第2話 真理を知る者
「お主、魔術式を構築せずに魔術を使っておったじゃろう!?」
そう言って目を血走らせる少女に「もう一度やれ!」と促され、僕はビクビクしながらも再び『種火』を使った。
指先からペッと魔術が撃ち出されると――
「それじゃあああ!! ほれみろぉぉぉ!!」
少女は僕の手を掴むと、再び興奮気味に叫ぶが……。
僕自身は何が問題なのか全く分からない。
彼女は『魔術式を構築せずに魔術を使っていた』と指摘していたが。
「ただの種火ですよ? そう珍しい魔術じゃないと思うけど――」
そこまで口に出したところで、春の涼しい風が少女の髪を泳がせる。
風に泳いだ髪の隙間から見えたのは長い耳だ。
――この子、エルフだったのか。
エルフといえば、僕のようなヒューマンよりも長く生きる種族だ。
となると、この子は見た目に反して僕よりも年上なのかも。
それに着ている服も平民には見えないし……。
僕は脳内ですぐさま現状を整理する。
「そう珍しい魔術じゃないと思いますよ?」
そして、最後の言葉を言い換えた。敬語に。
「問題はそっちじゃないわい! 魔術式を構築せん方じゃ!」
「先ほどもそう言っていましたね。それって珍しいことなんですか?」
誰でも出来るんじゃないんですか? そう問うと、少女は後ろにいた男性に顔を向ける。
二人は顔を見合わせながら口を半開きにして固まってしまった。
まるで僕が言った言葉が信じられないかのように。
「……お主、
「アレテ……? 何ですか、それ?」
僕が首を傾げると、再び二人は顔を見合わせてしまう。
「とにかく、お主と話がしたい。どこかで腰を据えて話せんか?」
またしてもズズイと顔を近付けてくる少女。
「……僕、仕事の途中で。これを終わらせてお金を貰わないと困るんです」
途中で仕事を放棄しては、仕事を紹介してくれたトット爺ちゃんにも迷惑がかかってしまう。
それにお金も大事。
チビ達にお菓子を買ってあげられるし。
「そうか。ならば、お主の代わりを用意しよう。もちろん、仕事の給金も払おう」
「え? そんなこと――」
出来るんですか? と問う前に、少女は近くにいた騎士へ「よろしいか!」と声をかけた。
「どうなさいました?」
そして、声に応じた騎士も少女に対して非常に礼儀正しいというか、彼女をただの一般少女とは明らかに見ていない。
もしかして、この子は騎士団の関係者? それともどこぞのお貴族様か、その繋がりがある人とか……?
どちらにせよ、彼女に対して敬語を使おうと察した自分を褒めてやりたい。
「この青年と話がしたい。代われる者を用意してくれんか?」
「承知しました。うちの魔術師にやらせましょう」
騎士が了承すると、少女は僕の顔を見ながらニコリと笑う。
「では、話をしようか」
絶対に逃がさないぞ、と言わんばかりの笑顔を。
◇ ◇
じっくり話をしたい、と何度も強調された僕は彼女達を孤児院へと案内した。
院内のリビングで話をすることになり、念のため僕の隣にはグロリア先生にも座ってもらうと……。
「あら? 貴女様はどこかで……」
少女と対面したグロリア先生が首を傾げた。
「おお、自己紹介がまだじゃったな。私は王立学園の学長を務めておる、マリュー・ヴァーミリオンじゃ」
よろしく、と彼女が笑うと、グロリア先生は「ああ、そうでした!」と驚く。
……この人、本当に偉い人だったんだ。
しかも、王立学園の学長さんだったなんて。
「さて、まずは……。どこから話そうか」
少女は腕を組みながら少し悩みつつも、僕の顔をじっと見つめて口を開く。
「お主が使う魔術行使は世界的にも非常に、ひっじょ~に! 珍しい。誰でも出来るようなことではない、ということを最初に認識してもらいたい」
――魔術を行使するには『魔術式』というものを魔力で構築する。
これは簡単に言うと魔術の設計図だ。
どんな魔術を行使したいのか、という内容を二重円の中に文字と数字を入れて構築する。
ここまでは僕にも分かる。
僕も
そもそも、僕も最初は魔術式を構築して種火を使っていたのだから。
「加えて、その魔術式を構築するための補助として『詠唱』と呼ばれる補助技術もある。一般的な魔術師は魔術式と詠唱、どちらも使いながら魔術を行使するものじゃ」
しかし、今の僕はどちらも使わない。
「……種火だけですよ?」
とは言え、騎士団勤めの魔術師や王宮魔術師のようにすんごい魔術を使うわけじゃない。
種火の魔術は数ある魔術の中でも基本中の基本どころか、誰もが真っ先に覚える『お試し魔術』みたいなレベルだ。
僕に種火の魔術を教えてくれた姉さん曰く、魔術師を目指す子供――うちのチビ達と同じくらいの子でも使えるような魔術だという話。
つまり、僕が言いたいのは、そんな簡単な魔術を魔術式無しで使っていたとしても驚くことじゃないんじゃないか? ということ。
珍しいとか、すごい、なんて言われるほどなのか? と思えてしまうのだが……。
「種火だからという問題ではない。どんな魔術であっても魔術行使にはかわりないのじゃ。魔術を行使する、という部分が重要なのじゃよ」
そう言ったマリューさんは言葉を続ける。
「種火の魔術を魔術式無しで行使できるということは、他の魔術も魔術式無しで行使できるということ」
まるで彼女は確信しているかのように。
同時に鋭く、好奇心に溢れ、僕の中を覗き込むような目で――
「お主、真理を知っておるじゃろう?」
そう言ってニヤリと笑ったのだ。
「……真理?」
すっごく意味深な表情をされたとしても、僕からしてみれば「何のこっちゃ?」といった話。
いきなり「真理を知っているでしょう?」と言われても「知らん」としか言いようがなく、かといって簡単に否定すると失礼にあたるような。
返す言葉に迷っていると、マリューさんは小さく息を吐く。
「お主、魔術を行使する際に何を考えている?」
「え? 種火のことを考えています。火の大きさとか」
小さな火を想像する時もあれば、火打ち石を使った時のような火花を想像することも。
何に火を付けたいか、によって頭の中に思い描く想像は変わる。
「質問を変えよう。お主が最初に魔術式無しで魔術を行使した時、何を考えたが覚えておるか? あるいは、何かが頭の中に自然と浮かんできたという経験はあるか?」
そう言われて当時の奇妙な体験を思い出した。
「ああ、そういえば! 薪に火をつけるのが面倒だなって思っていた時、頭の中に知らないモノが浮かんできたんですよ」
当時の僕はまだ魔術式を構築して種火の魔術を行使していた。
火打ち石を使って火を起こすよりは魔術を使って火を起こす方が圧倒的に楽ではあるが、家事というのは効率が肝心だ。
超簡単な魔術といえど魔術式を毎回毎回構築するのは面倒に感じていて、どうにかもっと簡単に種火を使えないかと考えていた時だった。
「家事をもっと効率よくしたかったんですよね。せめて火起こしくらいは」
「か、家事を……」
僕の話を聞くマリューさんと男性の顔が引き攣っているが、本当の話なのだから仕方がない。
「その時ふと、僕の頭に『種火の
火起こしに必要な最適な種火、それを生み出すための物質、それらを魔力から変換する方法――他にもカネンブツだとかガスだとかサンソだとか、意味の分からない言葉が勝手に思い浮かぶ。
それらの意味は全く分からないが、僕の脳と体は勝手に理解しているという不思議な体験。
まるで僕の中にもう一人の僕がいるような感覚に陥ったことはよく覚えている。
ただ、それを知ると同時に魔術式を構築せずに種火を生み出せるようになった。
「上手く言葉では説明できないんですけどね。呼吸するのと同じくらい簡単に生み出せるようになったんですよ」
「……なるほどの。それがお主の知り得た『火の真理』じゃ」
「先ほどから言う真理って何なんですか?」
眉間に深い皺を作るマリューさんに問うと、彼女はまた少し悩み始めた。
たぶん、僕が理解できるように噛み砕いてくれているのだろう。
「簡単に言えば、魔術の真理じゃな。魔術という技術の本質、一番根っこにある自然と神秘の極意と言えよう」
「……自然と神秘」
全然分からん!
そんな考えが表情に出てしまったのか、マリューさんは苦笑いを浮かべながら言葉を続けた。
「お主、魔法って知っておるか?」
「魔法って御伽噺に出てくる?」
魔法使いと呼ばれる存在が行使する奇跡、それが魔法。
どんなことさえも現実にし、天候すら変えてしまう神の如き力。
そんな魔法使いを題材にした神話や御伽噺は本になって売られている。
「そう、その魔法。私達が使う魔術は魔法の劣化版と言われておる」
魔術という技術には制限がある。
実現したい魔術を魔術式として構築しないと現実にはならないし、魔術式の構築に必要な魔力も魔術式が複雑になればなるほど大きくなる。
「しかし、魔法は違う。魔術式という無駄が無く、人の持つ魔力で天を動かすほどの力を可能とする」
魔術から極限レベルに無駄を省き、魔力の使用も最低限で良しとする。
超効率的で超低燃費、究極に洗練された技術。
それ故に奇跡とも言われている、とマリューさんは語る。
「つまりじゃな、お主のように魔術式を構築せずに魔術を使える者。それすなわち、魔法使いに近しい者ということじゃ」
「あー……。なるほど?」
そう言われると少し理解できるかも。
僕の種火は魔術式を構築しない分、無駄がないということかな?
「魔術式を構築しない分、人よりも低燃費に魔術を行使できているという? だから、その点は魔法使いに似ている、ということですよね?」
「ひとまず、その認識で合っている。他にも条件はあるのだが、理解するのは追々でよい。今は自分が魔法使いに近い存在だということを理解してほしい」
そして、とマリューさんは言葉を続ける。
「この稀有な力……いや、ギフトと呼ぶべきか。真理を知る者は、限定的ではあるが魔術師の頂点に至れると考えておる」
「魔術師の頂点?」
「お主が得た真理は『火の真理』じゃろう。お主の場合は火の魔術を自由に行使できる。火属性限定の魔法使い、みたいなもんじゃな」
魔術師だけど、火属性に関しては御伽噺の中に登場する魔法使いみたいな使い方が出来るということ?
「いや、それ本当ですか?」
だって、魔法使いって本当に実在したか分からないんじゃなかったっけ?
それに御伽噺って大きく脚色されていたり、空想や理想が入り混じったものともよく聞くし。
僕が火の魔術を自由に行使できる、と確信できる根拠は何なのだろう?
「いいや、本当じゃよ」
しかし、マリューさんは自信たっぷりにぺったんこな胸を張りながら「むふん」とドヤ顔を見せる。
「だって、私も
「……へぇ~」
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