉を続ける。


「王立学園に入学できれば今以上に勉強ができるわ。国内一と言われた学び舎で最高の知識が得られるの」


 学園を卒業すれば僕の将来はもっと素晴らしいものになる、と。


 それこそ、冒険者ギルドの正職員を目指すよりずっと良くなる――と、先生は力説する。


「それは確かじゃな。お主がアレテイア・ホルダーと国に認められた場合、王宮魔術師よりも上の地位を得られる」


 王宮魔術師は魔術師の中でも最高峰に位置する地位だ。


 騎士団に所属する魔術師より偉い、と昔に姉さんから聞いた話を覚えているだけだけど。


「学園に入学したらお金は稼げますか?」


 しかし、これだけは聞いておきたい。


「なんだ? 金が欲しいのか?」


「はい。弟妹のために将来的な資金が欲しいということもありますが、日常的にも苦労をかけたくないので」


 僕はチラリとリビングの入口に目を向ける。


 そこには覗き込むようにこちらを窺うチビ達の姿があった。


「僕はみんなの兄ですから。お菓子が食べたいと言えば食べさせてあげたい。それこそ、将来学園に入りたいと言われたら学費を出してあげたいんです」


「……くぅ!」


 僕の話を聞いていた男性は何故か目頭を押さえながら顔を伏せてしまった。


「お主の勤勉さも必要じゃが、学園を卒業すれば将来的な資金は問題無いじゃろうな。日常的に消費する金額も学園内で行われるアルバイトをこなせば十分に稼げるじゃろう」


 マリューさんが明かしたアルバイトの報酬はいつもの日雇い仕事よりも高額だった。


「おお!」


 これならチビ達に色々買ってあげられるかも。


 加えて、月にまとめて孤児院にもお金を入れられそうだ。


「あ、でも……」


 そうだ。もう一つ心配事があった。


「魔術師になると魔物とも戦うんですよね? 僕、魔物と戦った経験がありませんし……」


 僕なんかよりも筋肉ムキムキの騎士や冒険者ですら殺されてしまう相手と戦うんだ。


 戦闘経験皆無で種火しか使えない僕が勝てるわけない。勝てるイメージが湧かない。


 あと、何より怖い。


「心配ないさ! 魔術師は戦いだけじゃないからね! 研究職もあるんだよ!」


 マリューさんよりも先に男性が――まだ鼻を鳴らしながら泣いている男性が前のめりになって熱弁してきた。


「王宮魔術師や騎士団所属の魔術師隊に入れば戦闘は日常茶飯事じゃろうが、研究職やそこから派生した教師なら戦闘は発生せんじゃろうな」


 つまり、魔術師の中にも戦闘員と非戦闘員の枠組みがあるって話らしい。


「まぁ、有事の際は戦わねばならんがな。国家の危機となれば、魔術師だろうがアレテイア・ホルダーだろうが変わらん」


 そこは理解できる。


 そうならないことを祈るけどね……。


「カロンが言った通り、戦いを避けたければ研究職や教職に就くことを目指せばいい。そのあたりはお主の選択次第じゃよ」


 仮にアルテなんちゃらになったとしても、将来就く仕事の自由選択は保証されているようだ。


 あと、さっきから泣いている男性はカロンさんっていう名前なんだ。


「それなら良いかも」


「よう言った! 私がお主を世界一の魔術師にしてやる!」


 マリューさんはカロンさんと一緒に笑みを浮かべる。


「いえ、世界一の魔術師は結構です。お金を稼げる職に就ければいいので」


「アレテイア・ホルダーと認められれば、金じゃろうが女じゃろうが向こうから寄ってくるわ!」


 マリューさんは「イッヒッヒッ!」と悪そうな表情を見せて笑う。


「国に認められれば、貴族の娘と結婚して玉の輿に乗るのも可能じゃろう。お主、顔が中性的じゃから貴族令嬢にモテそうじゃしのう!」


 アレテイア・ホルダーになれば人生バラ色間違いなし! 人生勝ったも同然! ――だと何度もアピールしてくる。


 ……本当に大丈夫なんだろうか? 詐欺じゃないよね?


 僕は間違えていないだろうか。


「そ、それで? マリューさんの弟子になったらどうすればいいんですか?」


「まずは学園に入れ。そこで魔術師として基礎を学ぶといい」


「魔術師の基礎ですか?」


 意外と普通だ。


 弟子になれって話だから、もっと変なことをさせられるかと思っていたのに。


「魔術のことを何も知らんヤツが魔術の話を聞かされても理解はできんじゃろう? 学園で授業を受けながら、たまに私とお喋りしよう」


 授業を受けて、お喋り……。


 それでいいのか? とも思ってしまうが、ここは何も言うまい。


 多くを求められない間に学園のアルバイトとやらをたくさん受けよう。


「……お主、授業をそこそこにアルバイトをたくさん受けようと考えておるな?」


 ギクゥー!


「どうして分かったんだって顔じゃな」


「心の中を読む魔術があるんですか?」


「そんな魔術があったら犯罪者を相手にする騎士団は苦労せんじゃろうな」


 苦笑いを浮かべるマリューさんだったが、彼女はワンピースの中に隠していた首掛け紐付きの財布を取り出した。


「お主が勉強に専念できるよう、師匠がその思惑を邪魔してやろう」


 財布から取り出したのは金貨だ。


 それも二十枚。


 僕達の生活レベルで換算すると、孤児院に与えられる月予算の三ヵ月分だろうか?


「まずはこれを一月分、孤児院に寄付として差し出そう。お主がまじめに学園生として生活したら毎月この額を納めてやる」


「ひょ、ひょえ~!」


 う、嘘でしょー!


 そんな大金を毎月!?


 チビ達にお菓子を買ってやるどころか、新しいオモチャや本、綺麗な服まで買ってあげられるじゃないか!


「そ、そんな大金を軽々と……!?」


 心底驚いていると、マリューさんはまるで絵本に登場する邪悪な魔王のような表情を見せる。


「イッヒッヒッ!! どうじゃ!? これがアレテイア・ホルダーの力よ! 王宮魔術師の地位を越え、国に唯一無二と認められた者が得られる力ぞ!」


 立ち上がったマリューさんはスッと目を細め、僕に手を伸ばす。


「お主も欲しいか? この地位が! 力が! 富が!」


「ほ、欲しい! 欲しいです!」


 即、縋るようにその手を取った。


 当然だ!


 これほどの財力を将来的に得られるとすれば、チビ達全員を学園に入れることができる!


 それどころか、将来的に孤児院へ来るであろう未来のチビ達も!


「イッヒッヒッ! よかろう! ならば、今日から私のことを師匠と呼べ!」


「はい、師匠!」


「イッヒッヒッ! 共に行くぞ、弟子よ! 輝かしき我らの覇道を、魔術の栄光を手にするのじゃあああっ!」


 あ、そういうのは結構です。

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