第4話 挟み撃ち!!
あまつかさんがシャワーを浴びている間、僕は朝ごはんの準備をする。
ちょうど冷蔵庫にミネストローネとシーザーサラダとレバーペーストが入っていた。バゲットもある。
綾乃さん、いつも助かるな。
そう思いながらミネストローネを温めていると、髪を濡らした彼女が洗面所から出て来た。
「おっ、なんかおいしそうな匂いするじゃ~ん。あっ、ミネストローネ?バゲットも手作りみたいだし、料理できる人なんだ。」
「いえ、いつも料理を作って持ってきてくれる人がいるので…。」
「ああ、お母さん?社会人になっても、お世話してくれるなんて親には感謝しなくちゃだめだよ。」
親からは絶縁されてますけどね。昨日言った気がしますが。
まあ、本当のことを説明しても面倒くさいだけだから、黙っておこう。
「あっ、私は少な目でいいよ。泊めてもらったし悪いから。」
しれっとした顔でそんな顔を言い出したので、僕は思わず耳を疑ってしまう。
「えっ?朝ごはん食べるんですか?さっき色欲を食べてましたよね?」
「なによ、悪魔だって朝ごはんくらい食べるわよ。それに色欲は別腹。ちゃんと野菜とかも食べない栄養バランスが悪いでしょ。」
「さいですか…。」
当然のように席に着く彼女に、バゲットを切ってさしあげる。
「あれ?その髪の香り…。もしかしてシャンプー、赤いボトルの方を使いました?白いボトルの方って言いましたよね。」
「ああ、うん。だけど、なんかそっちの方が使ってみたかったから。ごめんね。」
舌を出しながら手を合わせる彼女を見ながら、ため息しかでない。減ってるの気づかれたらどうやってごまかそう…。
結局、少な目でいいと言いながら、おかわりまでした彼女は「いけない遅刻しちゃう」と言いながら手早く髪を乾かしてメイクして、僕も一緒に出るように急き立てて来た。
「僕は9時出社ですし、フレックスなのでもう少しゆっくりできるんですけど…。」
「私は8時出社だから仕方ないでしょ!駅までの道もわからないし、一緒に出ないと困るじゃない!」
まあそれなら仕方ないか…。
僕も急いでスーツに着替えて、一緒に玄関を出る。
「駅までは徒歩15分くらいで、バスもありますけど、行きは坂を下るだけなので、歩いて行きましょう。」
「へえ~。」
「あっ、川が溢れてますね。昨日の豪雨は結構ひどかったみたいですね。」
「うん…。」
駅まで長く続く下り坂を歩きながら、なぜか彼女は落ち着きなく、ちらちらと後ろを振り返った。
「ねえ…家を出た時からずっと後ろから付けて来る女の人がいるみたいなんだけど。」
振り返ると30歳くらいの眼鏡をかけた地味な装いの女性が5mくらいの距離を取りながら付いてくる。
僕と目が合うとさっと電柱の陰に隠れた。
「ああ、あれは聡美さんですよ。僕の関係者です。毎日、後ろから付いて来たり、常に僕のことを監視したりしてますけど、別に害はありません。」
「いや、付いてきたり、監視したりって、それだけで十分に害があると思うけど…。どういうことなの?」
「何年前だったかな…。うちに聖書について話したいって訪問してきたんですよね。それで、部屋にあげて聖書とか宗教のことについて話をするうちに関係を持ってしまって…っていう関係者です。あっ、関係はせいぜい月に1回くらいですよ。」
「はっ?えっ?」
あまつかさんは急に足を止めた。僕の顔をまじまじと見つめながら、あんぐりと口を開けている。
「あっ、言ってませんでしたっけ?僕はなぜか異常に女性にモテるんですよ。」
「……。」
「ちょっと、『その凡人顔で嘘だろ?』みたいな表情するのやめてください。すみません。説明が足りなかったですね。特定の層の女性だけに異常にモテるんです。僕よりも5から10歳くらい年上で、これまで何か一つのことに打ち込んで、恋愛とか二の次だったけど、ふとこのままずっと一人なのか、寂しいなって思っちゃった女性にやたら好かれるんです。」
「すごいニッチなモテ方…。」
彼女は驚愕の表情のまま立ち尽くしていたけど「遅れますよ」と促すと、ようやく歩き出してくれた。
「……それで、ただモテるだけなら断ればいいんですけど…、恥ずかしながら僕は性欲が物凄くて…。ちょっと溜まってきちゃうと見境なく、そうやって心を寄せてくれる人と関係を持っちゃって…。それで、ああいう聡美さんみたいな関係者がいっぱいいるんです。」
「……。」
「あまつかさん!『ちょっ…おまっ…えっ…?』みたいな表情やめてくださいよ。僕だって真剣に悩んでるんですよ。」
「悩むっていったい何を?年上のお姉さんを喰いまくりのエロ漫画の主人公みたいな人生に何の不満があるのよ?」
「それはいろいろ…あっ!!」
下り坂のずっと先に長身の女性が腕組みして仁王立ちしている姿が見えた。乗馬ズボンに半纏、金色の髪を後ろにひっつめている。まだ遠くて小さくしか見えないけど、あれは間違いない…。
「まずいです。あまつかさん。あの坂の先の女性見えますか?」
「ああ、うん。あの植木職人みたいな服装の、ヤンキーみたいな女の人?知り合い?」
「はい…。あれは若葉さん。関係者です…。」
「さっきから関係者ってなんなん?もっとちゃんと説明してくれないとわかんないって。」
「僕と一度でもセックスしたことある女性を関係者と呼んでいます。しかも若葉さんは関係者レベルA級です。」
「はっ?後ろから付いてくる人以外にもいるの?それに関係者レベルって何よ?」
「僕との関係の深さ、つまりセックスの頻度をレベルで可視化したものです。後ろから来る聡美さんがC級だとすれば、坂の下で待つ若葉さんは間違いなくA級…。」
「ふざけんな!!」罵声とともに後頭部をはたかれた。
「女をバカにすんな。なんだよ関係者レベルA級とかC級って!!勝手に妙な格付けすんな!」
「いや…すみません。僕もこれまでの行いについては反省しています。だけど、とりあえずこの難局を乗り切らないと。このままだとA級とC級に挟み撃ちにされます。」
「全然反省してないだろ!そんな真顔でバトル漫画のピンチみたいな表現してるけど、ただ二股かけてる彼女同志が鉢合わせちゃうってだけじゃろが!」
「言っときますけど、若葉さんから見たら、あまつかさんも疑惑の対象ですからね。朝早くから僕と一緒に並んで歩いてますから一夜を過ごしたと思われてるんじゃないですか?若葉さんはカッとなるとすぐに手とか鋏が出てきて怖いですよ~。」
「ちょっと!勝手に関係者バトルに巻き込まないで!なんとかしてよ!」
あまつかさんは足を止め、僕の肩を掴んで揺さぶって来た。
「じゃあ、若葉さんの前、5mくらいまで来たらダッシュしましょう。虚を衝いて左右に二手に別れれば、瞬時に対応できず突破できるはずです。それでそのまま駅の改札内に飛び込めば定期を持っていない若葉さんは追って来れないでしょう。Suicaを用意しといてください。」
僕は緊張しながら坂を下って少しずつ若葉さんに近づく。
その間、若葉さんは腕組みして仁王立ちしたまま微動だにしない。
だけど、あと15mくらいに近づいてわかった。
真っ赤になりながら般若みたいな顔をしている。これは既にブチ切れている。
「一郎!!その女は誰だ~!!」
あと10mくらいになったところで、若葉さんが叫んだ。腹の底から響くような大声で。
次の瞬間、僕の目の前に背中が見えた。
あまつかさん、もう走っちゃったの?まだ早すぎる!!
「ちょっと待て、お前も逃がさないぞ!!」
若葉さんがあまつかさんの前で手を広げ、通せんぼした。
あまつかさんはそのまま足を止めてしまう。
だめだ!それは悪手だ!!ほら、若葉さんに腕を掴まれちゃった。
あ~あ、仕方ない。僕は笑顔を作り、なるべくゆっくり歩きながら、若葉さんに近づく。
「おはよう。若葉さん。奇遇だね。こんなところで会えて嬉しいな。」
「一郎!!騙されないぞ。この女は誰だ?どんだけ浮気すれば済むんだお前は!!」
「違うって。この人は僕のお母さんだよ。」
「えっ?」
ニコニコ笑いながらしれっと大噓をつくと、虚を衝かれたのか、若葉さんは一瞬ひるんで、あまつかさんから手を離し、少し距離を置いて彼女の顔をまじまじと見つめ始めた。今だ!!
「早く!急いで!」
僕はあまつかさんの手を取って走り、一目散に駅の改札内に駆け込む。
「あっ!おいっ!騙したな!もう許さないぞ!!その腐った性根を叩き直してやるからな!!」
後ろから若葉さんの怒声が響いてくるけど、振り返る勇気はない。
そのままホームまで下りて、ちょうどやって来た電車に飛び込んだ。
「ふぅ…なんとか逃げきれましたね…。」
「……。」
あまつかさんは何も答えてくれず、
黙ったままじっと僕に不審そうな目を向けてくるだけだった…。
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